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<東京怪談ノベル(シングル)>


〜仮初の命を創るモノ〜


「玲奈ちゃん…ここ、何か怖いよ…」
 友達のひとりが、ぴたりと三島玲奈(みしま・れいな)の腕に貼りついた。
 その身体からは小さな震えが伝わって来る。
「ここって…どう見ても、武家屋敷だよね…?」
「まあね」
 ふふん、と鼻を鳴らして玲奈はあたりを見回した。
 玲奈にはまったく怖いとは思えないこの場所も、友人たちを震え上がらせ、鼓動を10倍早めるのに一役買っているようだ。
 最近都心で発掘されたこの武家屋敷跡は、江戸時代に地方の大名たちの人質が住んだ場所ではないかと、巷では噂になっている。
 玲奈と数人の友人たちは学校の遠足の一環としてこの場所を訪れたのだが、こっそり中を探索し始めたのだった。
 だが、玲奈以外はあっという間に雰囲気に飲まれてしまい、足がすくんで動けなくなる。
 それでも強引に先導して、玲奈は奥へと進んでいたが、すんでのところで教師に捕まってしまった。
「君たち、すぐにここを離れるんだ!」
 ここに到着して点呼を取った時とは明らかにちがう様相の教師に、玲奈たちは顔を見合わせてから「何かあったの?」と尋ねた。
「不発弾だ! ここで不発弾が見つかったんだよ! これから自衛隊が処理にやって来る! 何も起きないうちに別の場所に避難するんだ!」
 慌てふためく教師に腕を引っぱられ、仕方なく玲奈たちは入り口へと引き返した。
 かすかに後ろを振り返り、玲奈は小首を傾げる。
(どうして昔の人って…物を地面に埋めたがるんだろう?)
 不発弾も、そうでないものも、土の中、奥の奥に埋められていることが多い。
 なぜ、と玲奈の胸の中で疑問が渦巻く。
 周囲をたくさんの女生徒に囲まれた避難場所から、こっそりと玲奈は抜け出した。
 あの場所にはたくさんのナニカが埋まっている。
 その「ナニカ」が何かはわからなかったけれど。
 人目を避け、物陰に隠れながら、玲奈は先ほどの入り口にたどり着いた。
「ひとりで抜け駆けなんてずるいわよ!」
 不意に背後から、かわいらしい声が飛んで来て突き刺さった。
 この声は、まぎれもなく。
「雫さん…?」
「ええ、あたしよ、あたし。玲奈ちゃんがこそこそ逃げ出したのを見つけて、追いかけて来ちゃった。ねえ、この中、探索するんでしょ? あたしも行くわ。ここ、おかしなものがたくさんあるんだもの。それこそ、オーパーツとか、ね」
 普段は年齢よりずっと幼く見える雫の表情が、すうっと怜悧なものに変わった。
「玲奈ちゃんはオーパーツって知ってる?」
 首を振る玲奈に、雫はポケットから何かを取り出しながら言った。
「偶に出土する時代錯誤の産物よ。私はさっきこれを拾ったんだ」
 ある物をつかんだ手をずいっと玲奈の方へ突き出して、雫はぱっと手のひらを開く。
 そこには翼竜を模ったビニール製の人形があった。
 おもちゃ屋で売っている安物の人形みたいだ。
 ただ一点、土踏まずのところに江戸の人形師の刻印らしきものがある。
 一瞬、まじまじとそれを凝視し、玲奈は笑った。
「よくあるパチモンよ」
 何しろ見た目が粗悪だ。
 なのにひしひしと、玲奈の許に強い妖気が漂って来る。
 だんだん濃くなる妖気に眉をしかめ、玲奈は雫に言った。
「それ、元々あったところに戻して来た方がいいよ」
「イヤ」
 ぷい、と顔を背けて雫は答える。
「どう見ても怪しいもん、これ。何かありそうじゃない?」
「うん、だから…」
 返して来た方が、と続けようとした玲奈の足元が、突然の揺れを訴えた。
「じ、地震?!」
 雫が驚いて玲奈にすがる。
 しかしそれはただの地震ではなかった。
 クワッと地面が裂け、ふたりは悲鳴をあげる暇もなく大地に飲み込まれていく。
 ふたりの姿が消えると、地面は何事もなかったように亀裂を消失させ、知らん顔をしていた。
 
 
 
