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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


 THE・闇鍋

0.

 「今月も赤字です♪」

 草間零(くさまれい)は軽やかに、そして朗らかにそう言い切った。
 零の兄であり、当草間興信所の所長、草間武彦(くさまたけひこ)は苦虫を噛み潰したかのように目を細めて「いてて」と呟いた。
「じゃあ、今日の飯は…」
「お米だけならあります」
「…米だけ?」
「はい。おかずはありません」
 にこにこという零に二の句を次げない草間。
 完全に自分が悪いのだ。
 金にならない依頼ばかりをこなしてしまう自分が…。
 そして、それを持ち込んでくるヤツらが……。

「そうか! ヤツらだ!!」

 天恵の命が降りた!
「零! 鍋の準備をしろ! ヤツらに具材をもってこさせるんだ!」
「わ、わかりました!」
 草間の勢いに押され、零も思わずそう言ってしまった。

 かくて、草間興信所にて闇鍋パーティがー開かれる運びとなったのである。


1.
 海原(うなばら)みたまが草間興信所に着いたのは、午後7時半を回った頃だった。
 手にはスーパーの袋に入った食材を持ち、軽やかに草間興信所の扉を叩いた。
「あー、誰か来よった!」
 そんな大きな女性の声が聞こえ、扉はみたまに開かれた。

 中は薄暗く、かろうじて足元が見える程度。
 その中をカセットコンロの火がボウッと浮かび上がり、その上に乗せてある鍋を不気味に映し出していた。
「…参加これだけ?」
 コンロの火が照らし出す微かな人の輪郭と戦場で鍛えた観察力で、その場にいる人間を5人だと知りえた。
「あ、あの、僕お邪魔なようなら帰りますけど…」
 こちらは見知った顔。
 月刊アトラスの三下忠雄(みのしたただお)がオズオズとそういうと…
「帰らないでよ〜! あたし、楽しみに来たんだから、闇鍋♪」
 女子中学生・瀬名雫(せなしずく)が立とうした三下を再び座らせた。
 名前は聞いたことがある。
 ゴーストネットOFFという名の巨大サイトの管理人がまさかこんな少女だったとは。
「あんたも座りや、ええと、海原みたまはん?」
 あやかし荘の住人にして大富豪の娘・天王寺綾(てんのうじあや)はみたまを自分の隣へと誘った。
 どうやらお嬢様権限でみたまのことも調べてあるらしい。
「おっほん! よし、全員揃ったな? それじゃあ、各々鍋の材料をぶち込んでくれ」
 草間は偉そうにそう言った。
 しかし実際のところ、草間は鍋に具材を入れることはなく、そんな偉そうな立場にはないのは明白であった。
「んじゃ、入れましょっか♪」
 先陣を切って雫が鍋に具材を入れ始めると、他の参加者もそれに倣い始めた。
 熱い出汁の中に跳ね返りがない様に慎重に具材を落としていく。
「皆さん、何を持ってきてくださってるのか、楽しみです」
 零がふふっと楽しげに笑った。

 ぽちゃん ぽちゃちゃん

 みたまもスーパーで買ってきた「鍋の具材セット(海鮮)」と「鍋の具材セット(牛豚鶏肉)」を次々と放り込む。
(でも、ちょっと多かったかしらねぇ?)
 スーパーの袋の中には後9セットも残っている。
(ま、大丈夫でしょ。育ち盛りが沢山いるし)
 雫と綾に目を移し、みたまは一人納得した。
 そして、ふと娘達のことを思い出した。
 そういえば、みたまは料理が苦手で、そのおかげで娘は大変料理上手な娘に育ったのだ。
(…あの子の料理、食べたいなぁ…)

 だが、それはそれ。これはこれ。
 草間との食事という…それも闇鍋という初の試みに胸躍っているのも確かなのだった。


2.
「よし、全部入れ終わったな。零、鍋奉行を頼む」
 具材が全て投入されると、草間がまたもや偉そうに零に命令した。
「草間はん、あんた、なんか偉そうやね?」
 綾が不愉快そうに言った。
「鍋奉行やりたーい!」
 と、雫がそう言ったので零は困ったようだった。
「雫ちゃん、困らせちゃ零ちゃんが可哀想よ? ここは零ちゃんに任せなさいって」
 みたまが雫をたしなめると「はーい」っと素直な返事が返ってきた。
 ふんわりと出汁のいい匂いが立ち込める室内は、何故か静かなものだった。
 草間は腕を組んで目を閉じているし、綾は三下をツンツンしつつ三下は泣きそうに下を向いていた。
 雫はじーっと鍋を見つめ、零は鍋の具材に時々出汁を掛け回した。
 みたまはというと、ワクワクしていた。
 薄暗い室内。
 見えそうで見えない鍋の中…これが闇鍋…。
「そろそろいいですよ、兄さん」
 零がそういうと、クワッと目を見開いた。
「よし! ではここはこの俺が一番に箸を取るべきだな!?」
 と全て言い終わらぬうちに、綾がグワッと草間の頭を押さえつけた。
「誰が具材持ってきてると思てんねん! この腐れ外道が!」

