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<東京怪談・PCゲームノベル>


【翡翠ノ連離】 第八章



 もう11月だ。早いものだ。
(1年なんてあっという間ね)
 目の前を行き交う人々の服装も厚着になっている。
 軽く背を預けている壁からその様子を眺めていたローザ・シュルツベルクは自らの境遇に思いを馳せた。
 もっと一般的な家ならもっと自由に……と父も母も言っていたが……それはもうすでに「ローザ」ではない。
 今の自分ではない「別の自分」だ。仮定の話をしてもしょうがない。
 だが自分の家に対する気持ちとは、真逆のような宗像という男のことを考えると、自然に眉間に皺がよった。
(自分の家が……好きそうには見えなかったのよね……)
 彼に、何かしてあげられることがあればいいのだが。
 ――終わりは。
(確実に近づいているわ……。それまでに、宗像をなんとかできるなんて、思っていないけれど)
 でも、という心はある。
 それに。
 空を見上げる。緩い曇天だ。
(……アトロパは本当に世界を滅ぼそうとしているのかしら?)
 だがそう考えると、宗像が嘘を言っていることになる。
 どちらが一体、真実……?



 見つけた!
 あちこちを移動する宗像を発見してローザは彼を追いかけた。
 帽子を目深にかぶった、よれよれのスーツ。……やはりどこから見ても、就職に失敗した人のようだ。
「宗像!」
 背後から大きく声をかけて、人込みを避けて彼のもとに近づく。だが彼は速度を緩めない。
(なっ! なにあの態度!)
 腹が立ってローザは駆け足で近づくと、やっと追いついた。
 横から見上げると、宗像が呆れた表情をしているのが見える。
「……よくもまぁ飽きもせず……」
「最後まで見届けるわ。世界が滅びたとしても」
「滅びねぇよ」
「え?」
「そう決めた。俺が」
 ぼんやりと洩らす宗像の瞳はぼうっとしており、どこにも焦点が定まっていない。
「決めたって……決心に満ち溢れているようには見えないけど」
「……んー、まぁやる気がないのは認める」
「やる気がないのになんとかするの? 矛盾してない?」
「いいんだ。べつに今の世界がどうなろうが知ったこっちゃないが、おまえは嫌なんだろ?」
 視線だけローザに移される。
 こんな仕草をするとは思わなかった。不意打ちに近い動作にローザはビクッとし、片眉を吊り上げる。
「べつに私のことはどうでもいいのよ! あなたの気持ちのほうが大事でしょ?」
「オレは、なくてもあっても変わらないからな」
「は?」
「『個』ってのはあるっちゃあるんだが、それは『全体』の中に埋もれちまう『個』ってこと」
 わけのわからないことを言う宗像は視線を前に戻す。
 ひょろりとした彼は背筋を伸ばしはせず、軽く猫背で歩いている。
「べつにいいだろ。世界は滅びないんだし。
 もう俺につきまとう必要はないぜ?」
「そうはいくものですか! 最後まで付き合うわよ!」
 鼻息を荒くしてついて行くと、宗像が嘆息した。
「…………人間ってのは、いいもんだな」
 その呟きは、風によってローザの耳には届かなかった。



「アトロパを殺せば終わりなんだ」
 あっさりと宗像は言った。向かっているのは郊外にある研究施設のようだ。
 厳重なセキュリティのあるそこに顔パスで入れるほど宗像は常連、ということになる。
 真っ白い空間。まるで病院だ。
 威圧される感覚にローザは周囲を見回す。
「宗像」
 向こうから歩いてくる白衣の女性にローザは目を丸くした。
 女性は背が高い。ヒールの高い靴を鳴らして近づいてくると、宗像は帽子を軽くとって頭をさげた。
「あと少しで終わるわね」
「……ああ」
「そちらのお嬢さんは?」
 自分よりはるかに色気のある女性に子供扱いされ、ローザはムッとしてしまうが、表面上は冷静を保った。
「ロー……」
「同じなんでも屋の女だ。あんたには関係ない」
 自己紹介をする前に宗像が声を割り込ませる。……紹介させたくない理由でもあるのだろうか?
「ベラはどうなんだ」
「彼女は衰弱していく一方よ。アトロパさえいなくなれば……」
 悔しそうに言う女性は腕組みし、苛立たしげに宗像を見た。
「あなたがさっさとアトロパを始末しないから! 腕利きだというのは嘘だったの?」
「腕はいいだろうが、俺くらいのランクしか報酬が払えないんじゃしょうがないだろ」
「……しょうがないでしょ……。もう予算が底をつきかけてるんだから」
 睨むように言ってくるが、宗像は飄々としたものだ。
「ケチった末なんだからしょうがない。俺一人じゃ、11ヶ月もかかっちまうのは許して欲しいね」
「……まぁ、成果はあったのだからいいわ」
 苛立たしげに言ってくる女性はきびすを返す。ついて来い、ということだろう。
 ふいに足を止めて、彼女はローザを見遣った。
「そっちのお嬢さんは大丈夫なんでしょうね?」
「どうだろな。ま、お節介だとは思うが」
 肩をすくめてみせると、再び女性は不機嫌になった。
「ディアナ」
 宗像がそう呼ぶと、女性は肩越しにこちらに鋭い視線を向けてくる。
「今月でもう、全部おしまいにしてやる」
「ふん。頼もしい言葉だこと」