「う…ん…っ」
 身をよじり、冷たく湿った地面から身を起こすと、あたりは瘴気が漂っていた。
 ぴちょん、というわずかな音が周囲の空気に当たってはね返って来る。
 玲奈は目をこすって周りを見回した。
「鍾乳洞…?」
 天井から垂れ下がった大きな造形物は、幻想的でもあり、不気味でもある。
 そしてその耳は、単調だが低い音の羅列を生む何かの声――そう、それは読経の声だ――をとらえていた。
 もっと耳を澄ますと、獣らしき咆哮が重々しく響くのが聞こえる。
 隣りに倒れている雫を揺すって起こし、玲奈は即座に結界を張った。
「先に進むけど大丈夫?」
 まだはっきりと意識が覚醒しない様子の雫がうなずくのを見て、玲奈は一歩、また一歩と鍾乳洞の奥へと進む。
 霞がかった視界と、薄ら寒い霧に身をさらしながら歩いていくと、こちらを向いて腰のあたりで後ろに両手を回した僧侶がたたずんでいた。
 まるでふたりが来ることを前もって知っていたかのように、驚いた気配も怪しむ様子もない。
 近づくにつれてはっきりしてきた風景の中に、粗末な草葺の庵があった。
 どうやら彼はそこに住んでいるようだ。
 僧侶は柔和な表情のまま、ふたりを手招きして庵へ歩き出した。
 警戒心に身を固くしたふたりだったが、相手に邪気がないことに気付いた玲奈が、雫に強くうなずいた。
 庵の中はほの明るく、中央にある囲炉裏では鉄製のやかんが湯を沸かす音を響かせている。
 ていねいな手つきで茶を淹れ、彼はふたりの前に湯のみを置いた。
「かつてわしは人形師じゃった」
 しわがれた声で、僧侶は語り始めた。
 かつて江戸幕府が天下を治め、世の中が平穏になった頃、僧侶は髪が伸びる程精巧な日本人形を造ってしまったばかりに、その人形から呪いを受け、彼女の補修を担うために永劫生かされている、と。
 玲奈と雫は哀れみの表情を浮かべた。
 何かのために生かされる生など真っ平だ。
 それならいっそ土に還る方が幸せだと思った。
 その人形は、人形でありながら魂を持ち、人間さながらに、やがて男児を生んだ。
 人形は僧侶に、我が子のための玩具を所望した。
「地母神の恵みと妖力は真に不思議で造れぬ物はありませぬ」
 僧侶は笑みを浮かべたまま、そう言った。
 何のことかと怪訝そうな顔をしたふたりの前に、先ほど雫が拾ったビニール製の翼竜の人形が、急にふくれ上がり、巨大化し、本物と見まごうばかりの禍々しさを備えて、ふたりに吼えた。
「二百年待ったぞ霊力の申し子よ。其方を喰らい創造主の座を得るのだ」
 その闇色の目は、ひたと玲奈に向けられている。
 咆哮と共に突っ込んで来た翼竜を、地面を転げてかわし、玲奈はすらりと霊剣を抜いた。
「土に還れ!」
 翼竜は狭い鍾乳洞の中を、羽を広げて飛び回った。
 だが、その速度は遅く、剣を咥えた狼と化した玲奈の俊敏さにはかないはしない。
 巨躯を持て余して飛翔する翼竜を、霊剣で軽々と一刀両断する。
 翼竜は身体をのたうたせて、地面に地響きと共に叩きつけられた。
 青い血をどろりとその口から吐き出しながら、翼竜は言った。
「我に従わぬ愚鈍な娘よ。遥か氷河期、我が同胞は鳥と化し温暖な地へ逃れた。同じく夢想に形を与え、虚実の橋渡しをする地母神の力を借りて現実から虚構の世界へ「渡ら」ねばこの星は滅びるというのに…」
 死に瀕した竜の口から、咆哮がほとばしった。
 途端に崩れ落ちてくる天井と壁に、ふたりは鍾乳洞を駆け抜け、光の導く方へと走り続ける。
(あの人形師はいったい…?)
 落下してくる小さな岩のかけらを払いのけながら、玲奈は人形師の思惑を探ろうとする。
 この罠の真意が何か、今の玲奈には想像もつかない。
 だが、面と向かって戦いを挑んで来る者に、容赦をすることなどあり得なかった。
 玲奈は今を戦うのみだ――敵が誰であろうとも。


〜END〜