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<東京怪談ノベル(シングル)>


真実はいつも霧の中

 早朝、まだ通りすがる生徒もまばらで、どこかの運動部の掛け声以外は静かな学園内を歩くと、朝露に濡れた植物の匂いがよく分かった。
 芝生もまだ少し青々しい匂いがするし、学園内の道に敷き詰められた石畳の匂いも、まだ土埃を含んでいないので清々しく思えてしまう。

「約束の場所は……確かここだったよね」

栗花落飛頼はしばらく歩いた先にある、図書館に辿り着いた。
 図書館は地下1階地上4階の5階建て造りになっていて、普段地下は書庫として使われ、基本生徒は立ち入り禁止である。そして2階から4階は渡り廊下があり、他の塔からでも図書館へ行けるようになっている。
 人通りが多いためにどうしても騒がしくなってしまうため、自習室は1階。パソコン室や多目的演習室など、移動授業用の教室と並んで存在している。
 さすがに早朝のため、今は誰も自習室を利用していないため、話をするには打って付けの場所だった。

「あっ、おはようございます、栗花落先輩!」

 飛頼が自習室に足を踏み入れると、小柄な少年が駆け寄ってきた。
 確かに前に新聞部で会った子だ。結構な人とインタビューしてたみたいなのに、本当に顔を覚えているんだなあ。
 飛頼が変な関心をしている間も、小山連太は新聞部の原稿を書いていたらしく、手はインクでやや黒ずんでいた。

「おはよう。部活大変そうだね?」
「ああ、いえ。好きでやってる事っすから」
「すごいね。あっそうだ。これ。部活の人達とどうぞ」

 飛頼は時間を作ってもらったお礼に持ってきたチョコレート菓子のたくさん入った包みを差し出すと、連太は嬉しそうに受け取った。

「ありがとうございます! いやぁ、やっぱり原稿の後は甘いものが1番っすね」
「そう言うもんなんだ?」
「はいー、いつもいつも原稿書いてますからね。――さて」

 連太はにこにこした顔から一転、少し顔を引き締めた。
 連太は飛頼に席を1つ勧めながら、手帳を取り出した。手帳はとても中等部の生徒の持ち物とは思えない位分厚くてところどころ痛んでいる。間からはたくさん付箋やらメモやら写真やら飛び出ている所から見て、どうも取材手帳のようだ。
 飛頼は勧められた席にトンと座りながら、連太のパラパラと捲る手帳を見ていた。

「今回の手紙ですけれど、一体どう言う用件でしょうか?」
「あー、うん。確か君が怪盗についての第1発見者だって聞いたから。一体何をしていて怪盗の事を知ったのか、話してもらえないかなと思って」
「……あー、それですか」

 連太は引き締めた顔から一転、少しだけ罰の悪そうな顔をした。
 あれ? 訊いちゃいけない話なんてしたっけ?
 飛頼がそう首を傾げていたら、手帳から何やら封筒を取り出した。

「その日、翌朝の分の原稿書いてて部室に泊まっていたんですよ。で、朝起きたら投げ込まれていたんですよね。あっ、この話はできればオフレコでお願いします。さすがにまずいですよね……投げ込みで大事になったって言うのは」
「えっと……その封筒、見ていい?」
「どうぞ」

 飛頼は連太の差し出した封筒を見て、ぎょっとした。
 そこにはオデット像のある噴水と、オデット像のなくなった噴水の写真が1枚ずつ。
 そして、明らかに至近距離で撮ったとしか思えない、怪盗が立ち去る姿なのか、屋根から屋根へ、大きく跳び去る姿が写っていた。

「その投げ込みがあった後、びっくりして噴水を調査に行きました。そしたら本当になくなっていたんです。キロクラスでしたらそんなに驚きませんが、オデット像はトンクラスの重さなのに、どうやって盗んだのかって……」
「……なるほど」

 飛頼は少し黙って考えた。

「……つまり、小山君も投げ込みがあるまでは怪盗の存在は知らなかったって事でいいよね?」
「はい。少なくともオデット像が盗まれた時には予告状は出されていませんし、自分が調査した上でも、怪盗らしい犯行が起こった形跡はありません。予告状が出されるようになったのは第2の犯行以降です」

 オデット像をどうやって盗んだのかは問題じゃない。
 飛頼の中で「まさか」と思っていた疑惑が確信に変わったのである。
 誰かが、怪盗がいるって言う事を触れ回っている人がいる。
 盗む事が目的なんじゃない。盗んだって言う事を知らせる事が目的なんだ。

「ねえ、噂があるんだけど、知ってる?」
「……もしかしてバレエ科の女子の言っていた事ですか?」

 連太は変な顔をした。あれ、まだ何も言っていないのに。

「うん。噂で、怪盗が盗んでいる物としゃべっているとか、実は盗まれたものは霊とかの類で、除霊して回っているとか、そんな事聞いたから」
「……ああー。確かにそんな事言ってましたね」

 連太は苦笑いを浮かべながら肩をすくめて見せた。

「うん。もしオデット像が霊なら、除霊しちゃえばなくなっちゃうんじゃないかなと思って、あながちでたらめでもないような気がしたんだけど」
「うーん、まあそれじゃあ証拠も残りませんね。でもそうなったら自分だともうお手上げですけどね?」
「あっ、そう言えば」

 1つ思い出した事を飛頼は言ってみた。

「前に、理事長が怪盗と協力しているんじゃないかって、そんな事言っていたと思うけど?」
「ああ、それも、彼女から聞いた話です」
「これには根拠、あるの? ジャーナリストなら、根拠もない事を教えたりはしないと思うから引っかかってたんだけど」
「………」

 連太は、先程見せた写真の入った封筒を裏返して見せた。

「あ………」
「このネタがオフレコの最大の原因です」

 その封筒の裏にあったもの。
 飛頼はポケットからかつてもらった理事長館の鍵を取り出して見比べた。
 それは、鍵についた聖学園の校章と同じものの入った封蝋印であった。

<了>