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<東京怪談・PCゲームノベル>


【翡翠ノ連離】 第六章



 ローザ・シュルツベルクは頬杖をついた。
 麗しい美女である彼女は、その動作一つでも周囲の男の溜息を誘う。
 だがそんな美しさに惑わされない男が、彼女の目の前に座っていた。
 場所はファーストフード店の狭い客席。
 ローザの向かい側の席に座っているのは宗像という名……それが真実の名であるかは不明だが……の、男だ。
 よれよれのスーツ姿の彼はポテトをもぐもぐと食べているが、あまり気が進まないようだ。
「アティ……あっと、じゃなくて、アトロパだったわね」
 アトロパ……か。
 呟きつつ、ローザは先月の出来事を思い出す。
 現れた小汚い少女は、奇妙だった。
(……彼女に近づいている感覚はあるわね)
 自分の力によるものは小さいだろう。追い詰めているのは……宗像? なんだかそれも違う気がする。
(アトロパ……アイギス……。なんだろう……。彼女を追い詰めているのに、危険が近づいているという感じもする)
 暗い暗い黄金の瞳の少女だった。
「……はぁ」
 溜息をつく。
 今月にはカタがつけばいいけれど……。どうだろうか。
 ちらりと向かい側に視線を向ける。
 食べ終えた宗像がコーヒーを飲んでいる様子がうかがえた。
(……多少は、信用してくれている感じがするのよね……)
 こうして呼び出しにも応じてくれたのが、証拠のような気がする。
(私の自惚れじゃない……と思うのだけど)
 彼の話が聞きたい。でも彼が素直に教えてくれるとは思えない。
 ではこちらが話しかけてみよう。
「……相変わらずコーヒーばっかり飲んでるのね」
「悪いか?」
 のんびりと返してくる彼は、ぼんやりとした瞳だ。何を考えているのかよくわからない。
 店内でも帽子をとらない彼はつばの陰から死んだ魚のような濁った瞳を向けてくる。
「宗像は……依頼でアトロパを追っているのよね」
「……正確な依頼はアトロパ追討じゃない」
「え?」
「まぁそれはいいだろ。あの娘を殺せばすべて終わる」
「?」
 コーヒーをまた一口含む彼は軽く視線を逸らした。ローザの質問を避けるためだろう。
 ローザは皮肉っぽく笑う。
「あなたって、本当にわからないわね。頼りなかったり、ヘタレてるのかと思うけど違う。変だわ」
「失礼な女だ」
「せめて『女性』って言いなさいよ。あなたもシツレーね」
 むすっとして言ってやり、顔をあげて姿勢を正す。
「……どうして宗像は私みたいな……興味本位で首を突っ込む存在を許してるのかしら。謎だわ」
「最初から認めてないだろォ?」
「それもそうね。でも私」
 気になるのよ。
 その呟きに宗像は「ん?」と見てくる。
 そっと目を伏せてローザは続けた。
「私のこと、ちゃんと話してなかったわ。だから話す」
「なぜだ?」
「私がそうしたいから!」
 そう言い放ち、自らの生い立ちを思い出しながら口を開いた。
「知ってると思うけど……シュルツベルク公国の公女として生まれたわ。自分でも恵まれた環境に育ったと思うわ」
「…………」
「当然、衣食住にも不自由はしなかったし、欲しいものは大抵手に入った」
「そうか」
「生まれた時から天才と言われていたし、自分もそうだと思っているわ」
 実際、ローザは16歳という若さで博士号をとっている。
「だから……だから、世の中というものが退屈でしょうがなかったのよ」
「…………」
 天才ゆえの孤独を、理解せずに居た。その事実に眉を微かにひそめる。
「私の思い通りにならないことなんてないと思っていたし……まあ、実際にはそうでもないことに気づいたけど」
 立場というものがあって、身動きがとれなくなることもあった。
「あなたも」
 視線を持ち上げて、宗像に向ける。
「その一つかしらね?」
「……どうだろうなぁ」
 のんびりとした口調で応じ、宗像はまたコーヒーを一口飲んだ。
「俺はおまえとはまったくの逆の境遇で育ったから」
「え?」
 目を見開く。
 彼が自ら語るとは…………思わなかった。
「決め付けられて育って、挙句、全部なくなっちまった」
「なくなった……?」
「そーだよ。あるのは、カスみたいな残り香だけだ」
 口元を歪めて、宗像は思い出を振り返るように低い声音になった。
「おまえさんみたいに、『立場』ってもんは嫌ってほど感じたが、な」
「……宗像も、私みたいに立場に縛られていたの?」
「おまえさんよりも境遇は酷いと思うけどなぁ」
「軽い口調で言うことじゃないわよ」
 どういう境遇で育ったのか、想像しかできないけれど。
(きっと、あんまりいいものじゃないのね……)
「……私を、憎く思わないの?」
「憎い? なんでだ?」
 きょとんとする宗像は薄く笑う。
「恵まれた環境だったのよ……宗像にとっては腹立たしいことじゃないの?」
「さてなぁ。今もなんだが、『羨ましい』って感覚は俺の中にはないんだ」
「ない?」
「文字通り、言葉通り、だな。誰かを羨んだりしたことってないから、俺は道具としちゃ欠陥品なんだろ」
「道具?」
 自身を道具と言う宗像は「あん?」と首を傾げた。
「なんか変だったか?」
「ど、道具って……誰かに使役されていたの?」
「使役? ……あぁ、まぁそういう見方もあるかもな」
 どうということもないように言う宗像だったが、あまりにもローザが驚いているので何か気づいたようだ。
「どうでもいいことだ。あんま気にするな」
「ど、どうでもいい?」
「そう。今はあのアトロパのことだけ考えてりゃいいんだ」
「なに言ってるの……」
 おかしい。なんだか変だ。
 わざと話題を変えようとしている。
 それとも……本当に「どうでもいい」と思っている?
「………………」
 なに。この嫌な感じ。
(宗像って……なんか、人間、って感じがしない……?)
 娯楽を求めるローザにとっては、奇妙にしか映らない。
「アトロパ、ね……」
 話題を合わせることで、気分の悪さを回避しようとする。
「もういい加減話してくれてもいいんじゃない? あの子は何者なの。ただの人間じゃないんでしょ?」
「いや、ただの人間だ」
 あっさりと否定されて、ローザは拍子抜けした。
「うそ。だって人間だって思うなとか言ってなかった?」
「どうだったかな。言ったかな?」
「…………」
「これ」
 差し出されたのは写真だ。
 ガラス越しに降り注ぐ太陽光に明るく照らされたその一枚には、ある少女が映されている。
 黒髪の、肩までの髪。明るく笑うその少女は、まだ幼い。両手を頭上にあげ、広げ、まるで誰かを祝福しているかのようにはしゃいでいた。
「……アトロパ?」
「いや、違う」
「顔がそっくりなのに?」
 別人?
 いくら幼くても、この美貌ならば間違いようがない。
「アトロパの双子の姉、ベラだ」
「双子!?」
「知りたいなら、そいつの居た病院に行ってみろ。ただし、真実がわかるとは限らないがな」
「ちょっと待って!」
 立ち上がった宗像に、ローザは声をかけた。
 いきなりすぎる。なんだこの展開は?
「どうして突然!? 裏があるの?」
「べつに。なんつーか、あんた、面白いなあってちょっと思っただけかもな」
 笑うこともなくそう告げて彼は出て行った。
 残された写真を裏返すと、病院の名前が書かれている。この住所は…………。



