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<東京怪談ノベル(シングル)>


杓子定規と天狗の風情

 紅葉に彩られた深い山の奥。

 地上より高い位置。
 木の上で。

 風を切り走る中枝葉が鳴る。
 膝と足首を折り、身体を撓ませバネを利かせて足場にした枝を蹴る。同時に背の黒い翼を羽ばたかせ風に乗り加速、角度も変え、身を翻し他の枝にまた着地。それとなく背後を確認しつつまたその枝を足場に蹴り出し、更に移動――した時点で何やら不穏当な光線――キャプチャービームがすぐ側の空間を切り裂いた。それを視界の隅に認めつつ、キャプチャービームの元――キャプチャービームガンを持った、特殊部隊っぽいつなぎの作業服姿の人物を確認。…撃った奴以外にもお揃いな風体の連中を複数散見。それらを全部巻き込む形にと考え、手の中で指向性を決め風を撃つ――周囲を彩る紅葉で嵐を起こし攪乱、攻撃。結果として数名体勢崩してスッ転ぶのが見えた。それから取り敢えず再び加速。
 面倒臭いので、逃走を続ける。

 …続けながらも、嘆息。
 ああどうしてこうなッちまッたンだか。人間ってのァ全くどうしようもねェ。
 風情を解する心も忘れちまッたかよ。
 昔はもう少しッくれェはマシだった気がするンだけどよ。
 それとも、アレがIO2とかって野暮な連中だからなのかね。
 …思いながら、舌打つ。

 畜生。
 いいかげんにしやがれ。



 そんな風に内心でぼやきながら――IO2の特殊部隊であるバスターズに追われながら木々の間を駆けている彼の名は天波慎霰。
 左頬に赤い紋様を持ち、黒い翼を持つ少年に見える姿の彼は――天狗である。
 何故その彼が追われているのか。

 …IO2側の視点で見れば、それは当然の事になるのだろう。
 山の開発や、妖怪退治の邪魔をしている…と言う事になるのだから。
 …けれど勿論、慎霰側の視点で見れば、全く逆になる。
 聖域で環境破壊をする人間や、誰に害を為す訳でもない善い妖怪をわざわざ退治しに来るハンターたちを懲らしめている…だけなのだから。
 当然、そんな事で追われては慎霰としては理不尽極まりない。
 …まぁ、IO2の方にも幾らか話がわかる奴が居たのか、はたまた単に面倒だったのか何だか知らないが、それなりにマークはされていてもこれまでは放って置かれていた。…人間の視点で見れば被害と言っても『タチの悪い悪戯』で済む範疇だったからかもしれない。
 が。
 ごく最近、少々、それで済まなくなる出来事があった…らしい。
 詳細は省くが、慎霰が連中の機嫌を損ねたと言うか…まぁ、そんなところである。

 ………………つッても、別に大した事はしちャァいねェ。

 が。
 そうしたら。
 …連中は、ここぞとばかりに一気に来やがッた。

 それが、今。
 秋月と紅葉を愛でながら酒でも、と折角お気に入りの樹木を訪れたところだったと言うのに、何の因果か連中の実働部隊なバスターズと一戦やらかす羽目になっている訳である。…それも、かなりしつこい。それは慎霰としても、ちィと付き合って遊んでやろうか、とでも思う場合もない訳じゃないが――当然、こちらの気分と言うものもある。その辺興に乗らなければ――と言うかもう今回の場合は肝心の興をブチ壊されてしまった結果の一戦な訳で、到底このまま素直に付き合ってやる気にはなれない。…ちょっと待ていいかげん後にしてくれと呆れるのが先である。
 それで――けれど勿論一方的にやられっぱなしも癪に障るのでその意地の為だけに時々は攻撃を返しつつ、慎霰は木々の間を駆け抜け、連中を撒く為――そして何処かに追い払った後にまたこの場所に戻って来てゆっくり愉しむ為、今逃げている訳である。

 が。
 バスターズからの攻撃は激しくなる一方で、キャプチャービームの光の乱舞がそれこそ中天に浮かぶ月から注ぐ皓い光を台無しにしている。その事もまた空しいが、実際問題今はそれどころでもない訳で。
 木々の間を駆ける中、また、キャプチャービームが自分のすぐ脇を貫く――今度ばかりは反射的に背筋がぞっとする。…光が貫いたのは先程までよりずっと自分と近い位置関係。次第に奴らのキャプチャービームの照準が合って来ている――こちらが次にどう動くかが読まれて来ている。そう認識しつつ、慎霰は攻撃を避ける為再び身を翻しつつ、追撃者に向け風を撃つ――。

 途端、息を呑んだ。

 …翼の先。
 無粋な光が掠っている――掠るだけで、その『光』の用は足りる。…異能の力と個体の身動きそのものを同時に封じるキャプチャービーム。掠ったところから翼、背中、腕、身体――次々と一気にその『光』に絡め取られ、慎霰はそのまま、地表に引き摺り落とされ――叩き付けられた。
 落下するなり、一度バウンド。その身を打つ衝撃に瞬間的に息が詰まる。地面に落ちて転がっているだろう事はわかるがそれで今自分がどんな状況に置かれているのかが良くわからない。落ち葉や枯れ枝を踏む足音が聞こえた気がした。複数。この状況で思い付くのはバスターズの連中でしかない。…森に棲む連中は今更近寄って来れる状態じゃない。こいつらが来れば、まず逃げる。
 ヤバいと焦るが事ここに至ってはそれで今更どう出来るものでもない。動けない。手足どころか翼も駄目。飛べない。風は――使えない。使おうと思っても発動しない。バスターズの装備。…伊達ではないらしい。
 …くそッ、どうする。
 その自問が頭の中をぐるぐる回るが、答えが出ない。

