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<東京怪談ノベル(シングル)>


そして、死闘。


 コキ、と鬼鮫が首をならし、バキバキと全身の骨を鳴らす音が、無人の部屋に酷く不気味に響いた。

「ふ‥‥ッ」

 そんな鬼鮫を油断なく見据えながら、瑞科は痛む腹を気力で押さえ込んで投擲用のナイフを両手に構える。まずは時間稼ぎ。その上で今度こそ、鬼鮫の息の根を止める。
 瑞科のその覚悟と決意を鬼鮫も感じ取り――そして彼は、不機嫌に唇をゆがめた。

「女。誰からの依頼だ?」
「‥‥ッ」
「義憤に駆られて俺を殺りに来たってツラじゃねぇ。なのに逃げねぇッてことは、おまえはどこかから俺を殺せと言われてやってきた――そんな所だろう」
「あなたに答える義務はありませんわ」

 ふ、と唇の端に引っ掛けた笑みは、瑞科自身は気付いていなかったけれども、苦痛を堪えているが故により凄惨な美貌を増した艶やかなものだった。そうして両手の手首のスナップだけで煙幕のようにばら撒いた投擲用のナイフを、今度は鬼鮫は驚異的な跳躍力で飛び上がって避ける。
 そのまま天井に張り巡らされたパイプを掴み、振り子の要領で瑞科に向かってくる鬼鮫を、瑞科は身をよじって避けつつ首筋を狙って肘を叩き込んだ。だがそれも微妙に打点を交わされ、逆にそこを支店に腕を捕まれたかと思うと、ぐるりと世界が回転する。

「かは‥‥ッ」
「言え。誰だ、俺を殺したがってるヤツは!」
「んぁ‥‥ぁぁぁ‥‥ッ」

 強く背中から叩きつけられ、次の瞬間シスター服の胸倉を掴み上げられて息の詰まった瑞科に、鬼鮫は歯を剥き出しにするように激しく問いかけた。そんな鬼鮫の脇腹目掛け、瑞科はシスター服のスカートを跳ね上げてすでにあちこち血の滲み始めた美脚を振り上げ、ロングブーツに覆われた膝を思いきり叩き込む。
 ぐっ、と鬼鮫の息が一瞬詰まる、その瞬間にがむしゃらに逃れて距離を取った。びりり、と特殊素材のシスター服が破れ、コルセットがバチンと音を立てて弾け飛ぶ。
 シスター服に覆い隠され、コルセットで支えていた瑞科の豊かな胸元が、敗れたシスター服の胸元から僅かに覗いた。ひゅぅ、と鬼鮫が下卑た口笛を吹いたが、恥らっているヒマなどない。

「はぁぁぁぁ‥‥ッ!」

 そのまま、瑞科は支えを失ったが故に動くたびに悩ましく揺れる胸を隠す事もなく、全力で鬼鮫に切りかかった。果たしてこの男が他に、どれだけの能力を隠し持っているのかはわからない。だが幾ら強力な再生能力を持っていたと手不死身ではないはずだ。
 故に全力で。常から手を抜いている訳ではないが、これほどの本気を込めた一撃は久々と言って良い。
 だが。

「ぬるいッ!」
「きゃああぁぁぁ‥‥ッ!!」

 その一撃は、最初の瑞科の圧倒的な優勢が嘘だったかのようにあっさりと避けられ、すり抜けざまに殴り飛ばされた。廃墟と言っても決して狭くはない部屋の壁まで飛ばされ、再び強く背中を打ち付け、かはっ、と肺の空気を吐き出す。

「あ、あぁ‥‥ッ」

 ずるり、と床に崩れ落ちた瑞科に、鬼鮫は容赦なく迫った。迫ってくるその、残虐な愉悦に満ちた笑みを生理的に出た涙で霞む目で捉え、瑞科は必死の思いでその場から逃れようとする。

(まさか、こんな‥‥)

 信じられない、という思いが瑞科の思考を締めた。
 彼女はいまだかつて失敗を知らぬ、最高の暗殺者だという自負があった。どんなに難しいターゲットであっても、瑞科に掛かれば確実に仕留める。それが彼女の誇りであった。
 それなのに。

