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<東京怪談・PCゲームノベル>


【翡翠ノ連離】 第七章



 死ね、と言われても。
 アトロパは目を見開く。
 さっきまで歌をうたっていただけなのに。
 夢の通りに死ぬのだろうか。死は無だ。何も無い。
 ざっ、と前に出る麻里奈。その姿が銀色の光に包まれる。衣服が瞬時に変わり、攻撃体勢に入る。
 アマンダも同じだった。庇うようにこちらと敵の間に素早く割り込んでくる。
 なぜ。
 庇う?
 電撃が走ったようにアトロパはその場に棒立ちになる。
 世界を救う?
 この家族も守れないで?
 真横にいたユリアンも警戒するようにしているのに。
 その瞬間、アトロパは彼女たちに関わる前のことを思い出していた。
 姉が、いたのだ。
 いや、今も、いる。



 断片的に襲ってきた記憶にアトロパは喉が引きつって、悲鳴をあげそうになった。
 この世界は、果たして在っていいのだろうかという疑問が浮かび、消える。
 目の焦点が合った時には、麻里奈が敵の男を追い払うように攻撃を仕掛けていた。
 黒い影のような男だ。
 その面影に、優しく淡く微笑む姉の姿が重なる。
 いや、アレは誰だ?
 今度は違う映像がチラついた。
 透明な壁越しにこちらをじっと見つめている姉の姿だ。黒髪の彼女は、なぜ、そんな表情をしている?
 選ばれたのがアトロパだから? 世界を救う使命を課せられたのが姉ではなかったから?
 違う。ちがうちがうちがう。
 何度も殺される。何度も殺される。何度も、何度も。
 殺されたのは本当にアトロパ? うん。殺されたのはアトロパだ。
 発射された弾丸が螺旋の動きと共にこちらに迫ってくる。真っ黒な弾丸。
 ゆるやかに動く時間の中で、アトロパは周囲をうかがう。なぜ、みんな動きがこれほど鈍いのだろう?
 いつもはもっと速いのに。
 迫ってくる死の意味を持つ弾丸を、麻里奈が叩き落す。
 まだ、時間は正常に動いていない。
 脳内に走る映像は、止まない。
 やめて欲しい。やめてください。もうやめて。
 わかっているから。世界を救うから。必ず救うから。だから――――ヤメテ。
 腕が引っ張られる。ユリアンが自分を地面に引き倒そうとしているのだ。
 その動きに逆らうことなく、アトロパは地面に倒れた。
 迫ってくる地面。ゆっくりと流れる時間。ばらばらに浮かぶ映像。
 まるで地獄のようだった。救済を求めているのは…………だれ?



