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<東京怪談ノベル(シングル)>


総力戦〜富嶽 激突

 富士山大沢崩れ中腹は、ちょっとした土木工事の様相を呈していた。
 三島・玲奈(みしま・れいな)が身を隠して見守る中で、何頭もの翼竜が土嚢を運びこんで積み上げ、それを剣竜がドスン、ドスン、と踏み固めていく。延々と繰り返されるその作業で、そこにはちょっとしたダムが出来上がり、満々と水を湛えていた。
 まるで雨樋のようだと、感想を抱く。渓谷をせき止めているがゆえに、細く長く水が続き、そのように見えるのだろうか。
 その作業を監督していた龍族が、視察にやってきた将校へと、雨樋の水の中を示しながら説明した。
 時折水面まで浮かんでくるのは、雷魚。その度に稲妻が瞬き、辺りを照らす。

「扶桑砲です。敵が我らを啄ばみに降りた所を知覚攻撃で一閃します」
「小賢しい金翅鳥めが陽動に乗るかな?」

 胸を張って告げた監督龍の言葉に、告げられた将校はふん、と鼻を鳴らして試すように首を傾げた。ちろ、と向けられた眼差しに、いいえ、と監督龍は首を振る。
 そうして、キラリ、と目を光らせて力強く断言した。

「彼奴らは人間に優しいが、いずれ空腹は理性に勝る‥‥それが狙いです」
「ふむ‥‥つまりチキンレース、というわけだな?」
「はい」

 確かめるような将校の言葉に、またしても力強く頷く監督龍。だが次の瞬間、はっと意識をとがらせた監督龍は宙を殴りつけた。
 その衝撃に、びりびりと雷魚が電撃を放つ。

「きゃあ!」

 途端、岩陰に悲鳴が響き渡った。偵察中の玲奈が隠れている場所まで、雷魚の電撃が迸ったのだ。
 当然ながら、身を隠して偵察していた玲奈はマトモに電撃を受け、髪が逆立ち黒焦げになった。ほうほうの体で岩陰から這い出し、ブルルと頭を振る。その途端、髪の焦げた嫌な匂いが鼻について、顔をしかめた。
 そんな玲奈を鋭く見据え、監督龍が吠える。

「そこな人間!我らと金翅鳥、組する相手を慎重に選べ」
「‥‥ッ、あ〜ッ!新品のぶるまが〜ッ」

 存分に凄みを効かせた言葉は、だが半分以上が自分自身の悲惨な姿に気付いた玲奈の耳を右から左へと通り過ぎていった。うぐぐ、と半ば本気で目尻に涙を滲ませる。
 ただでさえブルマの下はビキニしか着ていない玲奈だ。まして女の子には、新しい服は何にも代え難い宝物なのだ――たとえそれがブルマであっても(多分)。
 ゆえに涙目になった玲奈に、ふぅ、と監督龍がなんだか大きな大きなため息を吐いた。それはふいごの様に勢いよく天から駆け折り、黒こげになった玲奈の髪を揺らす。
 ひょい、とどこからともなく取り出した羽衣を、爪で器用に放って寄越した。

「涙はこれで拭いとけ」
「あんがと♪」

 すかさずキャッチして、いそいそと黒こげになったブルマを脱ぎ捨て、玲奈はビキニの上から羽衣を羽織る。意味もなくくるり、くるりと回ってみたりして、うん、良い感じ。

「人間――猶予はないぞ 」

 そんな玲奈へと冷たい一瞥をくれ、龍が重々しく宣告したのだった。





「永年に渡り人が排出せし空想が顕現した金翅鳥。その餌が龍族‥‥土中に堆積した歴史が産みし物。歴史は勝者が改竄し、故に両者共に虚構の産物‥‥ってね」
「虚実の鬩ぎあいかぁ」
「垣根を壊したのはネット社会ってとこかしら」
「はぁ‥‥厄介ね〜」

 富士山麓で、鍵屋 智子(かぎや・さとこ)と玲奈はまるで詩吟のように呟き、どちらからともなく溜息を吐いた。
 少し離れた登山道を見やれば、いそいそとナップザックを背負って富士山へと登る登山客。つい最近流れた、なぜかいきなり富士山の標高が高くなった、というニュースにつられてやってきたのだ。
 山頂を目指して上る人々の顔は好奇心に満ちている。だが果たしてこの中のどれほどが、富士山の標高が高くなったのは人為的なものであり、自分達がまんまとおびき出されたのだと言うことを、気付いているだろうか。
 それを為したのは龍族の魔力。龍族の宿敵であり、龍族を捕食する存在である金翅鳥への対抗手段とするべく、わざと富士山を嵩上げして登山客をおびき寄せたのである。
 ――無論、その事実に金翅鳥も気付いていた。そこに龍族が居ながら、登山客があちらこちらに居るが故になかなか手が出せない――この膠着状況が、わざわざ作り出されたものだと言う事も。
 きろ、と上空から、金翅鳥は玲奈を見下ろした。ギクリ、と玲奈は身を強張らせ、だが次の瞬間キッと金翅鳥を睨み上げる。
 玲奈は以前、扶桑ビルという場所で起きた変異の件で、金翅鳥と対立し、そこに居た金翅鳥を撃退した。それが気まずいけれども、玲奈にはなんら恥じる所はない。
 そう――信じていた、けれども。
 無邪気に山頂を目指す登山客を忸怩たる思いで見つめ、険しく鋭く厳しい声で、金翅鳥は玲奈に突きつける。