 長く、白い廊下は延々と続くと思われた。通り過ぎるのは、全員が白衣を着た人間だった。
(なんなのここ……。設備はしっかりしているみたいだけど……)
 ディアナに案内された一室でしばらく待つように言われて、二人は突っ立ったままその場で待機した。
「ねえ宗像、なんなのここは?」
「なにって、なんでもいいだろ」
「よくないでしょ!」
 小声で怒鳴るが、宗像は気にもしない。話す気がないことはまったく喋らない男だ、本当に。腹が立つ!
 狭い小部屋で待たされている間、ローザはあちこちの壁を拳で軽く叩いたりしていた。
「そんなことしても、何も出ないぞー」
「うるさいわね」
「待たせたわね」
 入ってきたディアナが書類が大量に入ったファイルを両手で抱え、二人に外に出る用に促す。
 そのまままた歩き出した。ローザはもう、どこをどう歩いているのかわからない。
 どこを見ても似ていて、同じ道をぐねぐねと曲がったりしているようにしか思えないのだ。
 やがて到着したドアの前に立つと、指紋認証や声紋チェックがされてドアが横開きに開いた。
 中は薄暗く、今までの部屋とは違っていた。
 部屋の中央には巨大なパイプがあり、そこには膝を抱えて丸まって浮いている少女がいた。
(あ、アトロパ!?)
 いや、髪の色が違う。では彼女は『ベラ』のほうだ。
 なぜここにベラがいる?
 困惑するローザに気づきもせず、ディアナは宗像に言う。
「ベラに異常はみられないけど、油断はできないわね」
「いっそこいつも殺したほうがいいんじゃなのか?」
「馬鹿言わないでよ! 大事な研究材料なのよ!」
「へー」
 宗像は興味がないようで、軽く返事をしていた。
 研究材料?
(彼女、が?)
 長い髪が透明なパイプの中で揺れている。まるで母親の中の胎児のような体勢で。
<あなたは……だれ>
 唐突に聞こえた声にローザは戸惑う。目を見開いていると、さらに声は続いた。
<退治屋の仲間なのね。そう……じゃあ早く。早くアトロパを殺して。世界を滅ぼさないために>
 こちらからどうすればいいのかわからずに、やきもきしていると、声は小さく笑った。
<ただ聞いてくれればいいのよ。
 アトロパは私の妹。彼女は東京を実験台にして、あることをしようとしているの>
「…………」
 あること?
<世界を平和にするのよ。手始めに、この小さな国の、小さな都市から>
 どうやって平和にするのだろう?
 いまいちわかっていないローザに彼女は笑った。
<争いのない、憂うことのない世界よ。でもそれじゃ、ダメ。アトロパがやっても無駄なことなの>
 無駄、って……。
<彼女は命令無視をしてべつのことをしようとしている。それを止めなきゃだめなの。
 お願い。必ずあの子を殺してね>
 誰にもわからないように頷くローザは、ふいに宗像を見上げた。彼はディアナとなにか言い合っている。
「いいわね、宗像。必ず…………を、捕まえるのよ」
「殺すんじゃなかったのか?」
「殺さずに捕まえてくれたほうがいいけど……無理なら仕方ないわ」
「了解」
 ローザは視線をベラに戻す。彼女は薄く笑ったような気がした――――。



 帰り道、宗像がいつの間にか手に漆黒の小型銃を持ってなにやら遊んでいる。危ないとは思わないのだろうか。
「ローザ」
「なっ、なによ?」
「何も訊かないんだな。何かベラに言われたか」
 鋭い。
 確かに質問攻めにする気はあったが、頭が混乱していてそれどころではなかったのだ。
「……あの研究所はなんなの?」
「そのままだろ」
「そ、そうじゃなくて! あそこでアトロパやベラが何をされてるのかって聞いてるの」
「聞いてどうする? 助けるのか?」
「えっと……」
「やめとけ。アトロパもベラもきちんと承諾して研究に参加してるんだ」
 そう、なのか……。なら、自分が口を挟むべきではないのだろう。
「さて、と」
 宗像がそう呟くと、銃口を真っ直ぐに近くの林に向けた。がさりと音がして、あっという間に空中で回転して『彼女』は宗像たちの前に降り立った。
「ベラを助けに来たか、アトロパ」
 せせら笑う宗像に、アトロパは答えない。
「だがベラは望んでいない。望みはおまえの『死』だそうだ」
「…………姉さんを返せば、世界を滅ぼすのはやめてやる」
「そりゃ無理な話だ」
「ならおまえも滅びろ」
 きびすを返して素早く走り去ろうとしたアトロパにローザが声をかける。
「待って! ベラと話をしたの!」
 その言葉にアトロパは足を止めて振り返った。
「世界を滅ぼすって……なんでそんなことするのよ。あなたは世界を平和にするんでしょ?」
「そうだ」
「だったら……!」
「みなが、幸せになる。不幸など、ない世界だ」
 だから。
 ほろびる。
 アトロパは駆け去ってしまう。宗像はゆっくりと歩き始めた。
「開始は24時。つまり、0時だ」
「宗像……なにをするか知っているのね?」
「知る覚悟があるなら、教えてやらんでもない。ついて来るなら、好きにすればいい」
 彼は傾き始めた太陽の光を浴びて、世界の終焉を止めるためにと歩みを進めた――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【8174/ローザ・シュルツベルク(ろーざ・しゅるつべるく)/女/27/シュルツベルク公国公女・発明家】

NPC
【宗像(むなかた)/男/29/?】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、ローザ様。ライターのともやいずみです。
 いよいよ佳境です。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。