「ごめん、痛くなかった?」
 時間が戻った。
 ユリアンの心配そうな眼差しに、アトロパは呆然とする。
 そういえばさっき、アマンダがユリアンに何か言っていた。確か……「ユリアン、アトロパちゃんを頼むわよ」とかなんとか……。
 何が起こっているのか理解できなかった。ぼんやりとするアトロパは瞬きをする。
「アトロパ?」
 尋ねてくるユリアンが、うまく見えない。
 顔をあげ、麻里奈のほうを見る。彼女は襲撃者を睨んでいる。アマンダもだ。
「降伏しなさい!」
 鋭く叫ぶ麻里奈の声が、辺りに響く。
 再び銃弾を発射しようとした男を見て、麻里奈は警告する。
「無駄よ! この鎧はクルメタルというダイヤモンドに限りなく近い硬度を持ちながら、同時にある程度の弾力性をもった金属でできているわ!
 そんな豆鉄砲じゃ、傷一つつける事は不可能よ! 大人しく降伏しなさい!」
 ……そうなのだろうか? アトロパはよく知らないが、麻里奈の表情が、ユリアンをからかう時によく似ているので……嘘かもしれない。
「あなたはなぜアトロパちゃんを狙うの!?」
 アマンダも声を張り上げた。
「あなたは何者?」
 無言でこちらをじっと見ている男は、彼女たちの声に応えない。それどころか、二人を無視しているように見える。
 ただの人間にアマンダたちが負けるとは思えない。だが……あの男は「ただの人間」ではないのだ。
 ゆっくりと立ち上がったアトロパが、男を見据える。頭がガンガンする。痛みで視界がブレる。
「おまえは……アトロパを何度も襲った……」
 呟くと、男は薄い笑みを口元に浮かべた。あれは夢だ。ならば、あの夢をこの男も共有していることになる。
 こいつは何者だ?
「おまえは……何者なのだ……? なぜ、アトロパを狙う?」
 頭痛がひどくなる。思わず右手で側頭部を軽く支えた。痛みで瞼を閉じそうになる。
「おまえが世界を滅ぼすからだ」
「…………え?」
 呟きが、自然と口から零れた。
 世界を救うのが使命だ。そのために……そのために今まで……。なのに。
「アトロパが……世界を、滅ぼす? なにゆえ……そんなこと……。アトロパは、世界を救うのだ」
 なぜ、動揺している?
 男はどこか面白そうにこちらを見ていた。まるでアトロパが嘘を言っていると言わんばかりの態度だ。
 嘘じゃない! 自分は世界を救うためにここまできた。生きてきた。
「アトロパをいじめないでよ、ね!」
 襲撃者へと一気に詰め寄るが、男は音も無く麻里奈から距離をとっていた。その機敏な動きに麻里奈もアマンダも目を見開いた。
「護衛にしちゃあ、少々役不足だな。家族ごっこはもうおしまいにしとけ」
「……! 家族、ごっこ……」
 アトロパはショックを受けて視線を強くする。そんなことは、ない。でも……本当の家族なんかじゃ、ない。
 でも大切なのだ。アマンダも。麻里奈も。ユリアンも。この家族は、とてもあたたかいから。
 先程駆け抜けた、本物の家族との思い出は、鳳凰院家とは随分と違うものだった。
 『本物の家族』とは……どういうものを言うのだろう?
 わけがわからなくなって、混乱して、よろめく。
「アトロパ!」
 支えてくれるユリアンの手があたたかい。なのに、なぜ、自分はこんなにも苦しい?
「うぅ……。ちがう……違う! アトロパは世界を救う! そのために存在している!」
 強く言い放つと、脳内でまた映像が浮かんだ。
 黒髪の姉が、何か言っている。透明な壁越しに、妙な表情で。
 あれは…………あれは哀れみ? それとも侮蔑?
「おまえの言うことは嘘だ!
 どけ!」
 ユリアンを突き飛ばし、よろめきながら鬼の形相でアトロパは前に進み出た。呆然とこちらを見ているアマンダの横を通り、麻里奈を押し退けて。
 突然の行動に全員が驚いていた。
 凶暴な感情にアトロパは突き動かされている。
「嘘つきめ! そのようなこと、あるわけがない!」
「世界を救う、か。まぁ俺はどっちでもいいんだけど。クライアントがおまえが死ぬことを望んでいるんだ」
 肩をすくめる男は、その手にはいつの間にかもう銃がない。
 アトロパは人差し指を男に向けた。
「アトロパを殺すなら、おまえは世界を破滅へと導くことになる! それがわかっているのか!」
「べつにぃ」
「この……!」
 怒りで足を踏み出そうとしたところを、腕を掴まれて後ろへと引き戻される。麻里奈だった。
「ダメよ、挑発に乗っては! 近づいちゃダメ!」
「麻里奈……?」
「? どうしたの、アトロ……」
「………………」
 ぐらり、とアトロパの肉体がかしいだ。もう、立っていられない。そして意識もまた、闇の中へと沈んでいった。



