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<東京怪談ノベル(シングル)>


Operation.XX-3

 琴美が鬼鮫を倒す。それを、確定した未来として捉えていた。
 ところがどうか。現実に、二本の足で立っているのは鬼鮫の方。地べたに這いつくばっているのが、彼女。
―――油断したまでのこと。倒れは、しませんわ!
 自身を奮い立たせ、琴美が身を起こす。しかし立ち上がりながら、ふらりと身体が傾いてしまった。慌ててバランスを整え、鬼鮫を見据える。彼は、口の端を歪めて嫌な笑みを浮かべていた。
「そう来なくちゃな」
 鬼鮫が一歩前に出る。同時に、琴美は床を蹴った。
「潔く退かれちゃ、腹の虫が収まらねぇ!」
 先手を打たせはしない。やられる一方なんて、彼女のプライドが許せない。
「今度はこちらの番でしてよ」
 駆けながら、手にしたくないを投げる。鬼鮫は難なくそれを左腕で受けた。既に裂かれていた箇所に突き刺さり、僅かに顔を歪める。彼女はそのまま迫り、胸に拳を打ち込んだ。更に間髪入れず、くないを抜いた彼の左腕めがけて回し蹴りを放つ。
 鬼鮫は動じず、彼女の攻撃を淡々と受け止めた。琴美が眉をひそめ、一旦退く。胸に打ち込んだ拳はまだ、いい。くないにより負傷したはずの左腕すら、何のダメージを受けた風でもないことが――解せない。
 先刻もそうだ。琴美は、確かに致命傷を与えたつもりでいた。だからこそ、慢心してしまった。先の屈辱を思い出し、唇を噛む。
 痛みを感じない、訳ではないだろう。攻撃を与えた際、時折表情を歪めている。
―――どういうことですの。
 不審に思う琴美は、次の一手をためらう。鬼鮫はその隙を見逃さず、一気に詰め寄った。勢いを乗せた右の拳が、反応が一瞬遅れてしまった彼女を容赦なく襲う。
「きゃあっ!」
 鎖骨を砕かれるような感覚。折れるまではいかずとも、ヒビくらいは入ったかもしれない。よろめいた彼女に、彼は更に左の拳で殴る。それはきれいに腹に入り、彼女は咳込みながら膝を折った。
―――手負いでこの攻撃だなんて、ありえませんわ。
「納得いかねぇ、ってツラだな」
 琴美の内心を読んだかのように、鬼鮫。サングラスの向こうの瞳がにやりと細められた気がして、彼女は嫌悪感をあらわに睨みつけた。呟くように、言葉をこぼす。
「こんなこと……再生でもしていない限り、」
「漸く気付いたのかよ。トロいねえ」
 その言葉に、彼女は思わず目を見開いた。揶揄されたということも吹き飛ぶほどの、衝撃。
 返答を期待して呟いた訳ではなかった。ただ、ぼやいただけ。その言葉に、彼がそう返すだなんて。
「貴方まさか、ジーンキャリア……!」
 指令書の中に、この組織についての記述もあった。特記事項『ジーンキャリア』。IO2に幾つもあるクラスのうちひとつである。
 ジーンキャリアとは、魔物の遺伝子を投与し、その能力を得た者達のこと。強靱な身体能力や肉体再生能力など、投与された遺伝子の元となったモンスターの特殊能力を完全に受け継ぎ、一方で弱点は克服してしまっているという。
「その程度の知識はあるんだな」
 よりによって、鬼鮫がこのクラスに属していたとは――そう思い、琴美が内心で僅かに焦る。先刻、心臓を外してしまったのは大きなミスだ。あの時仕留めてさえいれば、このような苦戦を強いられることもなかった、のに。
「お前、ちょいと迷い込んじまった、って風じゃあねえな」
