コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


contrastive


 青々と広がる草原。高い山々に囲まれたその上空で、禿鷹が舞っている。その群れはくるくると旋回した後、降下した。台に乗せられた、死体の元へと。
 肉を求め、喰いちぎる。元より解体されていた死体だが、喰い荒らされて見るも無残な姿となる。もはや原型を留めていない。
 その最中、大地が震えた。激しい揺れに、鳥たちも羽ばたき死体から距離を置く。鳥葬を見守る祭壇の壁がぱらぱらと欠け――やがて崩れ落ちた。
 建物の下敷きとなって中にいた人々の命が失われると、群がっていた死神たちが残念そうに引き揚げる。その後には下級の悪霊たちが残った。
 悪霊たちは死者の装飾品等、身につけている物の魂を啄まんとして群がる。やがてそれは諍いとなった。我先にと死体に群がり、魂に喰らいつく。その競争に僅差で敗れた一体が、群れから外れて捨て台詞を吐いた。
『こんなチンケな山奥より、もっといい狩場がある』
 他の悪霊は魂に夢中で気付かない。そのまま、その一体はその場を去った。
 山を越え、海を越え。悪霊が辿り着いたのは東方の島国、日本。とある学園の上空で、動きを止めた。
 放課後の屋上で、一人の男子生徒が虐めに遭っている。見るからに気弱そうな少年は、他の生徒たちの好きなようにいたぶられていた。悪霊がほくそ笑む。
『これは良い狩場だ』





 三島・玲奈は学校からの帰途についていた。今日はとても天気がいい。そう思いながら青空を仰ぐ――と、奇妙な光景に足を止めた
 誰かが、屋上の柵の外側にいる。下着姿の少年。彼は腰が引けた仁王立ちで地上を見下ろすと、意を決したように飛び降りた。玲奈が目を見張る。
 危ない。咄嗟に、玲奈はセーラー服の胸元に手をかけた。ホックを外すだけでなく、躊躇なく破り捨てる。そして翼を広げ、跳躍した。
 少年は胸の前で両手を組み、死を覚悟したように目をぎゅっと閉じている。頭から落ちる、その速度はかなりのもの。玲奈は歯を食いしばり、手を伸ばした。少年の身体が目の前を、通り。
 まさに、間一髪。少年の腕を掴み、ぐっとその場で耐えた。どうにか、目の前で死なせることは防げたらしい。
 少年はまだ落ちていると思っているのか、相変わらず目をかたく閉じている。玲奈は人気のない場所を探した。学校の裏庭で、彼を下ろす。
「大丈夫?」
 少年の目の前で手を振ってみせる。彼は目を開くと、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。不思議そうな視線を向ける彼に、玲奈は自身の翼を指で示す。合点がいったように、少年が頷いた。
「助けてくださったんですね。どうも、すみません……」
 そう言いながら、彼は肩を縮めて小さくなる。頬も朱に染まっていた。
「どうしたの?」
「いえ……その、ごめんなさい。お見苦しい恰好で」
 玲奈は一瞬きょとんとして、間もなく思い当たった。少年は下着こそ着ているが、ほぼ全裸に近い。彼は股の辺りを隠すように手を遣り、もじもじしていた。
「何言ってるの。あたしもこんな恰好よ」
 そう言う玲奈は、はぎれのような制服を纏った、ぼろぼろの姿。ね、と笑ってみせる玲奈に、彼は複雑そうに笑った。また少し、顔の赤みが増したようでもある。
「あたしは三島・玲奈。貴方は?」
「三下・忠といいます」
「何かあったの? 飛び降りるほど思い詰めるだなんて」
 尋ねると、忠は言葉に詰まって俯いてしまう。だが、やがて根負けしたように口を開いた。
「その、同じ学校の人に絡まれまして」
「虐め?」
「……平たく言うと」
 忠が肩を落とす。
「見ての通り逞しくないし、ナヨナヨしてるから、って、何というか……男か女かはっきりしろ、と詰め寄られて」
 玲奈はつい納得してしまった。忠は線の細い美少年――といえば聞こえはいいが、何処か頼りない。
 玲奈は、ぐずぐず涙ぐむ忠を情けなく思った。男らしくない、とやや苛立ちすら募る。だが小さく息を吐くと、励ますように彼の肩を叩いた。
「ほーら、泣かないでよ。あたしだって、人間態に戻る時は男の子みたいな幼体を経るわ」
 玲奈がそう言うと、忠がきょとんと目を瞬く。その瞳は、微かに希望の光を灯していた。
「そうなんですか?」
「そうよ。だから、メソメソしない。貴方を虐めた連中に、しゃんとした所を見せてぎゃふんと言わせてやるのよ」
 拳を握り、玲奈が意気込む。忠は、対照的に眉を寄せて身を縮めた。
「その人たちですけど……どうも、僕だけじゃないようなんです」
 玲奈が眉をひそめる。彼女をちらちらと窺いながら、忠は続けた。
「本当は僕も、その虐めをなくしたいと……思っていたんですけど」
 ごにょごにょ、と最後の方は尻すぼみになる。
「ふうん」
 玲奈は口角を上げた。解決しようと現場に踏み込んで、返り討ちに遭ったか。結果だけを見ると情けないが、その芯は意外と熱いのかもしれない。
「そういうことなら、一緒に解決しましょうよ」
 え、と忠は戸惑う。玲奈は朗らかに笑って、そんな彼に手を差し出した。
「ひとりよりもふたり、でしょ? よろしくね!」





