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<東京怪談ノベル(シングル)>


始まりの刻限。


 鬼鮫。その名を白鳥・瑞科は聞いた事があった。

「それが今回の、わたくしのターゲットの名前ですか?」
「ああ。データはそこのファイルにある」

 そこ、と指さされたデスクの上に無造作に置かれたファイルを瑞科は手に取った。そのわずかな仕草の度に、瑞科が身につけるまるで体を締め付けるようタイトスーツとタイトスカートが、悩ましげな衣擦れの音を立てる。
 一見しても、素晴らしく豊満な瑞科の体がタイトスーツごときで収まるはずもない。現に、太股のかなりきわどい所までスリットの入ったタイトスカートは歩く度に瑞科の、ストッキングの上からでもわかる日の光を知らないような白い太股を隠しきれずに晒していたし、きっちりとボタンを留めたタイトスーツは、それ故に逆に瑞科の豊かな膨らみを強調し、僅かに胸が揺れただけでも苦しげだ。
 そんな瑞科の、ただ動くだけで悩ましい仕草に「教会」の武装審問官と言えど平静な心地ではいられない。だがそれにまったく気づいた様子もなく、瑞科はこぼれ落ちてくる髪を耳の後ろにかき上げながら、胸の上に乗せるように開いたファイルに目を通した。

「敵ターゲット・鬼鮫は現在、郊外の人気のない廃墟に潜伏中‥‥近づくのに苦労はしそうですけれど、鬼鮫さんとの戦いで周りを気にする必要はございませんわね。このファイルは頂戴しても宜しいのですか?」
「ああ。いつも通り詳細は任せた」
「承りました」

 瑞科は元通りにファイルを閉じて両手で抱き、武装審問間に深々と礼儀正しく頭を下げた。それによってまた彼女の豊かな双丘がまるで誘うように悩ましく揺れるが、やはり気にした様子はない。
 そのまま彼女は、どこか優雅さすら感じる仕草で司令の拠点を辞し、速やかにミッションに移るべく思考を働かせ始めた。
 「教会」の暗部、暗殺というセクションを請け負う瑞科である。今日、言い渡されたのも暗殺の任務だ。
 ターゲットの名は鬼鮫――半ば殺人快楽者であると言っても過言ではないほどに、悪逆非道な残虐行為を繰り返し、愉悦を食むという男。それでも未だ野放しであるというその事実が、すなわち鬼鮫の戦闘能力の高さと知能の高さも物語っているけれども。
 これから暗殺に赴くなどとは微塵も感じさせぬまま、瑞科はローヒールをかつこつ鳴らしながら廊下を歩いた。向かう先は、ただ彼女が『仕事』の準備を整えるためだけに用意された、彼女専用の部屋。
 たどり着くと、瑞科は部屋のクロゼットをカチャリと開けた。中に吊り下げられているのは意匠の差異はあれど、すべて同じデザインのシスター服――これこそが瑞科が好んで纏う戦闘服だった。
 無造作に1着取りだしてまたクロゼットを閉め、壁のフックにハンガーをひっかける。そうしてまずは彼女のの、日本人離れして豊満な肢体を押し込めていたタイトスーツを脱ぎ捨てた。

「はぁ‥‥」

 無意識に瑞科の口からため息が漏れる。タイトスーツはウェストの辺りはむしろ余裕があるくらいだが、豊か過ぎる胸元の辺りはむしろ、常に締め付けられるような圧迫感があった。そこからの開放感が酷く、心地よい。
 そうして、隠すものが何もなくなった身体にまずは、ぴったりと吸い付くようにボディラインを強調する、シスター服を纏った。瑞科のために作られた、特別製の最先端素材をふんだんに使用したシスター服は、動きやすさを重視して腰のすぐ下までの深いスリットが入っており、僅かな動きでも彼女の、艶かしくも美しい美脚があらわになる。

