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<東京怪談・PCゲームノベル>


◆玄冬流転◆




「ようこそ、私の家へ。そして――おかえりなさい」
 八重咲悠は自宅の戸口を開けて、玄関前で立ち止まっているクロにそう声をかけた。
「……え、と。おじゃま、します?」
 戸惑った様子でぎこちなく言ったクロはしかし、すぐに首を傾げる。
「…あれ、おかえりなさい、って――」
 クロを屋内に導きながら、悠は浮かべた笑みを深めた。
「これからは、この方が相応しいでしょうから」
 その言葉に、クロは少し戸惑ったように眉根を寄せて、落ち着き無く視線を彷徨わせて――それから、滲むように、相好を崩した。

◆ ◆ ◆

 『儀式』が失敗に終わり、クロも一族の役割に縛られる事は無くなった。
 一族に関するしがらみの無くなった彼女を、悠が自らの住まいへと連れ帰ったのは、『儀式』の最中、共に伝え合ったお互いの『望み』からすれば、当然の流れと言えた。
 『共に生きてほしい』と悠は願い、『一緒に居たい』と――『共に生きたい』とクロは告げた。
 互いの『願い』が同じものであると分かった以上、それを叶えない理由は無い。
 そしてそのための場所が悠の家となるのも、至極当然の流れだった。
 悠の家は、元は両親と妹、そして悠の4人で住んでいたため、クロと共に生活するのには問題はない。
 クロは最初、悠の家族の了承が得られるのかを危惧したが、今は一人で暮らしているから気にする必要は無い、と悠が告げると、ほっとした素振りを見せた。直後に少し怪訝そうな様子を見せたものの、特に追求はなく。
 直接問われたならばともかく、そうでないならば敢えて語るものでもない――少なくとも、聞いて楽しい話ではないのだから。
 故に、それについてはその後も触れる事無く、クロを家に迎える事となった。

「…家、って…中、こんな風になってるんだ…」
「間取りは家にもよるでしょうが――この家の造りもそれほど珍しい部類ではありません。書斎などがある分、一般的な家よりは広いかもしれませんが」
 軽い会話を交わしながら、家の中を案内する。そして最後に、クロの使う事になる部屋に足を踏み入れた。
 悠一人で暮らすようになってからは使用していなかったとはいえ、長らく放置していた訳ではない。定期的に掃除位はしていたので、改めて大掃除をする必要は無かった。
 一通り簡単な掃除をすれば事足りるだろう、と考え、クロと協力して掃除をすることにしたのだが――。
 可能性としては十分在り得たので、全く予想していなかった訳ではないが――クロは掃除に不慣れだった。本人の言によると、掃除というより日常生活に関わる家事全般の経験がほぼ無いとの事。
 一族内ではそういう雑事をこなす人員は決まっており、特に『玄冬』に属する一族は、その区分けがはっきりしていたのだという。
 そのため、予想よりも多少手間取りながら掃除を終え、日常生活に必要な物品の買い物は翌日に回す事となったのだった。

