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<東京怪談ノベル(シングル)>


未来世界の1ページ

いつの世も、どんな種族も、話が盛り上がる話題の上位はさほど変わらない。
それは流行りの何かについてであったり、あるいは互いの身の上であったり……つまる所、愚痴りたいのである。
「つらいんだね」と慰められるのもいいのだが、「つらいよね」と言い合える方が盛り上がるのである。方向性の是非はさておいて。
ここにもそんなある種の法則に漏れず、料理を囲んで歓談する主夫集団が存在した。居酒屋での話の肴はもちろん、己が身の上の悲喜交々である。
居並ぶ妖精の美男子達はこの未来世界の常識から外れることなく、繊細な性質で詩歌や料理など芸術を生業としている。しかし同時に自分達の社会的立場が良く言えば庇護される側、悪く言えば虐げられる側であることも充分理解していた。
常識だろうと風潮だろうと、それと不満不服のあるなしは別問題である。だからこそこうやって集まっているのだ。
「男が虐げられる社会はうんざりだ」「僕達は稀少で護られる存在だ仕方ない」――ひとしきり愚痴りあった後、主夫達が揃って言うのはお決まりの台詞。
「昔の男は強かった」
これが大体の居酒屋会合の締めである。否、締めであった。
しかし今日この時はそれが締めにならなかった。
この湿っぽくも相憐れむ空気の中に、闖入者があったからである。
「あら生意気な男ね」
「なっ……!」
男だけしかいない筈の空間に、不意に割って入ったのは女の声。繊細な妖精の美男子達が恐れながらも、心の中で密かに反発心を持つ対象だった。
屈強な女戦士は居並ぶ主夫達の視線と態度をものともせず、「これをご覧」と水晶玉を示した。
そこに映し出されているのは驚くべきことに、いずこかの山中で繰り広げられる魔物と少女の戦いだった。
水晶球の小さい画面の中には、年端も行かぬ娘が衣を脱いで僅かな布だけを纏い川に飛び込む姿がはっきりと映っている。
「何と無謀な」
「じき魔物の餌食だぞ」
めまぐるしく動く戦闘の光景に、たまらずと言ったように悲鳴があがる。
だが水晶球を示した女戦士は周囲の反応を鼻で笑った。
「揃いも揃って戦況も読めないとはあんた達の目は節穴だらけだね。餌食になるのは娘じゃなくて魔物の方だよ。昔から女は勇敢さね。判ったら無駄話はやめて嫁の剣でも磨いてな」
確かにこの光景の中の娘は奮闘しているだろう。
だが流石にその言い様には一人の妖精が噛み付いた。
「賭けるか?」
「うん?」
「本当に昔から女は勇敢かどうか。時を遡り僕達はこの目で確かめる。もし嘘なら」
男達の挑戦を、皆まで言わせず女戦士は自信たっぷりに受けた。
「天下をか弱い男にくれてやるよ」



とある山中での林間学校、本日の天気はばっちり曇天。ということで、三島玲奈は窓から空を仰いで悩んでいた。着るものに。
1限目は本来水練の授業なのだが、こう空模様が怪しいと体育館での授業に切り替わるかもしれないのだ。
その逡巡を見透かしたかのように、瀬名雫がタイミング良く発言する。
「これだと水温が微妙だから、体育館行きなのかな」
それを耳にした玲奈は下着代わりのビキニに指定の紺スク水、レオタードを着て、翼をブルマにしまった。
「もし体育館だったら今日は庭球かもよ」
(えええっ)
まずい。それは今の格好だとまずい。
すたすたとバスに向かう雫を追って、玲奈は慌ててポロシャツとプリーツを付け、転げるようにフリルのスコートをはいた。その勢いのまま送迎バスに乗り、発進する揺れの中でセーラー服を被りスカートをはく。
「ふー……」
ようやく着替えを終えてほっと一息ついた玲奈。
しかしその安息は送迎バスが目的地に到着するよりも早く、何の前触れもない急停車という形で破られることとなった。
慣性に従って激しく揺れながら、何事かと玲奈が見回した先には――
「うわ」
何がどうしてそうなったのか皆目見当がつかないが、川で龍が生徒を襲っている光景が繰り広げられていた。
「敵もこんな山中迄ご苦労ね」
林間学校が行われているような場所でこんな事態にぶち当たるなど、まさしくそうとしか言いようがない。
平穏と日常をぶち壊すことはなはだしいそれに、玲奈は顔全体で非常に判りやすく辟易した。何故学校の課外授業に来てこんなことになるのだろうか。
それでも心中のぼやきをさっと払って、玲奈は意識を切り替え、送迎バスから飛び出した。
文字通りの飛翔でもって現場に迫ると、まずは白球で龍の眼を狙い撃つ。閃光の目潰しで怯んだ隙に手早く服を脱ぎ捨て、軽快な体操着姿で生徒達を抱えて駆けた。
だが救助と避難活動の最中に、視界を回復した龍の爪が玲奈を襲う。
かすれば人間などひとたまりもない凶器に対して、玲奈は先程脱ぎ捨てたシャツを拾うと霊力で爆破した。二度目の閃光が迫っていた龍の眼をまたしても灼く間に、玲奈は自身の衣装をレオタードへと変え、霊魂製のリボンで龍を縛り上げた。
捕らわれた龍はそれでもただじっとなどしていない。拘束するリボンはそのままに真正面にいた玲奈へ火焔を吐き出した。業火そのものといってもいい攻撃に、玲奈の衣服はぶすぶすと焦げていく。
それでも玲奈は全く怯まず、逆に焼け落ちる衣服からもうもうと立つ煙を利用して迂回行動を取ると龍に向かいその左眼を向ける。
煙に惑わされる龍を視界に完全に捉えた瞬間、玲奈の左眼からとどめの破壊光線が発射された。



『――かくして過去の時代における女性の勇敢さを目の当たりにした男達は、自らの不明を恥じ、また自らが挑んだ女戦士に対して忠誠を誓うに至った。これが後世にいう「女尊男卑の乱」事件である』
『妖精の歴史書』より抜粋

……余談だが、このように締めくくられた今回の一件を記述したとある男性歴史家は、作業の間ずっと目を腫らしながら手を動かしていたそうである。