 調べた病院まで来て、規模の小さいことに驚いた。
 二階建ての小さな町病院に足を踏み入れると、無人だった。受付には誰もいない。
「え……でも鍵は開いてたし……」
「誰かお客さんかね……?」
 しわがれた声に驚いていると、待合室に座っている老婆がいた。
「あ、あの……ここにベラという女の子が居たって聞いて……」
「ベラ……? あぁ、あの子ね。もう随分前に施設に預けられたよ」
「施設? どこの施設ですか?」
「さあ。どこに行ったのかね……」
 老婆は遠くをみるような目をする。それほど耳も目もよくはないようだ。
「あの……双子の妹さんも施設に?」
「双子……? さあどうだったかね……。よくお姉さんは来てたけどね」
「姉……? 姉妹、ですか?」
「わたしらには、外人の娘さんの顔はよく判別できなくてねぇ」
 アトロパには双子の姉がいて、さらに上にまだいたのか……?
 そもそも施設とは?
 この病院はいたって普通の病院だ。調べてもなにも出てこなかった。
(どういうこと……)
 宗像から渡された写真を、思わず握り潰してしまう。



「な〜んで、あんなことしちゃったかね、俺ってば」
 自嘲気味に洩らす宗像は、うーんと唸る。
 腹立たしそうに病院から出て行くローザの姿を、はるか遠い建物の屋根の上から眺めていた。
「一人で行動したほうが、効率的だったのはわかってんだけど」
 どーもね。
 宗像はローザがずんずんと歩いている様子を眺め、小さく吹きだした。
「おーおー、怒ってるなぁあれは」
 ふいに真面目な顔つきになって、ふむ、と呟く。
「アトロパ……世界を滅亡させる存在か」
 そもそも世界など宗像にとってはどうでもいいものだ。勝手に滅びればいい。
「こういう薄情なところも、ローザのいうところの、『境遇』のせいってことかねぇ」
 だが受けた依頼は果たさなければならない。
 もうすぐそこまで破滅の時間は来ている。
「しっかし、結構骨がおれるんだよなぁ。はみ出し者の俺を選ぶ時点で、酔狂が過ぎるが」
 ひょいと気軽に跳躍し、道路に着地する。歩いていた少女がぎくりとしたように動きを止めた。
 長い髪の彼女は、アトロパだ。
「よぉ」
 軽く挨拶した途端、アトロパは逃げ出した。
「そう嫌うなよ」
 宗像の低い、嘲笑に近い声。
 走り出したアトロパは振り向きもしない。その後頭部目掛けて、宗像はゆっくりと銃を構えて引き金を引いた。
 パン、と白けた音のあと、アトロパがひっくり返る。そしてしばらくして起き上がった。
 その時には遅かった。
「動きがにぶいなぁ。じゃあ、お別れだ」
 悔しそうにこちらを見上げてくる金の瞳に、宗像はなんの感情もない瞳で応じる。

 ――息のないアトロパの身体を担ぎ、宗像は「さてとぉ」と呟いていた。



 憤りを感じながらの帰り道、ローザの目の前に一人の少女が立った。
 薄暗い道の上で、突っ立っている少女は長い髪を風に揺らし、見覚えのある金色の瞳でこちらを無感動に眺めてくる。
「アトロパ……?」
 問いかけに少女は目を細め、それから跳躍して後方へと姿を消した――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【8174/ローザ・シュルツベルク(ろーざ・しゅるつべるく)/女/27/シュルツベルク公国公女・発明家】

NPC
【宗像(むなかた)/男/29/?】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、ローザ様。ライターのともやいずみです。
 少しずつ謎が……? いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。