コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


エンドレス・アドゥレセンス

 待ちに待った行事がやってきた。
 高校生にもなって、とは思うが、遠足が楽しみなのはいくつになっても変わらない。三島・玲奈は、うきうきしながらクラスメイト達と共にバスを降りた。今回の社会見学の目的地は、日本有数の歴史を誇る仏閣だ。若さ故に日々新しいばかり目を惹かれているからこそ、歴史を感じるのはいいものだ。真っ直ぐに伸びた杉に挟まれた石造りの参道を通り抜けると、重厚な仏閣が玲奈らを待ち構えていた。生で見ると、パンフレットの写真では感じ取れなかった歴史の重みに圧倒された。中に入ると、気の遠くなるほど昔から敬われていた仏像が、皆を見下ろしていた。素朴だが慈悲深い顔立ちの仏像と見つめ合っていると、ふと、あることが玲奈の頭を過ぎった。
 玲奈はメイドサーバントであり、不老不死だ。このまま長らえれば、いずれこの仏閣をも凌駕してしまう。今でこそ感動しているが、そのうち仏閣よりも年上になってしまう。その時は、何に畏怖を覚えるのだろうか。
「三島さん、早く行こう!」
 同じ班の女子生徒が玲奈の腕を取り、引っ張った。
「うん!」
 仏閣の見学の次は班行動だ。玲奈は気を取り直し、女子生徒に連れられて外に出た。同じ班のメンバーは既にタクシーを呼んでいて、二人が来るのを待っている。彼女達にとっては班行動がメインイベントなので、皆、明るい言葉を掛け合ってはしゃいでいる。
 次に見学したのは、ファッションショーだった。新進気鋭のデザイナーが手掛けたショーだけあって、大胆なデザインの服が多く、モデルの美しさがデザインを引き立てていた。きゃあきゃあと歓声を上げるクラスメイト達に混じり、玲奈はカクテル光線を浴びるスタイル抜群のモデルを眺めていたが、奇抜なファッションの次に現れた定番を押さえた花嫁衣装やOL風のスーツを着たモデルを見た途端、先程の懸念が増大した。
 隣ではしゃぐクラスメイトは、いずれ大人になり、花嫁衣装も着ればOLになってスーツも着るだろう。だが、玲奈はいつまでも女子高生だから、そんなものを着る機会はない。今年ももう二学期だ。三学期を終えれば学年も上がる。しかし、玲奈には次の学年など永遠に訪れない。来年も女子高生なのだろうか。その次も、その次の次も、更に次も、ずっとそうなのだろうか。新しいクラスメイトが出来たら、話題も噛み合わなくなる。大人になれず、学校も卒業せず、ひたすらに長らえていくのだろうか。
 思い悩みながら会場を出た玲奈の足元に、一陣の風が吹き付けた。プリーツスカートがふわりと舞い上がって中身が覗くと、同じくファッションショーを見学していた他校の女子生徒が、くすくす笑いながら囁き合った。
「見た? いい歳してブルマだって」
 普段ならなんとも思わない言葉だったが、自分自身に対する苦悩にまみれていた玲奈の心には深く突き刺さった。いつまでも、いつまでも、このままでいなければならないのだろうか。耐えきれなくなった玲奈は、その場から駆け出した。


「大人になりたい! 成長したいの!」
 研究室に飛び込んだ玲奈は、開口一番、鍵屋・智子に懇願した。研究成果をパソコンに打ち込んでいた智子は、面倒そうにモノクルを填めた目を向けてきた。
「根本的に無理よ」
「大人になれないまま、お婆ちゃんになっちゃうのは嫌! その次はどうなっちゃうの!?」
「それについては興味深いけど、現状ではなんとも言えないわ」
 智子の冷徹な言葉に、玲奈は更なる苦痛の渦に迷い込んだ。不老不死にいいことなんてない。未来もなければ過去もなく、他の人間がいなくなっても、取り残されてしまうだけだ。そんなのは嫌だ。誰もいなくなった世界に独りぼっちになるなんて辛すぎる。悩むあまりに頭を抱えた玲奈は、混乱と恐怖に負けて気が遠くなり、倒れ込んだ。


