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<東京怪談ノベル(シングル)>


Annihilation Sister 1




 それは、一枚の絵のような光景だった。
 朽ちて寂れた廃墟の中に、一人の女性が佇んでいる。
 彼女を一目見た者は、誰しもが例外なくその美しさに息を呑むだろう。邪な欲望を抱いた者は、その身を包む衣装に禁忌を感じ、そんな自分を恥じるかもしれない。
 ――彼女の纏う衣服が、シスター服である故に。
 より正確に言うならば、それは戦闘用シスター服だった。
 その特殊なシスター服は、人類に仇なす魑魅魍魎、または組織の類を殲滅する事を主な目的として存在する組織『教会』に所属する武装審問官の中で、ただ一人――彼女、白鳥瑞科のためだけに製作されたものだった。
 瑞科の細身ながら豊満な女性らしいボディラインを浮き立たせるデザイン。身体にピッタリと張り付くようなそれには腰下まで深いスリットが入っており、彼女の美脚を惜しげもなくさらけ出している。
 瑞科の愛用するニーソックスが太腿に食い込んでいる様さえ覗ける深いスリットは、武装審問官として活動する際に彼女の動きを妨げないためのものだ。同様に、その豊満な胸が障害にならぬよう、瑞科はコルセットを着用している。これが結果的には胸を強調する事となってしまっているが、瑞科自身はそれを問題視してはいない。大事なのは機能性――瑞科のそのような拘りが、これまで一度の失敗もなく任務を遂行してきたという実績へと繋がっているのだろう。
 瑞科がこの人気のない廃墟に居るのは、勿論任務のためだ。
 この廃墟に巣食う魑魅魍魎の殲滅。それが瑞科の受けた指令だった。
 ――…つまるところ、瑞科は『お相手』を待っていた。彼女の屠るべき獲物、滅すべき標的を。
 ふわり、と、前触れなく、純白のケープとヴェールが揺れる。
 身につけたそれが揺れるのを、瑞科は無言で見遣る。彼女が身動きしたわけでもなく、風が吹いたわけでもない――通常であれば在り得ないはずの現象を見つめた。
 そうして、嫣然と笑んだ。
「そろそろ出ていらっしゃったら如何? わたくし、もう待ちくたびれてしまいましたわ」
 虚空を見据え、瑞科がそう言った刹那。
 声に応えるように、瑞科の視線の先の空間が歪み――そこから異形のモノが湧き出るようにして現れた。
 次々現れるそれが、じりじりと瑞科を囲むように数を増やしていく。それらの鳴き声なのか――それともヒトには理解できぬ魑魅魍魎の言語なのか判別のつかない声が、不気味に辺りを包み始める。
 その様を見ながらも全く動揺を見せず、それどころか瑞科は残念そうに溜息をついた。
「……まだ、姿をお見せにならない気ですのね。わたくし、この方々にお取次ぎをお願いしなければなりませんの?」
 己を囲む魑魅魍魎――姿も大きさも様々な異形のモノ達を眺めやって、瑞科は誰をも虜にするような蟲惑的な微笑みを浮かべた。
「ですが、わたくし、貴方がたと言葉を通わせる事はできそうにありませんの。ですから――」
 かつん、とブーツを高らかに鳴らして、瑞科は戦闘態勢をとった。
「実力行使、といかせていただきますわ。準備はよろしくて?」
 言葉と共に、瑞科は舞うように囲いの一角へと肉薄し――膝まである編上げのロングブーツで以って、容赦のない蹴りを繰り出した。
 耳障りな悲鳴を上げて異形が宙を飛ぶ。その行く末を見届けることなく次の動作に入った瑞科が、突然の出来事に対応できないでいる他の異形達へと回し蹴りを見舞った。
 瞬く間に瑞科の突入した一角から異形の姿が消え失せる。不自然にぽっかり空いたそこに悠然と立つ瑞科を、残る異形が恐れるように距離をとった。
 二の腕までの白い布製のロンググローブと、皮製のグローブ――どちらも凝った装飾のなされているそれらに包まれた指先を、挑発的に――誘うように動かして。
「さあ、――次はどなたがお相手くださるのかしら」
 まるでダンスの相手を値踏みする淑女のように、瑞科は微笑んだのだった。