「この状況を招いたのは貴様だ」
「な‥‥ッ」
「龍族の魔力の源は都民の煩悩だ。それを懸命に汲む我らの善意を、貴様は破壊したのだ」

 彼ら金翅鳥は龍を啄ばむ。だがその折ですら、地上に舞い降りる際に翼が放つ光芒で、不運にも見てしまった人が盲いたりしない様、細心の配慮をする――心優しき生き物でも、ある。
 だがその善意を、龍族は利用した。人間が居れば手出しが出来ぬ金翅鳥を近付けぬ為、魔力を駆使して人間を呼び寄せた。
 そうして護る富士山麓で、果たして、龍族は何を企んでいるのか。

「貴様にその結果の責任が取れるのか?」

 突きつけられた言葉に、玲奈の脳裏を倒壊した扶桑ビルの姿がよぎった。あの時、彼女は目の前の平穏を優先した。だが、それはやはり、誤りだったというのか。あの時、玲奈は人々を守ったつもりで、もしかして人々を取り返しのつかない危機に陥れてしまったのではないか。
 ほろほろほろと、玲奈の目から涙がこぼれた。だが、そんな玲奈を見下ろす金翅鳥の目は厳しく、優しい。

「人に理性あらば我らも困窮者に節度を強いれたが――もはや限界だ」
「待って‥‥待ってよッ!」

 その声色に何かを感じ、玲奈は咄嗟にジャージを脱ぎ捨てた。何やってんの、と智子が目を剥くなか、あられもないブルマ姿で山頂を目指す人々の前に飛び出す。
 魅了。玲奈の姿に気をとられ、人々が山頂へ向かうのを止めてくれれば、或いは。よく解らないこの、取り返しのつかない事態が防げるのでは、ないのか。
 そう、思った玲奈の横を素通りし、或いは不審な眼差しを向け、人々は山頂を目指して登っていく。あぁ、と玲奈は無力感にガクリと膝を突いた。
 そんな玲奈に向けられた金翅鳥の眼差しは厳しく――そしてやはり、哀れむように優しいのだ。

「突破するぞ」

 だが。次の瞬間、金翅鳥はそう宣言し、龍族達が扶桑砲と呼んだ雨樋へと突っ込むべく、力強く羽を動かした。

「止めて‥‥ッ!!」

 富士山麓に激しい稲妻が迸る。嫌な予感に突き動かされ、絶叫した玲奈の声は、けれども雷鳴と山鳴り、突然の事態に訳が解らず恐慌し始めた人々の悲鳴にかき消された。
 ハッ、と気付く。
 そう――ここにはそれでも、護るべき人々が居るのだ。この人達を死なせる訳には、いかない。
 ギリリ、と唇をかみ締め、玲奈は戦艦を召喚した。

「乗って! 早くッ!!」

 とにかく近くに居た人から腕を掴んで突き飛ばすように、次々と戦艦に押し込んでいく。とにかくこの人達を避難させなければ。
 玲奈は無我夢中で叫び、走り、見つけた人を片っ端から戦艦に放り込んだ。その間も富士山麓には不気味な音が響き渡る。どうなっているのか。金翅鳥は、龍族はどうなったのか。
 頭の隅では考えたけれども、確かめる余裕などなかった。智子と2人、解る限りの全ての人を戦艦に積み込んで、怯える人々を必死で宥めながら、東京へと引き返す。

 ――その、途上で。

「‥‥何、やってんの」
「見てわかんない。出家すんの」

 戦艦の浴室でずぶ濡れになり、剃髪までして、ひたすら水を頭から浴び続けている玲奈を見た智子の言葉に、ギリリ、と奥歯を噛み締めながら玲奈は答えた。は? と不審そうに聞き返されて「出家」ともう一度繰り返す。
 何と浅はかだったのだろうと、思った。目の前の平穏を守るのが大事だと、ずっとずっと思っていた。目の前の、手の届く所の幸せを守る事が、みんなの幸せを守る事になる。それが真実なのだと、思っていた。
 けれども、どうだ。玲奈が目の前の平穏を優先した結果、富士山麓はどうなった。龍族は、金翅鳥はどうなった。この戦艦に乗せた数多の人々は、命の危機に晒されたではないか。
 それが――悔しくて。どうしたら良いのか解らなくて。

「でも。欲望なんて、自然の摂理でしょ」

 そんな玲奈に、智子はあくまで冷静に諭す。どんな人間にだって多かれ少なかれ、強かれ弱かれ、欲望は存在するのだ。それは、それもまた、人間が存在してから現在に至るまで、変わらない真理。
 突きつけられた智子の言葉も、きっと正しいのだと、思う。けれども今の玲奈には、自分がしでかした事への後悔と自棄の気持ちが強過ぎて、それを素直に受け入れることは出来そうになかった。