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<東京怪談ノベル(シングル)>


さる廃屋の光景〜破


 まず最初に飛び掛かって来たのは、小悪魔のような姿をした魑魅魍魎だった。小悪魔のような――と言うより、場所柄と相手を考えれば間違いなく、デーモンなのだろう。

「それにしては発想が貧困でしてよ?」

 クス、と艶やかな笑みを浮かべたまま、白鳥・瑞科(しらとり・みずか)がふわりと動いた。まっすぐに瑞科へと向かってきたデーモンを避けるために、まるでステップでも踏んでいるかのような軽やかさでトン、と軽く床を蹴り、デーモン達の群れを飛び越えて、礼拝堂の中にずらりと並ぶ長いすへと着地する。
 その拍子にゆらりと浮いたシスター服のスカートが、瑞科の着地から僅かに遅れて長いすへと到達して、すっかり顕わになっていた瑞科の形良い脚線美を申し訳程度に覆い隠した。だがすぐに瑞科が長いすを蹴り、次の地点へと跳躍を開始するとまた、廃教会の薄暗さには眩しいほどの白が顕わになる。
 この程度の相手に電撃や、重力弾を使って戦う必要性すら感じられなかった。油断ではない――冷静に彼我の実力を見定めた上での結論。

(このデーモン達を操っている、あの司祭は注視するべきですわね。でもこのデーモン達は‥‥ただの雑魚ですわ)

 跳躍するたびに瑞科の肢体が艶かしく動き、デーモンを翻弄した。真の強敵に出会うことがあれば邪魔になるかもしれないスリットの深いシスター服も、慎ましやかさを演出するヴェールやケープですらも、その動きに何ら支障を生じることはない。
 瑞科は髪の一筋すら乱れさせる事なく、デーモン達をただ跳躍だけで翻弄し続けた。ふわり、ふわりと遊ぶように瑞科が飛ぶたび、悩ましい肢体が廃教会の崩れそうな屋根から差し込む陽射しの中で踊る。まるで何かの神聖な儀式のように、まるでよく出来た舞台の一場面のように。
 そうして。

「ごめんなさいませね?」

 言葉ばかりは殊勝に謝りながら、瑞科は艶やかに微笑んでどこからともなく取り出した短剣を華麗に操り、いつしか瑞科の動きに操られて一箇所へと集まっていたデーモン達に向かって一閃した。したから上へ、切り上げるように。豊満すぎるがゆえにコルセットで支える胸元がほんの少しも動きを阻害しないよう、長年修行して身につけた動作で。
 デーモン達の断末魔が、あっという間に廃教会の誇り臭い空気のなかに満ち溢れた。踊るように瑞科が短剣を操るたび、その数は増えていく。魅力的な肢体を形作る、よく鍛えられたしなやかな筋肉がそのたびにシスター服の下でうごめくのが、見るものが見ればわかったことだろう。
 たん、とブーツのかかとでステップを踏み。
 くるり、身をよじって振り返りざまに短剣を鋭く振り抜き。
 ふわり、大きく足を振り上げて大胆に開脚した勢いで宙返りを打ちながら、そこに居るデーモンを討つ。
 あっという間にその場に動くのは、廃教会の中央で魅惑的な大立ち回りを演じたにも拘らず、相も変わらず殆ど衣服の乱れもなく、髪の一筋すら乱れず、呼吸を乱して豊満すぎる胸元を激しく上下させる事すらなく、静かに佇むシスターのみになった。
 ぱん、と瑞科が軽くシスター服のスカートを叩き、僅かについた埃を払う。そうして編み上げブーツの端に引っかかり、瑞科の白い柔肌を誇り臭い空気の中に晒していた裾をおろせば、もはやそこに居るのはやって来た時と何ら変わらぬ、神に仕えるシスターの姿をした妖しい色香漂う女だ。
 ほんのわずか、瑞科は手にはめたグローブの端をくいと指先で引っ張り、きゅっと握り締めた。トン、トンとブーツでかかとを確かめながら、祭壇の前に立つ亡者へと青い瞳を向ける。

