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<東京怪談ノベル(シングル)>


Sister & Demon 4


 モノクロの廃墟の中で、瑞科の血だけが鮮やかに赤い。
 すでに満足に立ち上がることも出来ず、瑞科は敗北寸前だった。剣を杖代わりにして何とか立ってはいるが、その身体も、そして心も傷を負っている。
 鬼鮫の身体は、どんなに瑞科が剣で斬りつけてもそれらをすべて再生し、まったくダメージを負っていない。
「お前は弱い。そのことを、この刀でわからせてやる」
 ふらふらと立ち上がる瑞科を見てさらに不機嫌になった鬼鮫の刀が、殺気を放ってギラリとした。
(何という、強さなんですの)
 ジーン・キャリアの再生能力、腕力、そして我流の剣術。瑞科は鬼鮫の強さに、恐怖を覚えていた。
 これまでに様々な任務をこなしてきた瑞科が、初めて感じる感覚。目の前に立つ敵を恐ろしいと感じ、逃げ出したくなるような気持ち。
 自分はこの男の前で、何と無力なのか。瑞科の剣も、放つ技も、鬼鮫には通じない。身体も装備もぼろぼろにされ、傷つけられて。
 それでも瑞科を立ち上がらせるもの……それは、瑞科の中にわずかに残る、任務への責任感だった。
「う……」
 痛みのあまり、意識が朦朧とする。目の前が白く黒く、気が遠くなりそうになり、瑞科は必死で頭を振ると、ぎゅっと剣の柄を握った。
(私の使える技を、すべて使って……!)
 瑞科は唇を噛み、指先に宿らせた光に意識を集中させ、狙いを定めると鬼鮫に向かって電撃を放った。
「くっ!」
 鬼鮫が電撃をかわして飛び退く。瑞科は続けて、2発、3発と電撃を打つ。
「はあっ!」
 刀と剣の戦いでは、どうしても瑞科は鬼鮫に力が劣る。怪我を負った身体ならばなおさらだ。それならば飛び道具、そしてこの能力を使うしかない。
 しかし物理攻撃ではないとはいえ、電撃での攻撃は当然ながら体力、そして精神力を消耗する。
 瑞科の息があがる。足元と手元がふらついて、電撃が鬼鮫に当たらない。
(電撃があたれば、少しでも鬼鮫の動きを止められるのに……!)
 これまでに受けたダメージを考えれば、気絶寸前の瑞科がこうして電撃を打ち出すことなど本来なら考えられなかった。
 プライド、そして任務への責任感で瑞科は電撃を打っているのだ。
 放たれた電撃が鬼鮫を掠める。鬼鮫は一瞬怯んだが、土を蹴ると電撃を巧みにかわして瑞科の前へ走りこんだ。その素早さに、瑞科は反応が遅れる。
 鬼鮫の刀がヴェールを切り裂き、そして瑞科の手を突く。
「あっ!!」
 その衝撃と痛みに、剣が瑞科の手を離れた。剣は回転して飛ばされ、瓦礫に当たった。
「ふん、武器を失っては、もう抵抗もまともに出来んだろう!」
 鬼鮫は瑞科に向かって、刀を振りかざす。
 その瞬間、瑞科は鬼鮫へ逆に飛び掛った。
「やあっ!」
 瑞科は隠し持っていた投げナイフを取り出すと、鬼鮫の身体に思い切り突き刺した。そして自分の中にある力をすべて注ぎ込み、ナイフを握る手から直接電撃を放つ。
「ぐっ! がああっ!! き、貴様っ!」
 瑞科の手からナイフを伝い、鬼鮫の身体に電撃が走る。その感覚がナイフを握っている瑞科にも伝わる。
「くっ、う……!」
 全精神力を手に集中させながら、瑞科は祈った。
(どうか、この攻撃で……!)
 もう身体も言うことをきかない。剣もない。これが瑞科に残された、最後の力。
 これで鬼鮫を倒すことが出来なければ、瑞科は……。
「ぐ、ううああっ」
 鬼鮫がよろめき、膝をつきかける。電撃が、鬼鮫に効いている。