 後悔しても仕方がない。彼女は再び鬼鮫へと向かっていった。純粋な力では分が悪いと思い、真正面からは避ける。軽く跳躍し、翻弄するように鬼鮫の周りを駆ける。
「劣勢は明らかだろうに、退きもしない」
 だが、鬼鮫は惑わなかった。琴美がタイミングを見計らって飛びかかるのを、見逃さない。冷静に、蹴りを入れて彼女の勢いを殺す。
「ああっ!」
 思わず悲鳴を上げた彼女の腹に、連続で拳を決めた。彼女は腕でガードしようと動くが、弱々しい力しか入らないそれごと殴られる。立て続けの攻撃が止むと、膝をつかずにはいられなかった。鬼鮫はそんな彼女を見下ろし、トン、と自身の胸を親指で軽く叩く。
「俺狙いか?」
 琴美は答えない。だが、膝を折りながらも挑むような眼差しを向ける彼女に、鬼鮫は満足そうに頷いた。それが、蔑むような瞳に変わる。
「舐められたもんだな」
 鼻で笑うと、鬼鮫は琴美へと歩み寄り、片手で軽々と彼女の右手を掴み上げた。捻り上げられ、彼女の足が床を離れる。小さく呻く彼女に構わず、華奢な身体をサンドバッグのように蹴り上げた。
「あうっ!」
 短い悲鳴。こちらからもと思うが、胸倉を掴まれていて上手く重心が定まらない。彼女が拳を固める前に鬼鮫からの攻撃が繰り出される。腕に、腹に、脛に、重い一撃を次から次へと。
「きゃん!」
 攻撃を食らうたび、犬のように無様な声を上げて。それはまるで、鳴かせるために痛めつけているようでもあった。
「武器を捨てな。てめぇの弱さを認めろ」
 琴美は口を噤み、鬼鮫を睨んだ。彼はその反応に口元を歪め、彼女の太腿を蹴り上げる。
「ああ? ここか」
 躊躇なくプリーツスカートを捲る鬼鮫に、琴美が掴まれていない方の手で殴りかかる。鬼鮫は難なく受け止め、腹に膝蹴りを入れる。咳き込んだ彼女のスカートに手を突っ込むと、足に装備したくないを乱暴に抜き取った。無造作に床に捨てていき、また反対の足も蹴り上げる。
「ここもかよ」
 またくないを取り去り、床に放る。更に舐めるように琴美の身体を見て、胸の辺りを殴りつけた。激痛に引きつった声をこぼした彼女の襟元に手を入れ、服の中を探る。
「何だ? 違うか」
 手を服から抜き、腹を正面から蹴飛ばす。吹き飛ばされるような衝撃に、琴美はどうにか耐えた。だが、鬼鮫の行動を阻むには至らない。鬼鮫が帯の内側に手を入れ、彼女の隠していたくないを剥ぎ取る様を、為す術もなく見ていた。動いてもいないのに、耐え難い痛みのため呼吸が荒い。
「ざまぁねえ」
 鬼鮫は彼女を解放した。しばらく宙ぶらりんになっていたせいで、足に力が入らず倒れ込んでしまう。
 無防備だと頭では理解しながらも、横たわったまま動けない。服の中をまさぐられたせいで着物の襟元は開き、インナー越しとはいえ胸元があらわとなっている。黒いストッキングもところどころ破れ、白い肌を露出させていた。
 満身創痍。まさに、そんな言葉が相応しい。それでも、琴美の瞳には未だ光があった。
 煌くというより、ぎらつく光。琴美を突き動かすのは、もはや自身のプライドのみだった。こんな失敗、許されない。誰が許したとしても、他ならぬ彼女自身が許せない。
―――諦める訳には参りません。
 立ち上がろうと、琴美が足に力を入れる。ほう、と鬼鮫が感心とも呆れとも取れるような息を漏らした。
―――退くことは出来ません。たとえ相討ちだろうと、鬼鮫の命を貰い受けねば……!
 負けるならば、いっそ死んだ方がまし。琴美は、ぐっと拳を握り締めた。





《続》