「ふ‥‥ッ」

 ぐっ、ぐっ、とストレッチでもするように身体をよじり、シスター服を身体に馴染ませた。ひらり、と動く足元まで覆うスカートは、スリットがあってもやはり不利には違いない。それでもシスター服をまとい続けるのは、「教会」所属である彼女のこだわりだろうか――それとも己の実力への絶対の自信ゆえか。
 次にシスター服の上から、胸元にコルセットをはめた。暗殺任務は時として激しい戦闘を繰り広げねばならない事もあり、そんな中では通常の下着だと瑞科の女性の象徴は支えきれず、戦闘中にバランスを崩してしまう可能性がある。
 それ故、胸を固定する意味でのコルセット。結果として瑞科の豊満なボディラインが強調される事になるが、仕方のない事だ。
 さらにスリットを大きく捲り上げ、戦闘時に万一にもずり落ちてこないよう、しっかりと太ももに食い込むニーソックスに足を差し入れた。そうして太ももの半ばまでにーソックスを引き摺り上げ、さらに膝丈の編み上げブーツを履く。

「ん‥‥ッ、ふ‥‥ッ」

 ぎゅっ、ぎゅっ、と力を込めて紐を編み上げるたび、瑞科の口から気合の声が漏れた。力を込めた腕の動きに合わせて、コルセットで固定しているはずの胸元すら揺れるが、ここで手を抜いて戦闘中にもしもの事があってはいけない。
 そうしてしっかりと両足に食い込むようにブーツを編み上げていく様子は、どこか聖女を戒める背徳のような錯覚を覚えさせる。それは恐らく瑞科の美貌と、たくし上げたスリットから見える輝くばかりに白く艶かしい太もものせいだろう。
 ようやく両足をしっかりとロングブーツに納め、瑞科はかつりとブーツを鳴らして立ち上がった。ふわり、と頭の上から純白のケープとヴェールを身につける。暗殺業務という人目を忍ぶ仕事には相応しくないかもしれないが、シスター服には欠かせない。
 最後に二の腕までを覆う白布のロンググローブを両腕にはめ、その上から革製の手首までのグローブをはめれば、彼女の戦闘準備は終了だった。何れもよく見れば、ところどころに細かな装飾が施されているのが解るだろう。
 かつ、かつ、かつ‥‥
 まるで主の御前に向かうかのように、瑞科は姿見の前へと向かい、全身を映し出した。くるりと回り、胸を強調するように身体を捻って、シスター服の身体への馴染み具合に問題がないか確かめて。シュッ、と姿見に向かって大きく足を蹴り出して少しでも動きに引っかかる所がないかを確かめて。
 そのたびに瑞科の全身から匂い立つ色香ばかりは、例えどんな衣装であろうとも隠しきれるものではなかっただろう。むしろ瑞科が纏っている一見して質素なシスター服が、ピタリと体に張り付いて瑞科の溢れ出るばかりに豊満な肢体を余す所なく浮き立たせて居るという、その対比が逆に彼女の嫣然とした魅力を嫌というほど引き立たせてしまっている。
 それらすべてを確かめて、瑞科はほぅ、と息を吐いた。

(さて‥‥参りましょう。鬼鮫さんのところに)

 胸の内で、ここに来るまでに頭の中に納めたターゲットの情報を確かめ、呟く。あらゆるデータから見て、瑞科の実力からすれば鬼鮫は間違いなく、仕留められるターゲットだった。
 そっと、豊かに膨らんだ胸に手を当てる。遠くから見ればそれは、これから命を奪われる鬼鮫への哀れみと取れただろう。だが――瑞科が艶やかな唇に浮かべているのは、嫣然とした、自信に満ち溢れた笑み。
 カツコツとブーツを鳴らして外へ出ると、ふわりと吹き抜けた風が瑞科の艶やかな長い髪をたなびかせた。それは同時に瑞科のシスター服のスカートの裾をも巻き上げ、見事な脚線美を夜気に晒す。

「さぁ‥‥鬼鮫さんが待ってますわ」

 そっと歌うように呟いて、彼女はまたブーツの音も高らかに、鬼鮫の潜む廃墟へと向かったのだった。