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<東京怪談ノベル(シングル)>


青き光と大地の竜


「聖域か、なるほど……」
 静かな部屋に響く声。
 ここはテロ集団「地球脱出教」の本部ビルだ。その最上階にある部屋で、教祖は工作員からの報告を受けて呟いた。
 工作員――そう、先だって「玲奈号」に潜入し、そこにある世界を覆すという「宝」を探していた者達だ。三島・玲奈の働きによって逮捕されたはずだが、逃げ出した者がいたのだ。
 報告によると、玲奈号には「聖域」と呼ばれる場所があり、それによって玲奈の「記憶」は守られている。そのために玲奈は肉体が滅びようとも、何度でもクローンが完全なる記憶を持ったまま蘇るというのだ。聖域がある限り、玲奈が滅することはない。
「……では、艦と人間態を同時に抹殺すればいいのだ!」
 教祖は口の端をいやらしく歪めて嗤う。しかし玲奈号は簡単に破壊できるような代物ではない。「核しかあるまい」と司祭が頷くが、教祖はそれを制するように首を振る。
「……いや、核爆弾は当局の目が厳しい」
 そう言って、教祖は窓の外を見やった。確かに核ならば簡単だ。だが、諸刃の剣でもあるのだ。それならば。
「良策がある」
 教祖は言い放ち、ゆらりと片手を上げて力を集中する。
「出でよ」
 ただ一言そう呼べば、外の何もない空間にぼごぼごと泡が湧き起こった。それはおぞましいほどの禍々しさを放ち、徐々にその形を変えていく。やがてゆるやかに象る狂態は――。
「こ、これは……!」
 司祭や工作員が息を呑む。教祖は相変わらずいやらしい笑みを浮かべたまま、しかしうっとりと「それ」を見つめた。
「――我が人のエクトプラズムより創りし、霊獣モグラプラズムだ!」
 さあ、征くがいい。モグラ――土竜。土の竜という強大な名を持つ僕よ――!


「一体なんだってんだ!」
 某国の砂漠で、警備兵達は国境を驀進する謎の砂煙へと狙撃を開始した。
 しかしそれが届くことはない。銃弾は砂煙の遥か手前、まるで透明の壁でもあるかのように弾かれ――青い閃光が瞬く。
「う、わ……っ!?」
 閃光に目を焼かれ、続けての狙撃ができなくなってしまう兵達。閃光と共に大地が揺れ、すり鉢状にその口を開く。国境沿いに建てられた兵舎が呑み込まれていくと、突如として空にキノコ雲が立ち昇った。
 その様を、遠き場所より「見て」いるのは地球脱出教の教祖だ。見事なまでに美しい青き閃光と、圧倒的な破壊力に満足げに頷く。
 くつくつと、笑みが漏れる。その声はやがて大きくなり、世界を覆い尽くす自信となって高笑いへと変貌を遂げた。
「霊獣土竜プラズムよ! 玲奈を核の炎で焼き尽くすのだ!」


「謎の群発地震……か」
 億ションの一室で、瀬名・雫はプリントアウトした資料に目を落としながら呟く。
 雫は今、玲奈と共に杉並区浜田山へと取材に来ていた。
 浜田山――億ションが建ち並ぶこの町は、最近、謎の群発地震に見舞われていたのだ。その群発地震によって、インターネット上の掲示板に「謎の浜田山地震」なるスレッドも建ち、地震計を持ち出して調査に出る者まで現れた。
 それら有志の調査によると、地殻変動の類は皆無ということなのだ。これほどの群発地震であるというのに。そこで一転してポルターガイスト説が浮上した。関東一のオカルト関連のHPを運営する雫としては放っておく訳にはいかず、玲奈と共にこうして調査に赴いたというわけだ。
 二人は手を尽くして、億ションの一室に宿泊させてもらうことができた。あとは地震が来るのを待ち、震動を調べるだけだ。
「よし、行動開始しよっか!」
 雫が立ち上がると、玲奈は待ってましたとばかりに大きなバッグをどさりと置く。
「じゃ、着替えないとね!」
 そう言って、玲奈はバッグを開け――中からあらゆるコスチュームを取りだした。