「…えーと、いただきます」
 零が見なかった振りをして、手を合わせた。
 雫もそれに倣ったので、みたまも手を合わせて見えない鍋の中へと箸を滑り込ませた。
 感触はある。
 しかし、いまいち、それがなんなのかわからない。
(まぁ、食えないものは特にないつもりだけど、食えるものじゃなきゃ意味がないからねぇ)
「とりゃ!」
 気合に任せてみたまは何かをつまみ上げた!
 すばやく取り皿へとその物体をすばやく口の中へと運んだ。
 食べるのならやはり、温かい内がいいだろうと思っての行為だった。
「…う」
 ふんわりとした食感に、出汁の少しの塩味と鼻に抜けるような甘ったるさ。

「これはマシュマロ…?」

 思わず口をついて出た言葉に、「はーい」と名乗り出た人物がいた。
「あたしでーす♪ 甘いし、美味しいかなぁって思って♪」 
「雫ちゃん、これは…きっと焼いて食べた方が美味しいと思う。こう、櫛に刺してね?」
 箸にブスッと食べかけのマシュマロを刺し、鍋の下部の火にかざす。
 じわじわと焼け焦げてふんわりと甘い匂いが漂い始める。
(戦場で時折ダンナ様がこうしてマシュマロ焼いてくれたっけ)
 程よく焼けたマシュマロを雫に渡すと、雫はフーフーと冷ましながら暑さをこらえ一口にそれを食べた。
「…おいし〜!!」
「ね? この方がいいでしょ?」
「そうだね〜。うん。こっちの方がいい♪」
 食べられない味ではなかったが、美味しい顔をして食べられた方が食材も幸せというものだ。
「わぁ、牛肉だ! 僕牛肉何年振りでしょうか…」
 あちらの席では三下が牛肉に酔いしれている。
 どうやら彼はみたまの食材を美味しい顔で食べているようだった。


3.
 せっせと零が鍋奉行として鍋の灰汁を掬う中、みたまは箸を構えた。
 第二戦目である。
「次は何が当たるかな?」
 掴めそうで掴めない鍋の中。
 手探りでまた何かを引き上げた、みたま。
 今度は少し箸で押してみた。
 …弾力がある。
 もしかしたら自分が持ってきた鶏肉あたりなのかもしれない。
 しかし顔あたりまで持ち上げると、箸の先が妙に重い。
 みたまは、ぱくりと一口食べた。
「…微妙?」

 フニャリとした食感ともっちりとした食感の餅巾着だった!

「あ、それ僕です。鍋の具材って思いつかなくて…」
 ハハッと愛想笑いした三下は、その後ぐしゃりと綾に潰された。
「おでんと闇鍋の違いもわからんなんて、ホンマ愚図やねぇ」
 おでんも闇鍋も同じ鍋料理なのだが、その辺つっこまないほうがよさそうな雰囲気である。
 餅巾着はそれほど悪い味でもなかったのだが…。
「みたまはん、これ食べて〜。うちが持ってきたんよ〜」
 綾はみたまの取り皿に強引に何かを乗せた。
 どうやら綾は暗視スコープでも持っているようで、自分の食材を鍋から掬い出しているようだ。
「おい、それじゃ闇鍋の意味が…」
「草間はんは黙っとき! ささ、どんどん食べてや〜」
「綾さんが鍋奉行になっちゃいましたね」
 仕事をとられた零が苦笑いした。
 みたまは自分の取り皿に置かれた何かを見つめた。
 それが何かを見極めようとしたが、みたまは考えるのをやめた。
 食べてみればわかるのだから、食べてみればよいのだ。
 ここは戦場でも敵中でもない。

「ぱっくん!」

 しっとりとした魚介の舌触りと、程よい塩の加減が絶妙な味だった!
「どや? うちの持ってきた下関直送の高級トラフグやで♪」
 綾がご機嫌でそう言うと「おぉ、美味いな」と草間が同調した。
「美味し〜! さっすが綾ちゃん! よ、お嬢様!」
 雫もそういうと綾が次々と放り込むフグをパクパクと食べだした。
「あの、僕はこっちの鰯のつみれの方が…」
「三下は庶民やもんなぁ〜。高級食材が口に合わんの当然や」
 綾が三下に対し高笑いした。
「おいしいですね」
 零は奥ゆかしく、はにかんだ。
「そうやろ、そうやろ♪」
 綾はどんどん調子に乗っていく。