「ん‥‥ッ」

 瑞科はもはやなりふり構わず、シスター服の裾をスリットの所から自ら引き破った。日頃は慎ましくも悩ましいシスター服のスカートの中に秘められている、日の光を知らぬような艶かしい美脚が、その太股に食い込んだニーソックスが、戒めるようにきつく編み上げたロングブーツが鬼鮫の前に晒される。
 ここに来てはシスター服のスカートは、ただただ邪魔なだけだった。自暴自棄になったのではない。
 シスター服のスカートを自ら破り捨て、蠱惑的な肢体を隠すものを極限まで取り払う事は、瑞科にとっては今まで自信を持ってきた己の実力を否定することではある。だがその誇りを守り続け、この任務に失敗し、鬼鮫に敗北する――それは愚かな行為だと瑞科は理解している。
 ゆえにブーツのかかとを鳴らし、誇りを奮い立たせるように豊かな胸を張って背筋を気力だけで伸ばし構えた瑞科の気迫と、もはや隠すものもほとんどなくなった悩ましい肢体を舐めるように見て、また鬼鮫が下卑た口笛を吹いた。構わず魔法を編み上げ、重力弾を叩き込む。

「お‥‥っと、危ないじゃないか」
「覚悟‥‥ッ」
「‥‥ハッ、俺を殺すにはまだまだだな、お嬢ちゃんよ」
「ひ、あああぁぁぁッ!」

 重力弾をひょいと避けた、鬼鮫の僅かな隙を狙った剣での一撃は再び、余裕綽々で避けられた。剣を握った手首をぐっと掴まれ、そのまま乱暴に振り回され、投げ出される。

「きゃああぁぁぁ‥‥ッ!!」

 無様。
 そうとしか言いようのない姿で、瑞科はついに床に倒れ、大きく胸を上下させて荒い息を吐いた。そのたびに悩ましく揺れる胸が、取ってしまいたいほどに重い。ああ、せめてコルセットを付け直すことが出来たなら。
 そんな瑞科に、けれども鬼鮫は一欠けらの慈悲を示すこともなく、鋭く爪先で脇腹を蹴り上げた。

「あぅ‥‥ッ」
「俺も舐められたもんだねぇ」

 そうして苦痛に喘ぎ、一見すれば悩ましげに身をよじった瑞科にただ、凶暴な怒りを秘めた嘲笑を向ける。

「‥‥ッ」
「どこのどいつだか知らないが、俺を殺すのに差し向けてきたのが、こんな甘っちょろいシスターさんだ」
「あ、甘っちょろい、ですって‥‥」
「他にどんな言い方がある?」

 ハッ、と鬼鮫は心底馬鹿にしたように瑞科を見下した。

「あぁ‥‥それとも、そのご立派な胸と足に血迷ったヤロウを返り討ちにするのが、あんたのやり方か」
「な‥‥ッ」
「俺をたぶらかすにゃ、あんたの色気はまだまだだよ。どうしてもってなら考えてやらんでもないけどな」

 ひょい、と肩を竦めた鬼鮫の言葉に、瑞科はさっと顔色を蒼褪めさせた。グッ、とぼろぼろになったグローブに覆われた両手を、屈辱に震わせ、握り締める。
 『教会』の一部にそういうやっかみがあることは、瑞科だって知っていた。実際、瑞科の悩ましく、いかに質素で清楚な衣服を纏おうともいやがおうにも女としての色香を匂い立たせる肢体が、ターゲットにそういう目で見られた事だって数え切れない。
 戦闘服として好んで身にまとうシスター服や、戦闘中に豊か過ぎる胸元を支える為に必要なコルセットが、結果としてそんな瑞科の魅力を引き立たせてしまうが故に――けれどもそんなやっかみを、瑞科は自らの実力で跳ね除け、見せ付けてきたのだ。
 ――それなのに。

「‥‥ほぅ。まだやるか」
「当然、ですわッ。このような屈辱を受けて‥‥ッ」

 怒りを双眸に宿した瑞科の眼差しに、鬼鮫が同じく怒りを宿した目でニヤリと笑った。
 その馬鹿に仕切った笑みを睨みつけ、瑞科はゆらりと悩ましい肢体のあちこちに血を滲ませた身体を揺らし、全身の力を腕に込めてずるりと上半身を引き摺り上げた。

「ん、ぅ‥‥あぁぁぁぁッ!!」
「は、はは‥‥ッ!! そうだ、立て。立ってもっと俺に苦痛の声を聞かせろ‥‥ッ!」

 瑞科と鬼鮫以外誰も居ない廃墟の中に、鬼鮫が高らかにあげる愉悦の哄笑が隅々まで響き渡ったのだった。