 まずは、スコートを履いて白球を追う。スパーン、と渇いた音がコートに響く。ウィンブルドンを目指すわけではないが、そんな気になってしまうのはどうしてだろう。
 次にレオタード姿で体操だ。体が極端に柔らかいわけでもないのに、今なら開脚だって楽にできる気がする。気がするだけであって、調子に乗ってしまうと足が吊るだけなのだが。
 さらには、ビキニ姿でスパに登場。億ションは何でもある。二人のビキニ姿はまだあどけなさが残るが、可愛いデザインだからよく似合っている。スパで泳いでいると、自分は生まれながらのセレブのように思えるから不思議だ。
 しかしそうやって施設を堪能するフリをして――実際は結構堪能しているのだが――二人は振動を調べていた。あらゆる場所で、あらゆる状態で。小刻みに揺れる大地は、休むことを知らないかのようだ。
「霊障とは違う。震動にリズムと指向性がある」
 得られたデータを検証し、雫が呟く。
 今もまた、揺れた。
 この広い裏庭でのデータも、やはり他の場所で取ったものと同じ振動だ。玲奈は今の振動を体全体で感じ、目を閉じて唸る。
「まるで、巨大な土竜のような」
 思ったままを口にした。
 そう、巨大な土竜が地中を這いずりまわるかのような、そんな振動。
 実際に土竜が地中を這う状態を知っているのかと訊かれれば返答に困るが、しかし他に喩えようがないのだ。
 その、直後――。

 ――正解だ。

 どこからか響く、声。
 どこかで聞いたことのあるような、声。
 同時に地面が激しく揺れ、裂け――ぱっくりと開いた分け目から巨大な何かが出現した。
 それは玲奈の思った通りの姿であり、その巨大さも半端なものではない。
「土竜……ううん、これはエクトプラズム!」
 玲奈が息を呑み、反射的に持てる力を発動させる。あまりにも巨大な土竜。そしてエクトプラズムという明らかに「人為的」な存在。それがこうして玲奈の前に現れたということは、土竜が意味するものは「敵」であるということ。
 玲奈はその鋭き眼光で射貫くように力を放出し、霊剣を抜き去って敵の間合いへと閃かせた。
 だが、通常であれば相手を引き裂かんばかりのパワーも、土竜プラズムの青き閃光によって全て弾き返されてしまう。
「霊力が効かない……?」
 玲奈はぎり、と奥歯を鳴らす。雫は閃光で目をやられたのか、手で両目を擦りながら、ふるふると首を振った。
「此方の出番だ」
 再び声がしたかと思えば、今度は土竜プラズムが周囲をぐるぐると駆けめぐり始めた。その足が、爪が、土を抉る。
 砂煙と土煙と、下草の青い匂いと。それらがないまぜになった頃、抉られた土は小高く積み上げられ、土竜プラズムによって押し固められていた。
 そして――。
 ぐしゃり、土が崩れる音を立てる。土竜プラズムが蹴り上げたのだ。
 その瞬間、玲奈の脇で小さなキノコ雲が昇った。
「……っ!?」
 予想だにしない出来事と、正体の掴めないキノコ雲に玲奈は目を見開く。
「地中の微量なウランを濃縮したのよ。――死ね!」
 この、声――!
 玲奈は耳を劈いてきた声の正体に気付き、顔色を変えた。その間にも、大地の裂け目からは無数の土竜が現れ、次々に塚を築いていく。
 いけない――!
 玲奈は咄嗟に雫を守るように引き寄せて天を仰ぐ。
「霊障結界で防ぐしかないわ! 玲奈号カムヒア!」
 空に吸い込まれるように響き渡る声。玲奈は宇宙船を呼んだのだ。
 一刻も早く、結界を――!
 瞬時にして空に出現する、宇宙船玲奈号。玲奈がその姿を確認して頷くと、どこかから見ていた声の主――教祖も、同じように頷いた。
 その刹那、これまで以上の巨大な青き閃光とキノコ雲が、玲奈達の周囲の全てを包み込んで湧き上る。
 声を上げる間もなく、キノコ雲に呑み込まれる玲奈と雫。
 その、運命は――……。



   了