(どうか……!)
 しかし鬼鮫は瑞科を睨みつけると、獣のように吼えて瑞科の腕をがしりと掴み、刺さったナイフを自分の身体から引き抜いた。
「ぬううあああ!!」
「きゃああっ!!」
 鬼鮫に殴り飛ばされる。瓦礫に身体を打ちつけ、痛みの中で瑞科は目の前に立つ男を見た。
「あ、ああ……」
 瑞科は言葉を失った。
 鬼鮫を、倒すことが出来なかった。
 自分のすべての力を振り絞った攻撃は、鬼鮫に敗れたのだ。
 鬼鮫の目が、ぎろりと瑞科を見下ろした。
「貴様……ふざけやがってええ!!」
「ひっ! あああっ!!」
 逃れようとした瑞科の肩を掴むと、鬼鮫は刀を振り下ろした。
「うああっ!!」
 鬼鮫の刀が瑞科の腕に刺さる。血が流れ、グローブが見る見るうちに赤く染まる。腕の傷を庇った瑞科の身体を、鬼鮫が刀の柄で殴りつけた。一瞬瑞科の目の前が赤くなり、次には太股を斬られて痛烈な痛みが走る。
 鬼鮫の手を振りほどき、立ち上がろうとした瑞科を鬼鮫は蹴り、傷ついた瑞科の腕を踏みつけた。
「あっ、いやあああっ!!」
 瑞科の悲鳴が灰色の廃墟に響き渡る。悲鳴など関係なく、鬼鮫は瑞科を斬りつける。
 全身の痛み、遠のく意識、止まない攻撃。瑞科の前に立つのは、鬼か、悪魔か。
 この男は、強い。自分は、この男に勝てない。
「う、あ……」
 あちらこちらから鮮血が流れ、瑞科の口が乾く。
 抵抗も出来ずに、自分はこの鬼に殴られ、斬られる。痛い、苦しい、辛い。もう、いやだ。
(お願、い……)
 この痛みから。この苦しみから。
「……た……けて」
 瑞科は呂律の回らない口で、願った。
「た、助け……て……」
 もう、やめて。助けて。
 掠れ、すがるような声で瑞科は乞う。
 惨めだということはわかっていた。しかし、瑞科はもうぼろぼろだった。今までに受けたダメージの多さ、いうことを聞かない身体。
 鬼鮫の攻撃に、鬼鮫への恐怖に、痛みに、瑞科の心は折れてしまっていた。
 鬼鮫は一瞬攻撃の手を止めて瑞科を見ると、鼻で笑った。
「ふん、お前は俺を暗殺しに来たんだろう。それが返り討ちにあって、しかも命乞いだと? 笑わせるな!!」
 鬼鮫の刀の背が再び瑞科を殴る。もはや瑞科は抵抗も、防御すら出来ない。鬼鮫に一方的に攻撃されるだけだ。声も出せない。
 瑞科はめちゃくちゃにされ、倒れた。
 びりびりに破かれたヴェールとケープ。グローブごと斬られた腕の傷、細い指先から滴るワインのような血。長い髪は乱れ、漆黒のシスター服はすっかり肌蹴て、コルセットをつけた瑞科の艶かしい身体が露わになっていた。首には汗が浮かび、白いウエストや胸の双丘の一部が露出している。
「ああ……」
 横たわる体と手足、うっすらと開けた柔らかな唇。
 スリットや破けた部分から官能的な脚がほとんどさらけ出され、ニーソックスは切られて意味を成していない。ロングブーツの靴紐が解け、すべすべとした足に絡んでいた。
 瑞科は顔を上げ、鬼鮫を見る。
 瑞科が弱いわけではない。ただ、上には上がいる。
 自分は、鬼鮫暗殺の任務に失敗した。何という、無様な敗北だろうか。
 瑞科は朦朧とする意識で、教会のこと、暗殺任務のこと、鬼鮫のことを考えた。
 どうなるのだろう。私は……
 やがて意識が暗闇に包まれて、瑞科は気を失った。
「ちっ……」
 鬼鮫は怒りが冷めやらぬのか、気絶した瑞科を蹴飛ばし舌打ちをした。
 そして、まるでゴミのように瑞科を雑に引きずり、連れ去る……。


 その後、教会は暗殺任務から戻らぬ白鳥瑞科の消息を調査。
 しかしながら、瑞科の行方についてはわからなかった。