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<東京怪談・PCゲームノベル>


【翡翠ノ連離】 第七章



 世界なんて、勝手に滅びればいい。どうでもいい、俺には。
 足元にひれ伏すように倒れている長髪の娘を一瞥し、宗像は軽く溜息をついた。
 だが依頼は世界を救うことなのだ。面倒でしょうがない。
 そういえばローザはどうしているだろうか。また腹でも立てているだろうか。
 想像して「ぶっ」と思わず吹きだした。くくくっ、と喉の奥から笑いが零れた。
「愉快なんて、俺にとっては珍しい感情なんだよなぁ」
 だが……。
 ふいに思い直して宗像は表情を消す。
 この依頼が完了すればローザに会うことはまずないだろう。自分は日の当たる場所にはそもそも出ることのない存在なのだから。
 依頼が一つ終わるだけ。ローザはただの通行人の一人に過ぎない。
 どちらも通過すれば、それでオシマイ。サヨウナラだ。
 遠い日の自分を思い出す。あの頃の自分は盲目的に働いていたのに……たった一度の……で、自分は駄目になったのだ。
 自分にはそもそも戦いの才能なんてものはなかった。だから運命は決まっていたのに、その運命さえも、宗像を避けた。
 改めて思う。
 この世界は宗像にとってはどうでもいいものなのだ。
 自分はそこらにいる、ただの掃除屋。後始末をつけるだけの存在だ。
「情熱かぁ……」
 ローザほどに生きる意欲があれば、違う結果があったのかもしれないが……宗像は感情が乏しいので諦めるのも早かった。
「うーん。まぁ、いいかべつに」
 どうでもいい。瑣末なことだ。
 けれども足元に転がる娘を眺めて、ふいに疑問になった。
 ……この娘が世界を滅ぼす。こんな小さな存在が。ふざけているとしか思えないし、最初は冗談だとさえ思った。今でも思っている。
「滅びた世界か……」
 少し、興味はあった。




「どういうつもり!?」
 鼻息荒くそう詰め寄ってくる娘の、生気にあふれる様子に宗像は軽く瞬きをしてしまう。
 ……ああそうか。まぶしいのか。
(だから……遠ざけたいのかな、俺は)
 暗闇に慣れすぎている瞳にとって、眩しい光は目を焼くだけだ。
 遠く離れていれば、思い出して笑うこともあるだろうが……近くに在るとその眩しい光は鬱陶しいだけ。
 ローザは皺のついた写真を取り出して宗像に見せ付けるように掲げた。
「この程度のこと、直接教えてくれてもいいじゃない!」
「……そうか?」
「んん?」
 宗像の態度をおかしく思ったのか、ローザの眉が吊りあがる。
「……ちょっと待って。ひょっとして、私を遠ざけて一人で何かするためにあんなことをしたんじゃないでしょうね?」
「…………」
「その沈黙はなに!? もしそうだったら、ただじゃおかないわよ!」
「ただじゃおかないって」
 反復した言葉のゾッとする冷たさと怪しげな空気にローザは「えっ」となる。
 ずいっと近づいてきた宗像が薄い笑みを浮かべていたのだ。
「具体的に、どういうことするんだ?」
「え……? えっと、だから」
 近い! あれ? もしかしてコイツってそこそこ顔いいの? ていうか、死んだ魚みたいな目だわ!
 なんてローザが脳内で思っていることなど、顔を見れば明らかだった。
「いいから!」
 無理やり引き離すように胸元を強く押される。宗像はすぐに引き下がった。
 女性の扱いに長けているほうではないが、ローザのような真っ直ぐなタイプのあしらい方は心得ている。
 気まぐれを起こした際の自分のことは、よくわからないのに……。面倒でしょうがない。
「一人で何かしていたのね? そうでしょう!」
「だったら?」
 ああ、また気まぐれで返事をしちまった。バカな俺。
 ここは誤魔化せばいいのに。はぐらかしかたはもっと上手いはずなのに。
「教えなさい!」
 真っ直ぐにこちらを見上げて言ってくるものだから、参ってしまう。本当に、嫌になる。
「教える義理はないと思うんだがな」
「なんですって!」
 睨んでくるので笑いがこみ上げてきた。本当はもっと理性的な女だろうに、自分があまりにも彼女を怒らせる言動をとるから、直情的な言葉しか出てこないのだ。
 そういえばこうして誰かに関わるのは久しぶりだ。いや……彼女も通過点の一つだっていうのに。
 依頼内容を教えるわけにはいかないから、遠回しにヒントを与えてしまう。
 じっと黙ってこちらを見ていたローザが、不愉快そうに眉間に皺を寄せた。瞬間、彼女は口を開く。
「そのつもりなら、こっちにも考えがあるわよ。あなたから離れてやるものですか!」
「…………は?」
 予想外の答えに宗像は驚き、呟いた。
 辛抱強く宗像の反応を待っていたローザは、目を見る限りでは本気だろう。
(おいおい……)
「24時間監視するつもりか? そりゃいくらなんでも無理だろう?」
「やってみせるわ! 甘くみないで」
「…………」
 唖然、としてしまう。本気の本気、というわけだ。
 確かに自分は隠れて行動していた。だが彼女にそれを話す義理がない。これは仕事なのだ。
 どうして彼女はここまでするのだろう。自分ならば、仕事以外で積極的に関わろうとは思わないのに。
 感情は乏しいが、それほど理性は偏っていない。だから目の前の彼女を破壊しようとは思わない。それすら、一族の落ちこぼれの理由の一つだ。
 刹那だ。その時間さえあれば、宗像はローザを殺すことができるだろう。元々、殺すすべに長けているのだ、自分は。
 だがしない。
 する意味がない。
 だからしない。
「あー……まぁ、したいなら構わないが」
「なによ? できないとでも言うつもり?」
「いや、やるんじゃないか? おまえさんなら」
 軽く言うと、ローザがまた怒ったように瞳を揺らめかせた。
 ……ふいに考えてしまう。
 全部知ったら、どういう反応をするだろう?
 ふ、と笑ってしまうと、ローザがぎょっとしたように目をむいた。そしてまた不機嫌に顔が歪められる。
 べつに彼女のことを笑ったわけじゃないのに。くるくるとよく表情が変わる。
 楽しい。
 ふふふ、と低く笑うと、ローザが不思議そうな表情をした。



