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<東京怪談ノベル(シングル)>


Sister & Demon 3


 瑞科の任務、暗殺のターゲットである鬼鮫。
 男をキッと見やり、再び剣を構えようとした瑞科の身体に激痛が走った。
(くっ……)
 先程鬼鮫に食らった不意打ちのダメージだ。わき腹と左上半身が痛む上、吐き気がする。肋骨がやられているのかもしれない。
 今まで傷など負わずに任務をこなしてきた瑞科にとって、初めて敵に受けた屈辱的なダメージ。そのことが自分で許せず、瑞科は唇を噛んで剣の柄を握り締めた。
 瑞科は確かにこの剣で、鬼鮫の身体を突き刺した。その証拠に鬼鮫の黒いコートにはザックリと斬られているし、瑞科の持つ剣には鬼鮫を刺したときの血がまだ少し残っている。
 だが鬼鮫本人は、まるで怪我などしていないかのように平然と立っているのだ。
「貴方は、トロールの遺伝子を持つジーン・キャリア……」
「そうだ。俺は全ての負傷、身体欠損を再生させる事が出来る」
 鬼鮫は底冷えのするような声で答えた。
 鬼鮫がジーン・キャリアだということは資料でも知っていたし、その驚異的な腕力からもわかっていた。しかし、まさか身体の損傷を再生できる能力があろうとは。
 それでは彼の身体に組み込まれたトロールの遺伝子が、先程の怪我を治したというのか。瑞科は鬼鮫の内臓を剣で貫いたというのに、そんな大怪我を負った身体を再生したと?
(そんな……)
 言葉を失う瑞科を、鬼鮫は殺気の宿った目で見やる。
「俺もお前を少し甘く見ていたようだ。まさか能力を持つ者だったとはな。だが、そうとわかれば手加減は無用だ」
 刀を手にした鬼鮫の言葉に、瑞科は本能的に飛び退いた。その直後、一瞬前まで瑞科のいた空間を鬼鮫の刃が鋭く切り裂く。
「ふん、ちょこまかと!」
 着地の瞬間に電流のような痛みが瑞科の全身に走る。わき腹に受けた傷からジワリ、と血がシスター服に滲んだ。
 瑞科は歯を食いしばり、そのまま鬼鮫から距離を取ると、右手に意識を集中させる。そして素早く瓦礫の影に移動しながら重力弾を放った。
 しかし鬼鮫はそれをギリギリでかわし、瑞科が身を隠した瓦礫へ走りこむと勢い良く刀を振り下ろした。
「ぬうん!!」
「っ!!」
 身を低くしていた瑞科は咄嗟にその攻撃を避けることが出来ずに、剣で刀を受け止める。
 ガシィン! と金属がぶつかり合う耳に痛い音が響く。
「うっ!!」
 重い攻撃。先程よりもさらに強い力だ。両手の指が痺れ、怪我が痛む。
 しばしの間必死に刀を受け止めていたが、とうとう瑞科は押し負け、鬼鮫の刃が瑞科の肩を斬り付けた。
「ああぁっ!!」
 シスター服とケープが破け、瑞科の肩から胸元にかけて肌が露わになる。
 鬼鮫の攻撃はなおも止まない。
 あれほどの巨体でなんと素早く技を繰り出すのか。怪我を負っている瑞科は鬼鮫の攻撃を避けるのに精一杯だった。
 時折わずかな隙を狙って何とか反撃をするが、剣の先がかすかに掠るだけだ。そんな傷などジーン・キャリアである鬼鮫の身体は数秒で再生してしまうだろう。
(……!)