 それから数日、玲奈と忠は校内で聞き込みを始めた。彼を虐めた連中はなかなか有名なようで、ちらほらと情報を集めることが出来た。
 教室で標的に絡み、屋上へ連れていく。その際、近くにいた生徒が『解剖』というフレーズを耳にしたという噂も聞いた。不気味さを感じつつもなお調査を進めると、こんなことも耳にした。
『時々、屋上に大きめの鳥が集まっている』
 玲奈と忠は顔を見合わせた。一見、関係のなさそうな情報。だが、『屋上』で繋がっている。
 悪寒が走る。玲奈の勘が、この虐めの裏には何かがあると告げていた。そう感じた彼女は、渦中に飛び込むことを決意した。
「そんな、危ないですよ!」
 忠は反対した。心配しておろおろする彼に、玲奈は勝気に笑ってみせる。
「平気よ。貴方も、見ててよね?」
 それでも不安そうな彼を置いて、彼女は教室へ足を向けた。連中のクラスは調べてある。中を窺うと、まさに男子生徒が囲まれているところだった。
―――霊気を感じる。
 それは、その一角から。きなくさい臭いが強くなる。
 虐められているのは、忠のように気弱そうな少年。おどおどしている彼と連中の間に、彼女は割って入っていった。
「何してるの? 怖がってるじゃない」
「何だ、お前。コイツの代わりになるってのか?」
 玲奈は怯まない。だが、敢えて弱気そうな眼差しで連中を睨みつけた。彼らは舌打ちし、しかし何処か楽しそうに彼女の腕を掴む。
「生意気だな。来いよ」
 ぐいと引張られても、抵抗しない。自分は、囮だ。自身をダシに、虐めの真相を掴んでみせる。そう決意していた。
 連れられたのは、やはり屋上。忠はついて来ているだろうか。わからない。
「コイツも『鳥葬』の餌食にするのか?」
 鳥葬? 聞き慣れない単語に、玲奈が眉をひそめる。
「当たり前だ。コレを塗りたくって、鳥に差し出してやんよ」
 玲奈の腕を引く生徒がそう返す。もう片方の腕で弄んでいる小瓶は――よくわからないが、会話から察するに鳥の餌だろうか。
 鳥たちが集まるという噂と、カチリと繋がった。虐める相手を脱がし――これが『解剖』だろうか――肌に餌を塗り込み、鳥たちに啄ませているのだ。小さな鳥しかいないこんな街中で、本当の『鳥葬』が出来るはずもない。あまりに酷い仕打ちに、激しい憤りをおぼえる。
 屋上に着くと、玲奈は背中から床に打ち付けられた。痛みに顔をしかめていると、玲奈の腕を掴んで連れてきた生徒が彼女に手を伸ばす。
 霊気は、彼から感じる。間違いない。
「さあ、手術の時間だ」
 彼を筆頭に、その仲間が玲奈を囲む。荒々しく、彼女から制服を剥ぎ取っていった。
「スコート? このアマ、テニス部か? やたら着込んでやがる」
 なかなか肌が晒されないためか、苛立ちを含んだ呟きがこぼれる。その手がスコートにかかり、チャックを下ろしたその時、玲奈は自らスコートからするりと抜けた。
「いいえ」
 レオタード姿となった彼女は、その流れで男子生徒の顎を蹴り上げる。スコートで両手が塞がっていた彼はガードすることもなく、綺麗に決まった。彼女は勝ち誇ったように笑う。
「体操部の、三島玲奈よ」
 男子生徒がのけぞるように倒れ、他の面々が玲奈に迫る。彼女はしなやかな動きでそれを避けた。華やかなレオタードのフリルを翻し彼らにも蹴りを入れると、体操部で使うリボンで縛り上げた。あっという間に動きを封じ、玲奈は彼らを見下ろして一息吐く。
 きょろ、と辺りを見回す玲奈のその後ろに、男子生徒に憑依していた悪霊が姿を現した。彼女が気付く前に、その背に飛びかかる!
「玲奈さん!」
 すんでの所で、忠が玲奈に体当たりした。二人してその場に倒れ、その上を悪霊が通り過ぎる。
「お手柄っ」
 ぱちんと指を鳴らし、玲奈が立ち上がる。その手に、霊剣を召喚した。
「やあ――っ!」
 かけ声と共に、一閃。悪霊は、あっけなく霧散した。安堵の息を吐く彼女の傍らで、腰を抜かした忠が苦笑する。
「女の子なのに、すごいです。僕は何も出来なかったのに……」
「女の子なのに、とか余計だから。それに、何言ってるの」
 玲奈はくすりと笑い、彼の隣に腰を下ろした。
「助けてくれたじゃない。ありがと」
 忠は瞬きを繰り返してから、顔を赤くして頭を掻く。そんな彼を楽しそうに見つめながら、玲奈は微笑んだ。
 その後、事件が解決してからもふたりは一緒にいるようになった。お互いを知りもしなかったふたりの距離がぐっと縮まったことを、ちらちらと不思議そうに見る者もいる。
「あの子たち、何なの?」
 中にはそう囁かれてもいたとか、いなかったとか。





《了》