 するすると人込みの間を縫って進む宗像は、誰にも一度もぶつからない。それどころか気配が希薄で、見失うと二度と見つけられそうにない。
(もう! なんなのよ、あの男は!)
 わけがわからない。
 相変わらず暗い瞳をしているが、今日はやけによく笑う。
 ひょろりとした長身の体躯が、ふいに消えた。
 慌てて駆け出すと、前を歩いていた人間に軽くぶつかってしまう。
(本当に、なんなの、宗像は!)
「おいおい、大丈夫か?」
 真横から聞こえた声に足を止める。見ると、彼が見下ろしてきていた。
 いつの間に……!
 ぎょっとして見上げると、彼は微笑む。ほらな、という顔だ。
「……あなた、一体どういう境遇で育ったのよ」
 自分とは真逆の環境のようだが、いくらなんでもこれは反則だ。
 宗像は帽子を軽くつつき、「あー」と面倒そうに洩らした。
「忍者、に近いかな。いや、暗殺者? それも違うな。えーっと、専門家?」
「はあ?」
「なんだ。そんなに知りたいのか?」
「え? そ、そりゃあ……まぁ、話してくれるなら……」
「んー……ちょっと変わった家だったよ。血縁だけで構成されてる大所帯だったんだけど、あ、危ない」
 軽くトン、と押されると、彼との間に人が割って入るように通った。
 宗像は低く笑った。
「ここだと邪魔だな。ちょっと歩くか」

 そして辿り着いたのは、公園だった。
 なぜに公園?
 不可思議に思っていると、宗像は年甲斐もなくブランコに向かってさっさと腰掛けた。
(…………これで哀愁が加わると、ちょっとマズイ光景になるのよね……)
 半眼で眺め、彼に近づく。
 宗像は「それで?」というように見上げてきた。
「あなたのこともだけど、アトロパのこともよ。なんであんな回りくどいことをするのよ?」
「そりゃ、これが仕事だからさ。依頼内容を喋っちゃまずいだろ」
「……そ、それもそうね」
「どうせ嫌でも仕事が終わるのはそろそろだ。他のことなら教えてやれると思うがな」
「じゃああなたのことよ。私に隠れて何をしてるのよ」
「仕事だよ、仕事」
 ……べつに嘘を言っているようには見えない。
(でも宗像のこと、訊いてもいいのかしら……。同情とかはしないけど……)
「……話せることでいいわ」
「そんな嫌そうな顔しなくても」
 笑う宗像が苛立たしい。
 彼はぼんやりと遠くを見るような視線を向けてくる。
「さっきも言ったが、俺の実家はちょっと変わっててな。閉鎖的で、一つの仕事を生業にする専門家を育てていたんだ」
「へぇ。じゃあ宗像もそうなの?」
「んー、そうだったんだが、ちょっと昔、小さなヘマをやらかしたんだ」
「小さなヘマ……ああ、失敗ってこと?」
「そうそう。それで、俺はその専門家になる見込みもなくなっちまって、……下っ端みたいなことをしてる」
「下っ端?」
「なんでも屋みたいなことだな。俺の家じゃ、よくできるヤツと、まったくできないヤツに分けてるんだ。
 俺はその中間ってところだな。中途半端に腕もあるし、まったく何もできないってわけじゃない。だからこういう仕事をしてる」
「………………」
 よくは、わからないが……宗像の家はかなり複雑で、差別意識のある場所のようだ。
「いっそ、何もできないほうがいいんだろうが……。世の中ってのは面倒にできてるよなぁ」
「……その家、出られないの?」
「出る? 一族から離れろってことか?」
「ええ。あまりその家にいることが、いいこととは思えないもの」
 正直に思ったことを言ったのだが、宗像は笑っただけだ。笑みを浮かべたまま、答えない。
 それは……その意味は……。
(無理、なのね……)
 多くのしがらみに縛られている自分には、わかる。大人になれば、見えない糸が自分に多く絡みついていることを。
「まあそんな家ってだけだ。たいしたことないな」
「…………宗像」
「なんだ、変な顔して」
 変な顔しは失礼な言い草だ。やはりこの男には同情を向けてはならない。
 彼はひょいと立ち上がり、薄い笑みを浮かべたまま言う。
「面倒だが、世界とやらを救ってやるよ。それで全部おしまいだ」
 …………なにか、引っかかる言い方だった。
 歩き出した宗像を、追うことがローザにはできなかった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【8174/ローザ・シュルツベルク(ろーざ・しゅるつべるく)/女/27/シュルツベルク公国公女・発明家】

NPC
【宗像(むなかた)/男/29/?】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、ローザ様。ライターのともやいずみです。
 宗像の家のことがまた少し判明しました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。