 そこまで考えて、瑞科は気付いた。先程までの攻防で、鬼鮫の身体に傷をつけることが出来たのは、鬼鮫が瑞科の攻撃をかわせなかったからではない。かわさなくても、少しの怪我ならばすぐに再生出来るからだったのだ。
 そして鬼鮫は本気を出せば、瑞科の剣などかわすことが出来る。
「弱い! 弱いな!」
 鬼鮫は鼻で笑うように言って、瑞科の脚を狙う。翻ったスカートの内側、ニーソックスを履いた瑞科の脚を刀がザクリと斬りつけた。
「あっ!!」
 思わず瑞科は高い悲鳴を上げる。ニーソックスからロングブーツに伝う赤い血。その痛みに抗うように、瑞科は剣を握って鬼鮫に飛び掛った。
「たあっ!」
「無駄だ!」
 瑞科の剣は鬼鮫の刀に受け止められ、そのままいなされる。瑞科は咄嗟に身体を捻って重力弾を放つが、3発中2発は外れ、鬼鮫の向こうにあるコンクリートの壁を破壊した。
 残りの1発は鬼鮫の左手に当たり、ベキリと鈍い音がする。
「うっ」
 鬼鮫が呻き、刀を一瞬退く。
 瑞科はその瞬間を見逃さずに剣で鬼鮫の腹部を突こうとしたが、まるで動きを読まれていたかのように腕を刀の柄で殴られた。
「くっ、かはっ!」
 そのまま立て続けに胸や腹を刃の背で打たれて、瑞科は血を吐く。
 迷いも容赦もない、連続的な攻撃。伝わってくる鬼鮫の不機嫌さ、自分に対しての怒り。
「バカが! この俺を暗殺しようなどと!」
 瑞科は懸命に抵抗するが、あちこちにダメージを負っているために刀をかわしきれない。剣で刀を受けても、その強い刃を受け止めきれない。鬼鮫の刀が、瑞科の身体を斬りつけていく。やがて鬼鮫の強烈な一撃に跳ね飛ばされ、瑞科は地面に倒れた。
 彼女の茶色の長い髪が、瓦礫や壊れたオブジェの破片の上に散らばる。それは埃や砂にまみれて、いつもの美しさが見る影もなかった。
 瑞科の上に広がる、暗い闇。冷たい石の上に倒れている、自分。
(だめ、ですわ……)
 立ち上がらなくては。立ち上がって、戦わなくては。
 ガラ、と足元の石が音を立てる。
 瑞科は力の入らない手で身体を支え、身を起こした。息が上がり、首筋に汗が浮かぶ。それでも、立ち上がらねばならないのだ。
(私は……教会の、武装審問官なのですから)
 自らに言い聞かせ、ふらふらとしながらも瑞科は傷ついた足で何とか立ち上がって、鬼鮫に向き直った。
「ふん、立ち上がるか。だが、そんな身体で何が出来る」
 鬼鮫の言う通りだった。
 数々の攻撃を受け、装備もぼろぼろだ。右肩から胸元まで斬られたシスター服からは、その下に身につけたコルセットが見え隠れして、彼女の柔らかな胸が半分ほどさらけ出されている。スカート部分はスリット以外にもいくつも切り込みが入れられ、破けた部分からはニーソックスと太股が見えていた。
 白いグローブも血で染まり、左手のロンググローブは肘下まで垂れ下がって邪魔になっていたので、瑞科はその部分を片手と歯で裂き、捨てた。露出する白い腕。ブーツは頑丈に作られているためかろうじて元の形のままだったが、無数の切り傷と血で汚れていた。
 いつも美しく花のようであった瑞科は、衣服を乱され、汚れ、鬼鮫の前に無様な姿を晒す。
 口の端からは一筋の血が流れ、咳き込んだせいでその瞳を少し潤ませた瑞科。
 瑞科の身に纏っている装備が、シスター服という清純なイメージの衣服だからかもしれない。
 傷ついたシスター服のあちこちからその真珠を思わせる白い肌を覗かせ、しっとりと汗ばんで息を荒くしている彼女の姿は、異性が見れば生唾を飲み込むような扇情的な光景だった。
「無様に返り討ちにあう気分はどうだ」
 鬼鮫は蔑むような視線で瑞科を一瞥し、言った。衣服がところどころ傷ついてはいるが、鬼鮫は怪我などほとんどしていないように見える。
 いや、怪我はしているのだ。それをすべて、トロールの遺伝子が再生している。
(剣が、だめなら……)
 パチ、と小さな音と共に瑞科の指先に光が宿ると、鬼鮫は忌々しそうに瑞科を睨みつけた。
「殺されなければ、わからないようだな」
 鬼鮫が構えた刀の刃に、瑞科の姿が映った。