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<東京怪談ノベル(シングル)>


花は日陰でも咲く

 皇茉夕良は今日もいつものように朝の練習に向かう途中だった。
 いつものように授業変更がないかと掲示板に目を通している最中、新聞部の募集広告に目をして、首を傾げた。

『今度新聞部号外で、学園の双樹の王子、海棠秋也特集をします!』

 茉夕良は首をくりっと捻る。
 海棠さん、よく許可したわね。いや、あの人は許可なんか多分しない。
 また弟さんの方が何かやっているのかしら……。
 茉夕良はそう思いながら、掲示板を離れた。
 今日は、ちょっとだけお休み。いるといいんだけれど……。
 そう少し祈るような思いで、中庭へと歩みを進めていった。

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 中庭には、中等部の生徒らしい女の子達が理事長館を行ったり来たりしているのが頻繁に見えた。
 茉夕良はそれを複雑な目で見つつ、頭を振った。
 何で海棠さんがあそこまで取り付く島のない人になったのか、人の話は知っているけれど、色眼鏡で見ては駄目。少なくとも、海棠さん本人からは何も聞いていないのだから。
 でも、こんなに女の子達がうろうろしているんじゃ、今は理事長館にはいそうにもないわねえ……。
 彼がいると言う証拠である、『瀕死の白鳥』も、今は聴こえてこない。
 茉夕良は肩をすくめると、他にいそうな所を探す事にした。
 あの人は人と話したがらない人。多分、いるとしたら人気が少ない場所だろうけれど、この学園で人気のない場所なんてそうそうないんだけれど……。
 あ。1箇所そんな場所があったかもしれない。
 茉夕良はそう思うと、そこへと足を運ぶ事となった。

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 中庭、理事長館の裏には森がある。
 小さな森であり、どこの校舎とも離れているため、好き好んでここに来る人間はそんなにいない。
 日陰のため、まだ朝露で湿った森の匂いは、ローズマリーを思い出させてぞっとする。もっとも、ローズマリーの方が強い芳香がするので、それよりも匂いが柔らかいので心臓が痛くなるほども怖くはないが。
 森。森の奥へと草を踏み踏み歩みを進めると、少し開けた場所に出た。
 この辺りは園芸部も管理していないせいか、雑草が伸び放題になり、色とりどりの小さい野草が生えている。
 その野草の上で寝そべっている人物がいた。
 海棠である。

「……こんな所にいましたか?」
「………」

 眠ってるのかな……。
 茉夕良はそう思い、そろそろと近付き、近くに座った。

「何か、新聞部が募集をしていましたね」
「………」
「こんな人のいない場所にまで来て……やっぱり理事長館だと1人になれないとか、騒がしいとか、ですか?」
「……今」
「えっ……?」

 どうも起きていたらしい。
 茉夕良がぱちくりと海棠を見ると、海棠の黒曜石のような目と目が合った。

「今、見つかった」
「……申し訳ありません。見つかるの、嫌でしたか?」
「……あまり知らない人間に追いかけられるのは嫌だが、知っている人間なら別に構わない」
「ああ、ありがとうございます」
「………」

 海棠は目を細めて空を見るので、茉夕良もそれに倣った。
 陽が先程よりも高くなったような気がした。そろそろ予鈴が鳴る頃だろうか。

「今日は授業、出ないんですか?」
「………」
「……日向ぼっこには、ちょうどいい日ですしね」
「………」

 ……会話が、続かない。
 いや、この人はこう言う人だから仕方ないけれど。
 現に黙っているだけでこっちの話は聞いてくれているみたいだし。
 茉夕良は困ったような顔をして、少しだけ思いついて、ヴァイオリンケースを開いた。
 陽が高くなったおかげで、この辺りの朝露も蒸発して消えたみたいだから、もうヴァイオリンが傷む事もないだろうし。
 朝練のために携えていたヴァイオリンケースからヴァイオリンを取り出すと、黙ってお辞儀をして、そのまま肩に寄せた。

「1曲だけ、よろしいですか? 朝練として」
「………」

 肯定、だろう。
 そう思い、茉夕良は弦を奏でた。
 朝の光を浴びて、静かな森にヴァイオリンの音が響くのは、情緒があった。
 茉夕良は弦を奏でながら、ちらりと海棠を見た。
 海棠は、目を細めて空を見ていた。
 気のせいか、いつも無愛想で表情の読めない顔が、無邪気に見えた。

<了>