 倒れ込んできたアトロパを抱きとめ、麻里奈は頭の上に疑問符を浮かべる。
 どういうことだろう?
「アトロパ! ちょっと!」
「アトロパちゃん!」
 アマンダも、ユリアンも駆け寄ってくる。はっ、として顔をそちらに向けると、まだ男はそこに立っていた。
 だが距離がまたもかなり開いている。
(なんなのよ、あの男! キモい!)
 麻里奈が歯軋りした。影法師のようだ。捕まえられないモノのように……。
 睨む麻里奈を筆頭に、鳳凰院家の者は襲撃者を見遣る。
「依頼って言ったわね。言うわけないと思うけれど……アトロパちゃんを狙うのは誰なの」
 アマンダの静かな怒りの声に、ユリアンも緊張した。
 ユリアンは苦しそうに眉根を寄せているアトロパを見つめ、同じように眉間に皺を寄せる。
 黒い男の視線がアトロパに注がれ、それから暗い闇の眼で笑った。
「依頼者を言うのはマナー違反だろ? 異能者ども」
「うちの家族になにすんのよ!」
 激昂する麻里奈を眺め、彼は低い声を喉の奥から洩らす。
「家族、ねぇ……。結束力の強さは見事だが……果たしてアトロパはそう思ってるのかね」
「どういう意味!」
「そいつは決してイイモノじゃないってことだ」
 人差し指を向けられたアトロパの意識は戻らない。
「世界を救う? そんなの、本気にしてるのか?」
「アトロパが嘘を言うわけないじゃない!」
 否定する麻里奈の声ははっきりしていて、力強い。
 男は密かにまた笑う。だがそれ以上は何も言わなかった。
 不気味だ。不気味でしょうがない。
 そのまま男は闇へ溶けるように消えた。
 ……彼は本当に生きていたのだろうか? 普通の人間ではないことは確かなようだが……。
「なによ、あいつ!」
 麻里奈が怒りを露にして暗闇を睨みつける。
「とにかくアトロパちゃんを運びましょう。家に帰るわよ、麻里奈」
「……はーい」
 渋々というように武装を解除して麻里奈は歩き出す。アトロパを抱えあげて背負うのはアマンダだ。ユリアンはどうするべきか迷いつつ、アトロパを心配そうに見つめていた。
 夜道を歩いていた三人は先程の男に対して、それぞれに意見を出し合う。
「本当に襲ってきた……。狙われてるのって、本当だったんだね。アトロパ……大丈夫かな」
「気持ち悪い男だったわね……。なんか捕まえ難いっていうか……。もう! もやもやするじゃない!」
「落ち着きなさい、麻里奈。あの男、なかなかやるわ」
「え?」
 娘と息子に同時に見つめられ、アマンダは微笑する。
「手の内を完全に隠して逃げたもの。お喋りな男じゃないわね。慎重で、狡猾なタイプだわ」
「……ねえ、さっきアトロパの様子がおかしかったよ」
 ユリアンがおずおずと言い出すと、二人も同意した。
「あんなに怒るアトロパちゃんは初めて見たわ」
「そりゃそうよ。使命をバカにされたら黙っていられないものでしょう?」
「それにしては……いきなり倒れたりしたし……。いきなりあんなに豹変するなんて……」
「そうね。それは気になるわね」
 アマンダの背中では、また悪夢でもみているのか、アトロパの苦しそうなうめき声が聞こえていた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【8094/鳳凰院・アマンダ(ほうおういん・あまんだ)/女/101/主婦・クルースニク(金狼騎士)】
【8091/鳳凰院・麻里奈(ほうおういん・まりな)/女/18/高校生・クルースニク(白狼騎士)】
【8301/鳳凰院・ユリアン(ほうおういん・ユリアン)/男/16/高校生】

NPC
【アトロパ・アイギス(あとろぱ・あいぎす)/女/16/?】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、鳳凰院アマンダ様。ライターのともやいずみです。
 また一つ新たな謎……。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。