「――さぁ。残るのはあなただけになりましてよ?」
『グゥ‥‥ッ』
「あら‥‥知性はあると聞いてましたけれども。人間の言葉を操るのは苦手ですの? それとも――苦悩のあまり、忘れてしまいまして?」

 もしこの司祭が真実、ここで自殺したという司祭の地縛霊やその類の怪異であるとするならば、だが。
 瑞科の艶やかな赤い唇から放たれた痛烈な言葉に、司祭のまとう気配がより凶暴なものになった。ふふ、と瑞科は楽しそうに微笑んで、手にしていた短剣をあっという間にしまい、スリットを自ら跳ね上げるように魅惑的な美脚で埃だらけの床にぐっと力強く立ち、構えた。
 豊かな胸を誇るようにピンと背筋を伸ばし、心持ち腰を落として。何時でも動けるように全身の筋肉をしなやかに張り詰め、自らの呼吸に意識を凝らす。
 吸って、吐いて。その度に豊かな胸元を支えるコルセットの中で、肺の動きに合わせて僅かに動こうとする胸が、確かにコルセットに支えられて動かない事まで意識して。

「参りますわ」

 怯えた様子などまったく見せないまま、瑞科は力強く編み上げブーツのかかとで床を蹴り、司祭へと踊りかかった。その急な動きにすら、太股にきつく食い込んだニーソックスは僅かにも動かない。
 そんな瑞科がまずは放った拳の一撃を、司祭は危うげなく受け止めた。ガシッ、と捕まれた精緻な刺繍のグローブを難なく振りほどき、とん、と僅かにバックステップして再び構え直した瑞科が感じたのは、安堵。

(その程度はして頂かなくては困りますわ)

 瑞科のような最高の暗殺者、最高の戦闘員を送り込まれる相手が見るに耐えない雑魚だったなら、むしろ瑞科の方が興ざめする。だから、少しばかりはやりがいのある相手でほっとした、というか。
 それでも司祭の実力が、決して瑞科に及んでいるとは思わない。だが数多のデーモンを操れる程度の実力はある怪異なのだから油断は禁物と、自らに言い聞かせて瑞科は再びふわりと動いた。
 司祭の背後へと素早く回り、シュッ、と大きく右足を振り上げての回し蹴り。蹴り上げられたシスター服のスカートがふわりと揺れて、瑞科の動きを阻害する事無く宙に舞い上がった。
 隠すものもない大胆な回し蹴りを、司祭は受け止めかねると判断したか素早く身を伏せて避ける。だがそれはフェイクだ。その時にはすでに瑞科は、回し蹴りの勢いに合わせて踏ん張っていたはずの左足で床を蹴っている。
 右足で着地したと同時の、左足から繰り出される強烈な蹴り。それはちょうど司祭の足元を痛烈に打ち据える。

『グギャアアアァァァァッ!?』

 苦痛の悲鳴が、司祭の口から迸った。亡者だというのに痛覚はあるのだろうかと、今さらながらに戯言のような疑問を心の中で弄びながら、瑞科はさらに振り切った左足を軸として、体重を乗せた拳を繰り出す。
 ゴロゴロゴロ――
 身もふたもなく、床を転がって司祭が拳から逃れた。そうして両手を瑞科に突き出し、光の玉のような物を打ち出してくる。
 魔法だろうか。それともまた何か別の技なのだろうか。
 瑞科はひょいと首を動かして1つ目の玉を避け、2つ目の玉をふわりと跳躍して避けた。瑞科がその玉を受け止めず、避けるという選択肢を選んだ事に有効を確信したのか、司祭の蒼褪めた顔がニィ、と不気味な笑みを形作る。
 けれども。

「見くびられていますの? その程度、わざわざ受け止めて差し上げるほどでもないだけですのよ」
『‥‥ッ!?』
「司祭さん。その程度でこの私が倒せると、お思いにならないで下さいませね」

 くすり、瑞科の唇が蠱惑的な笑みの形を作った。そうして全身の力を込めて、必殺の気合を放った渾身の重力弾の一撃を、司祭に向かって打ち出した。