◆ ◆ ◆ 

「…これで、全部…かな?」
 幾つか必要な日用品の買い物を終えて、クロは悠にそう訊ねる。
 偏った知識の持ち主であるらしいクロは、必要な日用品の種類すら怪しい程で、殆ど悠の助言によって買い物は進んでいった。
 クロ自身は己の『常識』の欠如から悠に頼らざるを得ない事に対して、申し訳ないといった素振りを見せていたが、悠としては、それもまたクロらしい、と微笑ましく感じる程度だった。
 見るもの全てが目新しく思えるらしいクロは、時折、おずおずと悠に質問を投げかけて、悠はその度丁寧に、彼女が納得いくまで答えを示した。未だどこか遠慮がちなクロが質問するということは、それがどうしても気になったからだというのは容易に分かったからだ。
 もちろん、彼女から質問をされる前に、察した悠が話を向けることも度々あった。
 クロの窺うような視線に笑みを返して、悠は口を開く。
「そうですね……ここで購入できるものは、この位でしょう。また何か足りないものが出てきた時は、買い物に行けば良いでしょうし」
「じゃあ、買い終わったら…帰る、の?」
 クロの口にした『帰る』という言葉に、知らず悠の笑みが深まった。
 『帰る』――クロがそう口にしたということは、早くもクロが自分の『家』として、悠の家を認識してくれたという事を示す。
 それに何とも言えない心地を感じながら、悠は首を振る。
「いえ――後一つ、行くべき所が残っていますから」
「…?」
 僅かに首を傾げるクロを促し、精算を終えて、悠が彼女を連れて行った先は――。
「…ここ、って…?」
 戸惑いも露に悠と店内とを見るクロに、悠は微笑む。
「所謂ブティック――服や装身具を扱う店です。入るのは初めてですか?」
「初めて、だけど…」
「……?」
 買い物の経験も無いに等しかったクロが、全く関わりを持った事が無い店というのは、ここが初めてではない。
 けれど、それまでの店よりもクロが顕著に戸惑いを見せている気がして、悠は思案する。
 外観や内装には特に問題は見受けられないし、、店で扱う品がクロにとって正体不明である訳でもないだろう。それならば、何故こうも戸惑いを見せるのか。
「何か問題が?」
「…問題、とかじゃなくて、その……」
 歯切れの悪いクロの言葉の続きを、悠はゆっくりと待つ。
「そういう場所がある、っていうのは、一応…分かる…けど。服を選ぶ、とか……そういうの、よく分からない…。前は、安定してなかったから…そういうの考えても、あんまり意味なかった、し……」
 そう言われて、一度だけ見たクロのもう一つの姿――20歳程の青年となった姿を思い返す。
「そう言えば…以前男性の姿になられた時は服も同時に変わっていたように思いますが、どういう原理なのですか?」
「あれは……『身に着けている服』を対象に発動するような、術をかけてる…。服自体を変化させる術もある、けど…基本は対応する服を決めて、『印』をつけて…変化する時に、それと入れ替わるようにしてる…。数があると、その分術をかけないといけないから、あんまり服とか、持ってなかった、し……こだわりも、なかった…」
「成程…」
 それならば、確かに服を選ぶという行為に馴染みもなくなるだろう。組み合わせる服を変える度に対応する服の組み合わせも考えなくてはいけなくなるのなら、最初から組み合わせる服のパターンを決めてしまった方が早いし、手間も省ける。
「…今は、悠さんのおかげで、安定してるし……変わりそうになることも、ほとんどない、けど……」
「つまり、新しく買っても特に問題はないという事でしょうか?」
 悠の問いに、クロはこくんと頷く。
「では、とりあえず、気になる物がないかを見て回っては如何でしょう」
「……気になる、物…」
「手に取ってみても良いでしょうし――気に入れば試着も出来ますから」
「……分かった」
 悠の言葉を受けて、まだ気後れした様子ながらも、クロは陳列された品物に目を向け始めた。
 そのままうろうろと店内を見て回っていたクロだったが、暫くして、途方に暮れた様子で悠の元に戻ってきた。
「…やっぱり、よく、分からない、から…悠さんが選んでくれると、助かる……」
 心底弱ったような瞳を向けてそう乞われ、悠はそれを引き受けた。悠自身も女性の服に造詣が深い訳ではないが、全くその手の事に不慣れらしいクロよりは多少勝手が分かる方だろう。
 とりあえずはクロの印象と、ある程度の機能性も考えて、ワンピース系統やシックなパンツルック等を選ぶ。そしてそれらに合うように店員にコーディネイトを頼めば、暫く困らない程度に一式が揃った。
「…ありがとう。……次は、自分で選べるように、頑張る…」
 何やら決意をしたらしいクロを微笑ましく思いつつ、購入を終えて帰路に着く。
 他愛ない話をしながら家路を辿り、家まであと幾許もない所で、とある事を思い出した悠は足を止めた。
「ああ、そうでした」
「……?」
 そんな悠を、少し遅れて足を停めたクロが首を傾げて見上げる。
「これをどうぞ」
 そう言って悠がクロに差し出したのは、手の平に納まる程の金属片――鍵だった。
「…これ、鍵…?」
「家の合い鍵です。やはり、持っていないと不便でしょうから」
 悠の言葉に、クロはきょとんと目を瞬かせる。それから、恐る恐るといった体で悠を窺うように見た。
「……いい、の?」
「もちろんです。これから共に暮らす事になるのですから」
 そっと、大切なものを扱うように、クロが鍵を握り締めた。
「せっかくですから、どうぞ使ってみてください」
「……え、」
 家はもうすぐそこ――後数メートルの位置にある。おろおろとクロが視線を彷徨わせる内に、その距離はゼロになる。
「どうぞ、クロさん」
 悠が笑みと共に促せば、クロは意を決したように鍵穴に鍵を差し込んだ。それがゆっくりと回されると同時、重い開錠の音が響く。
 一瞬固まったクロはしかし、そっと扉に手をかけて、開いた。それから扉の内側に一歩踏み入れて、ぽつりと、囁くような声音で呟く。
 微かな空気の揺れは、かろうじてそれが「ただいま」という言葉を形作っていた事を悠に伝えた。
 すぐにくるりと悠に向き直ったクロは、どこか緊張した眼差しで悠を振り仰ぎ――。
「……おかえりなさい」
 はにかむような笑みと共に、そう告げたのだった。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2703/八重咲・悠(やえざき・はるか)/男性/18歳/魔術師】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、八重咲さま。ライターの遊月です。
 「玄冬流転」へのご参加有難うございます。

 本編後日談、、同居生活(?)の始まり、といった感じですが、如何だったでしょうか。
 色々常識など欠如しているクロですが、本人は頑張って早く順応しようとしている模様です。気合が空回りしないかが心配なところです…。
 ひとまず第一歩、という感じで。

 ご満足いただける作品になっていましたら幸いです。
 最後まで書かせていただき、本当に有難うございました。