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<東京怪談ノベル(シングル)>


少年の運命

●目覚め
「……!」
 閉じていた僕の瞳が開いた。
 目覚めた瞬間、頬に温かい何かが伝った。
 それが涙だというのは、頬に触れてようやくわかった。
 切ないような、悲しいような辛い気持ち。
 嬉しいような、幸せなような幸福な気持ち。
 たとえようのない複雑な感情が、僕の胸を強く締め付ける。
「僕は、夢を見ていたのか……?」
 どんな夢だったかを思い出そうとするが、さっぱり思い出せない。
 ベッドの上で身を起こし、背伸びして辺りを見回す。
 とある研究所の奥にある研究室。そこにある薄暗い一室が、僕が寝起きする部屋だ。
 勉強用の木製の小さなダイニングテーブルと椅子、身体を休めるベッドがあるだけの簡素な作りだが、僕は不便だと思ったことは無い。
 どんな夢だったんだろう? と首をかしげながらぼんやりと考えていると、壁にかけてあるスピーカーから呼び出しのコールがかかった。
『カナエ、仕事だ。今から迎えに行くから準備するように』
 研究所所員が、抑揚の無い声でそう告げる。
 僕はベッドから降り、椅子にかけてあるパーカーを着ると、ほの暗く光る青い眼をあまり見られないようにするためにフードを深く被った。
 僕の名前は青霧・カナエ(あおぎり・かなえ)。この研究所で作られたホムンクルスだ。
 生まれてからずっと、研究所所員から叩き込まれた知識や戦闘術を駆使し、研究所の指示や関与がある事件に関わった。
 仕事、というのは、今回もそのようなことだろう。
 今回はどのようなことなのだろうと、所員が来るのをドアの前でじっと待った。

●仕事
「待たせたな。さあ、行こうか」
 研究所所員は部屋のドアを開けると、僕を研究所地下にある施設に連れて行く。
 エレベーターに乗っている間、僕は何をするのだろうかと考えた。
 昨日は開発された生体兵器試用だった。その前は、人体実験のモルモットだった。
 この研究所は、生体兵器開発や人体実験、キメラと呼ばれる合成獣を生み出している。そのせいか、どこか後ろ暗い雰囲気が漂う。
「来たか」
 椅子にどかっと腰掛けてたよれよれの白衣を着た無精髭の中年の後ろには、僕と同じ年頃の少年少女が数人いた。彼らも、僕と同じホムンクルスだ。
「きみ達の仕事は、あのキメラを倒すことだ。作ったのは良いが、失敗作になってしまってね」
 俺としたことが……と苦虫を噛み潰したような表情で、中年が冷ややかな目でキメラを見ている。どうやら、このキメラは生体兵器として生み出されたが失敗作として見捨てられたらしい。
 ライオンをベースに、ヘビやタカなど、様々な獣がごちゃ混ぜになっているキメラは、マジックミラー越しに僕達を見て「グルル……」と低い唸り声を上げている。
「このキメラを倒すこと、できるよな?」
 倒せ、と言わないのは、有無を言わさず、僕達に「キメラを倒せ」と命じているのだろう。
 行こう、と誰ともなく戦闘準備を整え、キメラがいる部屋に入った。

●同じモノ
 全員がキメラがいる部屋に入ると、シャッターが下ろされ、僕らは閉じ込められた。
 倒すまでは、ここから出してもらえないのだろう。
 僕を除く全員が、淡々とした表情で今にも襲い掛かろうとするキメラを見ている。
 この研究所で生まれ、青霧・カナエという名前を与えられ研究所のために生きる僕。
 研究所で生み出され、兵器としての存在を与えられたキメラ。
 僕達は似ている、いや、同じモノなのかもしれない。
 何でこう思ったのかはわからないが、似ているような気がした。
 そんなことを考えていると、剣を持った長身の少年が素早く動き出し、キメラを斬りつけようとした。
 それに続けと、ある少年は小銃で足を狙い、ある少女はロープを使い捕獲しようと素早く動く。
 やられまいと、キメラは天井に向かい大声で吼えると長身の少年の上半身を大きく、鋭い爪を突き立てると放り投げた。
 放り投げられた少年の絶叫が部屋中に響き渡る。
 激痛に顔を歪めた少年の抉られた傷口からは、赤い血がドクドクと溢れ出ている。
 無表情だった仲間だったが、それを見て青ざめる者もいれば、出してくれ! と訴えだす者もいるが、キメラを倒すまでは絶対にここから出られないだろう。
「ここは、感覚を奪ったほうがいいみたいだね」
 僕の能力は、場に特殊な霧を作り出し、霧の中に囚われたモノのありとあらゆる感覚を奪うことだ。
 掌に気を集中させ、僕は霧を作り出す。
 霧に包まれたキメラは、吼えながら首を必死に動かし辺りを見渡そうとしている。どうやら、視覚が奪われたようだ。鼻をヒクヒクさせながら必死に探しているところを見ると、嗅覚も奪われているのだろう。
 全身の感覚が麻痺したのか、キメラは身体を縮めてうずくまった。
 このまま動きを封じようと、仲間に「今から、僕の霧が周囲を包むから気をつけて!
」と声をかけてから物理・精神攻撃を遮断する霧を発生させた。
 霧に包まれまいと身動きひとつしない仲間を見た僕は、両手を天井に掲げた。
「強酸霧雨(アシッドレイン)!」
 強酸性の雨をキメラに降らせた。雨が止むと、キメラは骨だけになった。

●運命
「良くやった」
 白衣の中年は、労いの言葉をかけることなくシャッターを上げた。
 安全な場所から高みの見物としゃれ込んでいるあの男には、僕達の戦いは自分のためで当然、と見下しているに違いない。
 部屋から立ち去る時、僕の霧雨で骨になったキメラを見た僕は「いずれ、自分もこうなるのだろうか……」と思った。
 僕らホムンクルスが、何のために生み出され、何のために生きているのかなんてわからない。
 そんなことを研究所所員やこのキメラを作り出した中年に訊ねると
「ホムンクルスの存在は、この研究所に役立つためだ」
 と何のためらいもなく、そう答えるだろう。
 死んで当然、とさえ思っているだろう。
 正直言うと、僕は、研究所のために生きることは間違っていることではないと思し、むしろ、そうあるべきなのだと思う。
 キメラを倒した仲間の中にも、僕と同じ考えの者がいるかもしれないし、それとは逆に、自分は研究所のために生きている存在ではないと否定する者もいるだろう。
 どちらにせよ、僕は、この研究所のために生まれ、死ぬのだろう。

 それが『運命』というものならば、僕は黙って受け入れるべきなのだろうか。
 それとも、逆らうべきなのだろうか……。