 そんな中。

「…標的、確保」
 感情の感じられない朴訥な低い声が、転がっている慎霰のすぐ上で、短く吐かれた。



 …やっと、落下の衝撃から立ち直って来た。
 が、それでもまともに動けない事に変わりはない。
 慎霰は転がったままながら頭の向きを何とか変え――上げ、降って来た声の主を確かめる。
 そいつは無表情なままに慎霰を見下ろしている、つなぎ姿のバスターズ――その中のリーダーらしい男だった。
「随分手間を掛けさせてくれたな」
「…くそッ、おまえら、何だッてんだよ」
「我らは人間に悪さをする天狗を退治に来たまでだ」
「…はッ! 勝手な言い草だな! 悪さってんならどっちだよ!」
 聖域ぶっ壊してンのも善い妖怪と悪ィ妖怪の区別も付かねェで好き放題退治してンのも手前ら人間だろゥが!
 と、悔しげに慎霰はそう怒鳴るが――通じない。
 バスターズのリーダーらしい男は、顔色一つ変えないままで、ただ、続ける。
「お前の言い分もあるのだろうな。だが」
 やり過ぎだ。
 そして我らの仕事になってしまった。
 だから、こうなってしまった訳だ。
 …理解はしたな。

 と、そこまで淡々と慎霰に伝え終えたところで。
 バスターズの他の隊員の手でティッシュ箱のような大きさの箱――キャプチャービームで捕らえた標的を封印する為のプラズマケージが用意され、リーダーに手渡される。

 まさに、その時。

 ――――――状況が全く反転した。

 リーダーに手渡された――手渡されかけたそのプラズマケージは、紛う事無き『ティッシュ箱』そのもので。それを見た時点で手渡そうとした方も手渡される方もはっとする――はっとして手許のみならずお互いの顔を見たら何故かそこには可愛らしくデフォルメされた鼻の高い天狗の顔があった――山奥暗い中の作戦、お互いナイトスコープが装着されていた筈なのにそれがいつの間にやら天狗の面に変化している――どころか、服装までおかしくなっていた。
 耐術が掛けられていた揃いのつなぎだった筈なのに、何故か褌一丁。
「――」
 あまりの事に、言葉も出ない。
 他のバスターズも異常に気付いたか、慌てて握っていたキャプチャービームガンを、当の確保した筈の慎霰や――周辺に来ているかもしれない新手への警戒の為構え直す――が、それを為した者たちは、その時点でまた絶句。
 元々自分たちが持っていたビームガンを構えた筈なのに、何故かその手にあるのは――股の分かれたふざけた形の牛蒡や薩摩芋、と来た。
 その段で、転がったままにやりと笑っている慎霰。
 …気が付けば、その身を捕らえていた筈のキャプチャービームの光がない。
 が、それが当然のように――慎霰はわざわざバスターズの面子に見せ付けるよう、殊更にゆっくりと身を起こして見せる。
 それからくいっと口端を上げたかと思うと――堪え切れないとでも言いたげに、爆笑。
「――…っははははは!! あー、腹筋痛ェ。おまえらアレだけ隙だらけだッてのにあンまりクソ真面目に自分が優位だって思ってるンだもンよ。いつ噴き出しちまうかとハラハラしたぜ」
 つーか、今のその顔。…最高だよなァ?
 …くくく、と喉を鳴らしての笑いを残しつつ、慎霰は悠々と笛を取り出し、呼吸を整えてから――口に当て奏で始める。

 途端。

 笛の音に合わせて、褌一丁、天狗の面を被らされたバスターズの男たちが踊り出す。動きだけは陽気に滑稽に――けれどその表情には当然、困惑に羞恥に怒りと情けなさが入り混じる。動きでは抵抗出来ない――だからこそ吐かれる慎霰への痛罵。当の慎霰はそれもまた負け犬の遠吠えと聞き流す。
 …と言うか今は連中のその様すら面白い。
 踊る中――踊らせる中、興を添えるようにくるくると光が乱舞し始める――その光の正体は連中自身が持ってきた自慢のガンから撃ち出されるキャプチャービーム。それが勝手に撃ち出されたかと思うと連中自身に絡み付き、これまた笛の音に酔っぱらったようにふらふらと――木々の間を振り回すように揺らめき始めた。…勿論、連中を捕らえたまま。
 で。
 暫しそのままふよふよしていたかと思うと、それらは何処へともなくぽーんと放り投げられるように次々と姿を消し始める。
 その場には、何だか身も世もない叫び声だけが尾を引いて残された。
 相変わらず無粋なその音を聴きつつ、それらの顛末を全て見送ってから――慎霰は笛を奏でるのを漸く止める。

 取り敢えずこんなところかねェ、と思いつつ。
 ぽむ、と笛を自分の肩に軽く一叩き。



 紅葉に彩られた深い山の奥。

 元の場所。
 慎霰は秋月と紅葉がよく見えるお気に入りの樹木のところにまで戻って来て、よいしょっとその枝に登り、腰掛ける。…バスターズの連中は戻って来ない。新手の追撃も来ない。特に他の騒ぎも聞こえない。

 なら、する事は一つ。

 …元々の目的だった事。
 慎霰は枝に落ち着くと、手許に酒を――いつもの日本酒を妖術でぽんと出す。
 見上げれば中天にはそれまでと変わりない皓い柔らかな光。
 それに照らされる数多の赤や黄色。
 控え目に聴こえる虫の声。
 心地好い静けさ。
 誰にも邪魔されたくないひととき。

 ――――――この中で、存分に。

 いつもの盃をちびちびと飲るのが、慎霰の秋の愉しみの一つ。

【了】