 気付くと、見知らぬ場所だった。
「負の感情を取り除いて差し上げますよ。機械の頭脳に不安はない……」
 無機質な男の声が響き、玲奈を掴んできた。その手は硬く、冷たく、声の主はロボットだった。我に返った玲奈が素早く周囲を窺うと、覚えのあるものが目に付いた。男の声を発したロボットには、虚無の境界のマークが印されていた。つまり、ここは虚無の境界の基地ということだ。玲奈の髪は既に剃り落とされ、脳の摘出手術が始まる寸前だ。ロボットの手にはカッターがあり、回転して唸りを上げている。
「機械になるぐらいだったら死んだ方がマシよ!」
 玲奈は左目を見開いて破壊光線を発射し、ロボットもろとも自爆した玲奈は、跡形もなく吹き飛んだ。一瞬、熱く、凄まじい感覚が全身を駆け巡った後、何もかもが失われた。かと思いきや、吹き飛んでから数秒と立たない間に人間態が複製された。元の姿を取り戻した玲奈は、もう一人の自分の居場所を察知した。戦艦玲奈号もまた、玲奈と同じくこの基地のドックに収容されていたのだ。だが、戦艦玲奈号も残しておくわけにはいかない。瞬時にドックの場所を探知した玲奈は破壊光線を照射し、戦艦玲奈号もまた粉々に吹き飛ばした。それが最良だと判断したからだ。


「えんやこーら、どっこいせー!」
 と、次に気付いた時には、玲奈はツルハシを振るっていた。背後には戦艦玲奈号の残骸がうずたかく積まれ、玲奈の破壊光線で無惨に壊れた施設があった。首から掛けたタオルで泥混じりの汗を拭った玲奈は、状況を理解した。戦艦玲奈号を再建するための資金調達のために、虚無の境界の工事現場で怪力を生かして働いているのだと。玲奈と戦艦玲奈号はお互いを支え合っているのだから、協力し合うのが当然だ。玲奈は戦艦玲奈号であり、戦艦玲奈号は玲奈であるのだから。
「でしたら、機械の頭脳がいいでしょう。あなたは戦艦なのですから」
 またも、あの声が玲奈の耳元で囁いてきた。振り返ると、壊したはずのロボットが玲奈と同じように工事現場で働いていた。
「しつこいわ!」
 悩みすぎて苛立ちに至った玲奈がツルハシを思い切り振り上げると、それをロボットに喰らわせるよりも早く、戦艦玲奈号が超生産能力を活性化させて自機を完全に再生させた。玲奈の感情の機微をつぶさに感じ取っていた戦艦玲奈号は、真っ先にロボットを破壊光線で蒸発させると、虚無の境界の基地に弾幕を散らして徹底的に破壊した。玲奈は胸の空く思いでもう一人の自分の暴れぶりを見ていたが、戦艦玲奈号と共に逃げ出した。この世から誰も彼もがいなくなっても、戦艦玲奈号は傍にいてくれる。どうしてそれに気付けなかったんだろう、と玲奈は少し笑った。戦艦玲奈号も、笑みを返すように甲高い電子音を発してくれた。


「万年女子高生なら、それでも結構! ミニスカとか諸々の若い娘の特権をいつまでも楽しむんだから!」
 自室の姿見の前で、玲奈は胸を張った。いつものセーラー服にブルマを履き、くるりと一回転してみせる。多少見た目が幼いかもしれないが、若いからこそ着こなせるファッションだ。セーラー服の裾から覗く体操着も、年齢を重ねてしまえば着られなくなる。成長し、歳を重ねるのは素晴らしいことだが、永遠に瑞々しい青春を過ごせることもまた素敵だ。玲奈は校則で許された範囲のお洒落をしてから、通学カバンを携えて元気よく登校した。
 終わりなき時間を楽しく過ごすために、今を精一杯生きよう。

 
 終