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<東京怪談ノベル(シングル)>


羽ばたける白い翼

「教会」と呼ばれる組織がある。
それは、太古の昔から存在していて、人類を護っている。
世界的な影響力をもつその組織は世界のいたる所に「教会」という名で荘厳な施設を有している。

教会に所属し、直接にその敵と戦う者たちを『武装審問官』と分類する。
武装審問官達は、神以外のすべてのものを滅する力を持っている……と謳われていた。

その武装審問官の現代のトップに座位するのは白鳥 瑞科−シラトリ ミズカ−。
彼女は敵と見なした相手には、一切の容赦なくその超常的な能力を発揮してせん滅を図る。
その豊満で女性らしい柔らかな曲線を描く躰も、それ自体がもはや凶器とも見なされる接近格闘術と、特殊能力を活かした剣術を得意としている。

瑞科は、任務には基本一人で赴くことが多かった。
他に手を必要としないほどの強さが周知であったためだ。

今回の任務も、瑞科以外の武装審問官があたるのであれば、おそらく数人からのチームが対処することになる。
だが、瑞科はその実力を以てしてそれを一人で遂行するよう指令を受けていた。

「問題ありませんわ」

瑞科は、上官にも自信を刷いた唇で笑みを作って答えた。
かつん、と踵を一度鳴らして指令室を辞すといつものように装備室へ向かう。
身にまとっていたものをすべて取り去り、武装審問官としての瑞科にあつらえられた装備を身につける。
任務に向かう前の禊の儀式のように厳かな空気の中、仕上げに両の手を差し込んだ革製のグローブをきゅっと握ってその感触を確かめた。

「では、参りましょうか」

短い祈りの時間を終え、瑞科は任地へと向かった。

今回の指令では、敵の組織は悪魔と契約をしており倫理にもとる非道な行為を日常的に行っているという。
敵の組織を壊滅し、根源であるその悪魔を存在から滅してしまうことが目的だった。
場所は、敵組織の本拠地である草原の中の崩れかけた神殿の跡地だ。
神が不在になった建物に、人と悪魔が取り付いたのである。

瑞科では一抱えにはできなさそうな太い柱を何本も持った神殿は廃墟となっても尚その荘厳さを失ってはいなかった。
過去、そのきらびやかさで見る者を圧倒したのだろう壁画や天井画が今でもその強い存在感で周囲を支配している。
際どく切れあがった腰までのスリットから長く伸びた足。白い膝までのブーツが石畳を叩くと地面にしみ込んでいくような深い音が響いた。
「出ておいでなさい。か弱き者たち」
 柔らかく笑みさえ浮かべて、誘うように呼びかける。
無人にも見える神殿跡。表の草原を走る風とその風が撫ぜる背の低い草が奏でるかすかな音。
応えのない無言の時間。

長く背中に流した髪を瑞科がさらりとかきあげる。金の糸を流したようにさらさらと清らかな音がした。
「隠れても無駄ですわよ」
シャリン、と剣を抜き払った瑞科は、その刀身に向けて瞬時に集中を向けた。
バチッ、青白い炎が瑞科が構える剣の刃の表面で踊った。瑞科が操る電撃を込めた刀はそれだけで大変な質量をその空間に生み出していた。
 緊張の沈黙を破ったのは、悲鳴にもにた大きな叫び声だった。
「キィィッッ」
 人か獣かも判別のつかないような甲高く不愉快な音。瑞科はその声のした方向へ向けて電撃を込めた刃をふるった。
ドオォン。空気が大きく振動した。瑞科の純白のヴェールも裾が翻った。
先ほどと、比べようのないほど大きな悲鳴がいくつも上がり、世界遺産にもなりそうな重厚で厳めしい神殿跡の壁に大きな穴が結果としてできあがった。
瑞科は、建造物を一部破壊するほどの威力の電撃を打ち出しつつも、その一撃くらいでは疲れた様子もなく優雅な達仕草であたりを再度見回した。
瑞科が壁に開けた大きな穴の向こうで、いくつかバタバタと逃げ回る気配もある。
足音がするということは……それは人間である確立が高い。
今回の任務で優先すべきはそも人間の欲望や歪んだ思いを操っている悪魔のせん滅である。
「ほら。早くお出でませんと、貴方がたのお住まいを壊してしまうやもしれませんわ」
なにもいない空に向かって澄んだ声を張り上げた。
「ヤメロ!!」
「動くな!」
口ぐちに瑞科に答えたのは黒い瞳に赤い光を宿した、敵組織の人間たちだった。
瑞科を取り囲むように何人もがいつの間にか集まってきている。
「ようやくのお出ましですわね。でも、わたくしがお会いしたいのは貴方がた雑魚ではございませんのよ」
「『教会』の奴だな!邪魔はさせんぞ」
「そうだ。これほどの人数相手に、女が一人で何ができるっていうんだ」
まんざら、虚勢でもない組織の人間たちの言い様に瑞科は踵を鳴らして笑った。
「さて。何ができるのかご覧にいれましょう」

瑞科は、剣を腰に戻してゆったりと構えた。
白いドレスのすそと、ヴェールがまるで踊っているかのよに楽しげに揺れていた。