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<東京怪談ノベル(シングル)>


聖女たり得る者 完全の志

 純白が靡く。強烈な芳香を振りまくように。
「ぎゃあああああぁ!」
 乾いた空気の中、野太い悲鳴が響く。それはそのまま断末魔となり、瑞科の足元で崩れ伏す。
 空気を切り裂くように、切っ先の血を振るい落とした瑞科は、きっ、と周囲を睨み据え、次の狙いを定める。
 当初は瑞科を獲物と狙った魑魅魍魎たちは、皆射竦められたように立ち竦み、あるいは背を向けて逃げ出そうとする。
 それほどに、彼等と瑞科との戦闘能力の差は歴然だった。
「賢明な判断でしてよ。でも、わたくしの前に現れたのが、運の尽き……何もせず大人しくしていたならば、見過ごして差し上げましたのに」
 哀れみを過ぎらせる、ささやかな呟き。けれどそれは、瑞科がその手を緩める理由には到底なりえない。
 とん、と瓦礫を蹴り、一度の跳躍で逃げ惑う敵の真上までたどり着くと、剣を真下に構え、そのまま重力に任せて突き立てる。
 押し潰されるようにして刺し貫かれた一体をブーツの先で足蹴にして剣を引き抜くと、その勢いのままに振り返り、切っ先を敵の鼻先に突きつける。
 思わず立ち止まった敵に、にこり、笑みを向けるや、一転。狙い済ます様な鋭い眼差しで首を刎ねた。
 勢いよく噴出す鮮血も、あまりに潔癖な白を穢すには至らない。血の一滴でさえ、軽やかに、かつ、超人的な素早さを持つ瑞科を捉えることは、敵わないのだ。
 そしてそれは同時に、瑞科から逃れることの絶望を意味してもいた。
「逃がしはしませんわ。お覚悟、なさいまし」
 散り散りに逃げる敵を、一つ一つ、丁寧に追いかけては刺し貫き、あるいは雷光で焼き尽くし、細く華奢にさえ見える肢体を駆使して穿ち砕き。
 苦もなく繰り返し、当たり一帯から魑魅魍魎の気配が完全に費えたことを確かめると、瑞科はふわりと、表情を緩めた。
 真白なヴェールの下には、慈愛に満ちた聖母の笑み。今の今まで戦闘をしていたとは思えないほどの柔らかな笑みは、朽ち果てた廃墟にさえ色を灯すほどに美しい。
「任務達成ですわ」
 ふふ、と、嬉しそうに笑う姿はあどけない少女のようにも見える、けれど。胸中に過ぎるのは、それとはあまりにかけ離れた、戦士の思考。
「この程度で私に敵うと思ったのでしょうか。身の程を弁えない方達ですわね」
 肩を竦めて呆れるほどに弱かった敵の実力を思い起こし、退屈、とでも言うように溜息をつく。
 苦戦するような敵を期待しているわけではないけれど。己の力量を見誤り、「教会」に害を齎そうと目論む身の程知らずの多さには辟易するのだ。せめて相応の実力があれば、その存在を認めてあげないでもないのにと。
「まぁ……多少出来たところで、わたくしの敵ではありませんけれど」
 くすり、呟き。瑞科は颯爽と踵を返し、廃墟を後にした。

 その足で真っ直ぐに向かったのは、「教会」の本部。幾らかの仲間とすれ違い、朗らかに挨拶を交わしながら司令官の部屋へと向かった瑞科の姿に、部屋の奥に座した司令官は満足げな笑みを浮かべ、成果を尋ねた。
「任務は無事完了いたしましたわ」
「そうか、そうか。うむ、良くやってくれた」
 簡潔な報告に、司令官の笑みは一層深くなる。彼にとって瑞科は自慢であり誇りである。彼女から受ける結果は「完遂」であることが当たり前であり、むしろ任務ごとの敵がどの程度のレベルだったかを雑談がてらに尋ねることの方が主であった。
「今回はいつも以上に楽な任務でしたわ。あまりに弱くて、呆れてしまうほど」
 直帰したにも拘らず、傷どころか汚れの一つ窺えない瑞科の様子から、その言葉の信憑性は十分に窺えたし、司令官も疑う気は全くない。満足を声に出して頷き、次も頼んだぞと檄を送った。
 そこで、司令官ふと神妙な顔をした。
「任務を終えたばかりで言うことでもないが、じきに情報部が調査中の事件の結果を持ってくるはずだ」
「と言うと……連続殺人事件の……」
「うむ。さすが、よく覚えているな。恐らくは犯人の素性と所在が掴めるだろう。お前にはそちらの対処に向かってもらうことになる」
 さりげなく瑞科を褒めながらも表情を緩めることはしない司令官を、瑞科は薄く細めた瞳で見つめ、けれど同じような神妙な顔をすることはなく、悠々とした笑みを湛えた。
「どの程度の実力かは知りませんが、わたくしの敵足りえるとも思えませんわ」
 瑞科の自信たっぷりの一言に、司令官はちらりとその顔を見上げ、それから、ようやく笑みを浮かべた。
「そうだな。任せよう。あぁ、疲れているほどでもないだろうが、情報部がまだだからな、「仕事」でもして、少し待機していてくれ」
「判りましたわ。それでは、失礼いたします」
 上官に対する敬意を篭めた、優雅な仕草の礼をすると、瑞科は踵を返して司令官の部屋を後にする。
 ブーツの踵は小気味良く廊下を打ち鳴らし、それだけで瑞科の存在感を色濃くしているようだ。歩く度に揺れる胸も、僅かな風でも靡く髪も、漂う女性の芳香も……彼女の無意識さえ全て、彼女の美しさを際立たせる。
 「教会」内にも彼女に思慕や羨望を抱くものは多い。その全てを快く受け止め、それでいながら奢るような振る舞いをしない瑞科は、まさに聖女と呼べよう人間だった。
 ただし、それは味方に限っての、こと。
「次は、どんな任務になるのかしら」
 敵対者にとって、白鳥瑞科は悪魔とさえ呼べた。
 圧倒的な戦闘能力もさることながら、一切の容赦を拝した徹底的な程の戦いぶりが、そうさせているのだ。
 けれどそれは、瑞科の義務感が生む行為。
 敵対するものはすべて排除する。それだけの力が、自分にはある。
 それは自信であると同時に、決意でもあった。
「次も、完璧に――」
 少しずつ強くなる決意を表すかのように、瑞科の足音は一層小気味良く、颯爽と響き渡っていた。