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<東京怪談ノベル(シングル)>


清廉潔白の蒼い炎


「失礼いたします」
 凛とした静寂に包まれた空気の中に溶け込む立ち姿は、まさに清澄という言葉がぴったりと当てはまっていた。
 テーブルの上におかれた資料には目をやらず、彼女は自分を呼び出した背中へまっすぐにまなざしを向ける。
「新たなターゲットだ」
 見るように指示されたテーブルの上の資料にしぶしぶ手を伸ばすと、強面の男の写真が添付されていた。
「この日を待っておりました」
 男の名は鬼鮫。かつて霧嶋徳治と呼ばれた人だったモノ。妻と娘を殺された復讐心に囚われ、人ではなくなった男は特殊な機関に属するエージェントだ。現在彼は超常能力者への殺戮を繰り返しており、殺すべきではない相手まで手をかけていることで大変問題になっている。
 その名を耳にすると誰もが一歩身を引くほど危険な相手で、いつかはこの話が舞い込んでくることを予想していた。
 そしてそれを遂行できるのが、自分しかいないこともしっかり自負している。
「ああ」
 常に思慮を殺し淡々と話す司令の声が、言い知れぬ感情を秘めている気がしてならない。
「いけるか」
「司令。できるできないではありません。やらなければいけないのです」
 どのようなことにも決して曲がることのない強い意志が込められた瞳の奥に、静かな炎が燻っていた。
 話を聞くだけでは哀れのようにも感じられるターゲット、鬼鮫。しかし、彼はその悲しみと憎しみに囚われ、それを快楽に変換する術を覚えてしまった。それは決して許されることではない。復讐心を超越した執着の先に得てしまった快楽を欲するがあまりに繰り返される殺戮を、見逃せるはずがない。
「わたくしはやります」
 ここは、「教会」と呼ばれている世界的組織のアジトの一つで、武装審問官たちが日本での活動拠点として使用している日本支部といったところだ。武装審問官とは、太古より人類に仇なすものと対峙してきた秘密組織、通称「教会」の教義に反する魑魅魍魎の駆逐や敵対人物の暗殺等を担当するいわゆる実行部隊のこと。そこに所属する彼女――白鳥瑞科は「教会」内でも随一の腕を持つ優秀なシスターで、困難と呼ばれてきた数々の任務を完璧にこなすだけでなく、敵に指一本さえ触れさせたことはなかった。当然のごとく失敗は一度もない。
 名実共に最強の称号を与えられ、密かに「神の申し子」とさえ囁かれるのは何もその実力だけを謳われてではない。彼女の類まれな容姿と体躯も十分すぎるほどの要因と言えた。
「それでは、行ってまいります」
 長く艶めく美しい茶髪を風になびかせ、長いまつげと二重がより大きく見せている双眸がどこか幼さを演出するものの、青い瞳に宿すまっすぐでいっそ潔ささえ漂わせるほど清純な意思が彼女の印象を実年齢よりもぐっと大人に見せている。
 整った顔立ちを裏切らない長い手足に、異性を魅了して止まないグラマラスなスタイルは、対峙したモノを油断させるのに一役かっており、まさか彼女が武装審問官であるとは誰も気づかない。
 今もタイトなシルエットのスーツに身を包む姿は、仕事が出来るOLといったところだ。歩くたびに揺れる豊満胸を隠すことのない瑞科の服装に、男たちの目はいつだって釘付けになる。
 それをもっと物語っているのが戦闘用スーツに身を包んだときだ。
 司令室を後にした瑞科は作戦準備に入るため、割り当てられている自室へと向かった。
 足音以外の物音が一切しない廊下を進むと、すぐ右手に扉が見えてくる。そこが瑞科の部屋だ。
 ためらうことなく扉を開けて中に入った。
 余計なものは一つも置いていないその殺風景な自室のクローゼットから取り出されたのは、彼女のために用意されたシスター服。ベッドにそっと置くと、司令室に顔を出すために身に着けていたタイトなスーツを脱ぎ捨てた。
 室内の控えめな照明の下に傷一つない滑らかで真っ白い肌が晒される。
 薄暗い室内に浮かぶその純白とも言える素肌は、強烈な色香を漂わせていた。
 そんな誘惑を増徴する戦闘服を身にまとっていく。
 まず、男の目を惹き付けるためにあると言ってもいいほど豊かで柔らかな胸を、さらに強調するかのようなコルセットを身につける。
 一瞬の息苦しさに吐いた吐息は、室内に色めく情を呼んだ。
 次に簡単には刃物を通すことはなく、防弾効果も持つ特殊な素材で作られたシスター服を、汚されたことない純白の上に滑らせ、包み込ませる。引き締まりながらもしっかり強調されるべきところが強調された女性らしい豊満な肉体にぴったり張り付き、彼女の肉体美をより魅力的に見せていた。
 このような美しい姿を見せつけられて息を呑まない男はまずいないだろう。
 下半身は動きやすさも考慮したのか、腰下まで大胆なスリットが入っており、珠のように白く透き通った美脚が晒される。その白さに負けぬニーソックスは太ももに食い込み、スリットから覗く素肌との境目がなんとも言えず艶めかしい。膝まである編み上げのブーツがしっかりと美しい足を守っていた。
 繊細とさえ感じられるその指先を包み込んだのは、彼女の白い肌をさらに引き立てるような美しい装飾を施された二の腕までのグローブ。さらに手首までの皮製のグローブにも同じように装飾が施され、白を貴重とした全体のバランスを崩すことなく見事な調和を保っている。
 服の中に巻き込んでいる髪をかき上げると、覗くうなじにはうっすらと汗が滲み、色香を漂わしていた。
 冷静な判断とそれに順ずる瞬発力を最大に引き出すため、体温を平熱より少し高く保つよう調整されるその服を身にまとうと、長い髪に隠されるうなじはどうしても汗が滲む。
 ぴったりと張り付いたシスター服で露わになったしなやかな肩のラインを覆い隠すような純白のケープを羽織ると、妖艶とさえ感じさせた強烈な色気がいっきに削がれた。
 そして最後に、純真さを印象付けるような純白のヴェールをかぶると姿見の前に静かに立った。
 服装はおろか、心の乱れさえ一つもない。
 汚れない心と肉体を持った完璧なシスター――いや、その出で立ちは聖母にも等しい。
 一歩進めばあたりに撒き散らされる神聖な輝きと、異性をいや同性をも惑わす色気のアンバランスさが全てのモノを惹き付けて止まなかった。
「鬼鮫暗殺の任務、開始いたします」
 誰に聞こえるでもないその一言をつぶやき、瑞科は自室を後にする。
 気配を殺し、足音さえも消して地上へ出ると、ターゲットが潜伏し半分アジトとしても利用している可能性が高いといわれている廃墟へ向かった。
 郊外に位置するそこは人気も少なく、昼間でさえ陽を翳らす仄暗い雰囲気を醸し出している。
 瑞科は一度目を通した資料に書いてあった地図を思い浮かべながら、戦闘シミュレーションを脳裏に展開させていた。
 身体能力が超人的なのは人間ではないのだから言うまでもないが、我流という剣技は神業とも讃えられており注意しなければならないだろう。
 しかし、あくまで注意するべき事項にすぎない。警戒レベルのことなど何一つない。剣技で瑞科の右に出るものなどこの世に存在しないのだ。
 それは自他共に認めている周知の事実。彼女には絶対の自信があった。
 より確実に、より時間を使わずに暗殺する方法を導きだしながら目的地に到着した瑞科は視線を上げる。

 その眼差しには、ゆるぎない「絶対」を示すように蒼い炎が静かに灯っていた。