 だが、

「…なんか、おかしい」
 そう最初に言い出したのは他でもない、みたまだった。


4.
 舌にぴりぴりとした違和感が走る。
 これは…まさか…
「ひとつ訊いていい? フグの調理は誰が?」
 みたまがそう尋ねると綾はあっさりと答えた。

「うちやけど?」

 みたまの思わぬ罠がここにあった。
 すぐに部屋の電気をつけに走る。
「全員早急に食べた物吐いて! フグ毒のテトロドトキシンだよ!!」
「えぇ!?」
 暗くてよくわからなかったが、おそらくその場の全員の顔が青くなったのではないだろうか。
「うぇええ」
「うぷっ…な、なんか気分が…」
「な、なんやの!? うちが悪いん??」
 綾のいう通りだが、この場合そんなことをとっている場合ではない。
「すぐに医者の手配を!」
 みたまが叫ぶと綾は携帯を取り出し、すぐにどこかへ連絡を取り出した。
「わかった! …あ、天王寺医療チーム!? 今すぐ来てや! 草間興信所や!」
「は、花畑が見える…」
「草間! しっかりしろ!」
「はにゃはにゃ〜〜…」
「雫さん! しっかり!」
 すっかり野戦病院と化した草間興信所。
 その後、天王寺医療チームが到着し、草間興信所にいた全ての人間が天王寺の医療機関へと運ばれた。
 全く食べていなかった三下は無傷。
 零はその体内の浄化作用によりこれまた無傷。
 みたまにいたっては、持ち前の強靭な精神力と体力でフグ毒を克服し医療チームから是非調査をと言わしめたほどの回復ぶりだった。


5.
「ホンマにすんませんでした」

 数日後、草間興信所に菓子折りを持っていつもの高飛車な様子とは打って変わった綾の姿があった。
「怒ってないから。顔上げろって」
「知らんこととはいえ、ホンマ悪いことしたと思ってんねん。うち」
 それは麗らかな午後の日差しの中。
 みたまが草間の見舞いにと草間興信所に立ち寄っていた時だった。
「知らないでは済まされないこともある、ということを知っておくのもいいのよ? 草間。一歩間違えば死ぬところだった」
 多少厳しい言葉だったが、二度と繰り返されぬ様に願うみたまの本心でもあった。
「うちな、それで勉強したんよ。ホンマ、みたまはんの言う通りや」
「そうか。まぁ、反省するのはいいことだな」
 草間も毒の後遺症がなく、既に復帰していた。
 そう。
 だからこれは終わったことなのだと、誰もがそう思おうとしていたその時…

「それでな、うち、フグの調理師免許取得してきたんよ」

『…は?』
 みたまと草間の声が重なった。
 その綾の発言が、悲劇の始まりを告げた。

「今日はフグ鍋パーティーや! また下関から直送してもろたんやで! いっぱい食べてや〜♪」

 天王寺グループの黒服に連れられた雫と三下の影が興信所に近づく。
 沸騰した出汁がなみなみと入った鍋と、綺麗に切り分けられ盛り付けられたフグ。

  国が違えば色んな"鍋"がある。
  作り手と食べ手の関係が良好なら…。

 そうは思ってみたもののこの鍋を食べるべきか、食べざるべきか。
 みたまは、既にここが戦場の最前線であるのだと悟った…。


−−−−−−

■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

 1685 / 海原・みたま (うなばら・みたま) / 女性 / 22歳 / 奥さん 兼 主婦 兼 傭兵

 NPC / 瀬名・雫 (せな・しずく) / 女性 / 14歳 / 女子中学生兼ホームページ管理人

 NPC / 三下・忠雄 (みのした・ただお) / 男性 / 23歳 / 白王社・月刊アトラス編集部編集員

 NPC / 天王寺・綾 (てんのうじ・あや) / 女性 / 19歳 / 女子大生

■□     ライター通信      □■
 海原・みたま様

 お久しぶりです。またご縁がありましたことを心よりお礼申し上げます。
 この度は『THE・闇鍋』へのご参加ありがとうございました。
 お一人様の参加でしたので、NPCを色々とご一緒させていただきました。
 綾さんや雫さんとは面識がないようでしたので、このようなお話となりましたがいかがでしたでしょうか。
 冬はお鍋がやっぱり美味しいなぁと思います。
 娘さんの料理が好きなみたまさん、素敵ですね♪
 それでは、少しでも楽しんでいただければ幸いです。