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<東京怪談ノベル(シングル)>


真白な特別

 神聖都学園、家庭科室。休み時間のその場所は、普段なら人気とは無縁で静かな空気を醸し出しているはずだった。
 けれど一つ前の授業が行われたのがその場所ともなれば、話は別。制服に可愛らしいエプロン姿をしたままの少女達が、和気藹々と調理台を囲んでいた。
「もうそろそろいいかな」
 鍋の中でくるくると菜ばしを回しながら、一人の少女がそわそわとした様子で尋ねる。
「ちゃんと溶けた?」
「溶けてる溶けてる、ほら」
 覗き込んだ別の少女に、鍋の中の透明で少しとろみを帯びた液体を何度も掬って見せ、納得に頷くのを確かめてから火を止めた。
「ゆ〜な、牛乳入れてー」
「うん」
 こくり、と。頷いて、計量カップから鍋へと牛乳を注ぐのは、月夢優名。『ゆ〜な』という親しみ深い呼称が物語るように、彼女達は仲の良いクラスメイトであった。
「わ、ちょっと固まってきたかも?」
「カップはー?」
「んっと、はい、ここでいい?」
「ありがと、ゆ〜な」
 とん、とん、とん。優名が三人分のカップを並べれば、菜ばしを握っていた少女はすかさずお玉に持ち替えて、鍋の中身を均等に分けていく。
 ちょんちょん、と熱を確かめるように指で突いてから、それらをお盆に乗せた少女が、満足げに笑った。
「結構沢山できたねー。お昼楽しみー」
「ふふ……そうだね」
 快活な笑顔の傍らで、どこか儚げにも見える控えめな笑みを浮かべる優名。す、と降ろした視線が見つめたのは、カップの中でかすかに波紋を作る、白い液体。
 ほんの少し固形物にも見えはじめたそれは、牛乳寒天だ。
 言い出したのが誰だったかは覚えていないが、家庭科の授業で牛乳持参の指示が出された時に、余った分でお昼のおやつを作ろうと話が盛り上がったのである。
 安価で手軽に作れるレシピと言うことで挙げられたそれは、優名にはあまり馴染みのないものだった。まじまじと眺めて、ふふ、と、もう一度笑みを零した。
 不思議なものだと、何となく、思案する。
 友人が買ってきた寒天の元は、硬くてぱさぱさしていて、とても食べ物には見えないし、実際齧ったところで美味しくもなんともない。
 けれど水分を含ませて熱を与えれば、あっという間に溶けて何にでも混ざり合ってしまう。
 かと思えば、冷えれば再び固まって、混ぜたものの味をそのまま含んだ、口当たりのいい食べ物として完成する。
 高校生にもなれば、ナントカという成分がどうこうといった理屈ぐらいは理解しているけれど。それでも、改めて見つめていると、ふと、幼い少女の頃の探究心をくすぐられるような……そんな、わくわくとした感覚が疼いたものだ。
「あ、そろそろ休み時間終わっちゃう!」
「ほんとだ。行こ、ゆ〜な」
 壁に掛かった時計を見上げて声を上げた友人の声に、我に帰った優名は、ばたばたと慌てる彼女等の雰囲気に引っ張られるようにして、家庭科室を後にした。

 そしてやってきた、お楽しみの時間。
 再び揃って家庭科室へとやってきた優名たちは、冷蔵庫の扉を開いて、ひょい、と中を覗き込む。
 そっとお盆ごと取り出せば、ぷるぷると可愛らしく揺れる牛乳寒天が出来上がっていた。
 ぱぁっと表情を明るくした三人は、一人一つずつカップを手にして、中庭へと駆けて行く。
 天気のいい午後。同じことを考える大勢の生徒の間をするすると抜けて、気に入りのベンチに並んで腰を下ろすと、いつも通り、他愛もない話を交えながらの食事を楽しんだ。
 そうして、誰が指図するでもなく、皆が食べ終わるのをのんびりと待ってから。
 さて、と一つ手を打った少女が、満面の笑みでカップを取り出し掲げて見せた。
「早く食べよ」
「美味しそうだねー」
 弁当箱をきちんと片付け、いそいそとスプーンを取り出した優奈も、はしゃぐ彼女等に続いてカップを手に取った。
「…………」
 一先ず、眺める。
 半透明でぱさぱさだった寒天の元は、水と牛乳と砂糖を含み、熱に溶かされ冷気に中てられ、真っ白なお菓子に進化を遂げていた。
 つんつん、と、遊ぶように何度か突いてから、ほんの少しの力を篭めて掬う。
 スプーンの上でかすかに揺れる寒天。じぃ、と見つめて、そっと口へ運んだ。
「美味しい……」
 ふわり、浮かんだのは笑顔。
 口の中に広がる牛乳の味は、砂糖と調和して程よい甘みを齎す。
 舌の上で滑らかに溶ける触感も心地よく、すっと飲み込んだ後にも残る濃厚な味は、さりげなく二口目を引き寄せた。
「なんだか、お洒落なお店にいるみたい」
 ほぅ、と小さく息をつきながらぽつり零す優名に、スプーンを銜えたまま、一瞬きょとんとした顔をした少女ら。
 だが、綻んだ笑顔を浮かべ、頷いた。
 それは優名の言葉への同意も勿論含まれていたけれど。それ以上に、おっとりと物静かで、自分達よりもずっと落ち着いた雰囲気を醸し出す優名が、しっかりと楽しんで、喜んで、満足していることが判ったのが、嬉しくて。
 つい、顔を見合わせて微笑んだ彼女等に、今度は優名がきょとんと首を傾げていた。
「今度は果物とかも乗せてみようよ」
「ジャムとかも合いそうだと思わない?」
 ほんの少しの疑問も、紡がれた彼女等の会話に曖昧に掻き消える。
 相槌を求める声に、こくり、頷いて。優名は綺麗に整えられた中庭の情景を、何気なく見つめた。
 暖かで、喉かな午後。
 いつもと同じ、他愛もない会話を繰り返しながらの何気ない時間は、いつもにはない一品の登場で、少し特別な時間へと塗り換わる。
(また、一緒に作って食べたいな……)
 ぱくり。口に含んだ牛乳寒天は、やっぱり、ほんのりと甘かった。