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<東京怪談・PCゲームノベル>


【翡翠ノ連離】 第八章



 夢の中の自分が『自分』を見ている。
 眠っている『自分』を、窓からそっと覗き込んでいる。
 薄汚く、放浪の末に会ったかのように嬉しそうに微笑んでいる。
 『自分』を見つめるその瞳には慈愛が満ちている。

 待ってて。

 そう、自分は口にした。
 けれどそう無理。あなたは死んだ。殺された。
 残されたのは『自分』。
 瞼を開けた『自分』は、視線だけ動かして窓の外を見た。やはり、覗き込んでいる者はいない。
 だが……。
(…………とうとう、きた)
 この『時』が。
 旅立ちの時が。
 決着の時が。
 ベッドから降りたアトロパは着慣れた衣服に袖を通す。
「……姉さん」
 ねえさん。
「会いに行く」
 そして……。
 世界を救うよ?



 リビングに行くと、首を締め上げられている鳳凰院ユリアンの姿が目に入って驚く。
 締め上げているのは明姫アリスだった。それに……ナタリー・パトリエールもいる。なぜここに?
 驚愕しているアトロパに気づき、鳳凰院アマンダが「おはようアトロパちゃん!」と声をかけてきた。
 ……普段なら、なんということのない穏やかな朝食風景が繰り広げられているはずなのだが、今日は随分と賑やかだ。
「……これは何事なのだ」
「アトロパのことが心配で、アリスもナタリーも様子を見に来たんですって」
 その言葉にアトロパは目を見開く。
 心配? なぜ?
 不思議そうにしていると、アマンダが優しく両肩に手を置いてきた。
「じゃあとりあえず朝食にしましょう。ほら、座ってみんな」

 食事はアリスとナタリーのものも用意されている。恐縮する二人だったが、アマンダがあまりにも強くすすめるので断れなかったようだ。
「とりあえず事情はわかったわ」
 サラダを飲み込み、アリスはアトロパのほうを見てくる。
「アトロパは狙われてるってこととか、色々。なんで話してくれなかったのよ!」
「言えるわけないだろ! ボクだって半信半疑だったんだし」
「ユリアンには訊いてないわよ! アトロパに訊いてるの!」
 視線を向けられたアトロパはもぐもぐと平然と朝食を口に運んでいる。ちらりとアリスを見て、うむ、と頷いた。
「アトロパの使命は話しても良いが、追跡者のことを気軽に話すべきではないだろう? 巻き込むわけにはいかぬ」
「同じバンドの仲間……リーダーとして見過ごせないわよ! そんなの!」
 いきり立つアリスを、横に座る麻里奈が「まあまあ」となだめる。
 それぞれの思惑が交錯する中で、アトロパは一人黙々と食事をしていた。まるで、誰の声も耳に入っていないかのように。



 追跡者に言われたことでアトロパはひどく動揺していた。その時からだ。彼女はやたら寡黙になり、あまり喋ろうとはしなくなったのは。
 だからこそだろう。
 アリスもナタリーも、みんな励まそうと必死な表情をしている。
「ねえねえアトロパ、ナタリーの服、いつもと違うと思わない?」
 話題を振ったのはアリスだった。
 ナタリーはいつもの露出が多めの衣服ではなく、ベレー帽に長袖シャツに、スカート……その下は黒のストッキングだ。
「可愛いわ! ね、アトロパもそう思うでしょう?」
「……そういうものは、よくわからぬ」
 ぽつりと返すアトロパは、神妙な表情をする。
 アトロパ以外のメンバーが、互いに顔を見合わせた。
 彼女を守ることに関しては一致団結できても、アトロパの心を助けることができない。
 アマンダも麻里奈も襲撃者のことに意識が向いてしまう。あの男は強かったし……『異常』だった。
 次に会った時、どうなるかわからない。
 暗く沈んだ空気の中、口を開いたのはアマンダだった。
「ナタリーちゃんの衣服、本当に可愛いわね。アトロパちゃんにも似合いそう」
「そうね」
 うんうんと頷く麻里奈だったが、アトロパは小さく「そうか」と呟いただけ。
 朝食を食べ終え、食器の片付けをしている最中のアマンダの耳に、アトロパの声が響いてきた。
「もう……みなに守ってもらう必要はない」
 し……ん。
 辺りが静まり返り、全員がアトロパを見つめた。
 彼女は静かに続ける。
「もうよい。だいたいのことは、わかったのだ」
「わかったって、何が?」
 ユリアンも身を乗り出して尋ねる。
 静かに……アトロパは視線を伏せた。
「ど、どういうことよ、アトロパ?」
 麻里奈が切羽詰ったようにアトロパの肩を揺する。
「言ったとおりの意味だ。もう世界を救済する準備は整った。だから、護衛は必要ない」
 はっきりと、低く言う。
 彼女はみんなを見回し、頭をさげた。
「本当に世話になった。ありがとう」
「まさか……出て行く気じゃないでしょうね?」
 憤怒を押し殺して訊いてくる麻里奈に、アトロパは頷く。
「そうだ。目的地は決まっている」
「どこよ!」
「言えぬ」
 きっぱりと言い切り、アトロパは小さく微笑んだ。そして視線をユリアン、アリス、ナタリーに向けた。
「バンドを続けられないかも知れぬ。どうなるかもしれないから、確約はできぬ。
 だが、楽しかった」
「ちょ……っ!」
 立ち上がろうとしたアリスをナタリーが抑え込んだ。
「…………事情を話してくれるわね、アトロパちゃん」
 全員の前に紅茶の入ったカップを置いていくアマンダに、アトロパは頷いた。
「アトロパは世界を救うために、そう指名されて、あそこを出てきた」
「あそこって?」
 ユリアンも心配そうにうかがってくる。
 アトロパは長い長い呼吸をして、それからゆっくりと口を開いた。
「場所の名前はわからぬ。だがそこに、ある人がいる」
「ある人!?」
 仰天する麻里奈に「しっ!」とアマンダが人差し指を立てる。
「アトロパは、世界を救済するために外に出された。いつかわからないが、その時がくれば『わかる』と言われていた」
 そして。
「『その時』がきた」
「どうしてそんなことがわかるのよ!」
 麻里奈には信じられない。なぜ突然!
 アトロパは表情を変えない。
「姉さんの夢を見た。窓の外にいた」
「窓?」
 この警戒な家に? そんなバカな。
「呼んでる……。だからアトロパは行かなければならない。やらなければならない」
「やるって……なにを?」
「『アトロパ』を集める」
「あつめる?」
 意味がわからない。
「漠然としかわからない。だがわかる。そこへ行けば。
 そして世界を救うのだ」
「襲撃者がまた来るわ! みんなで行くべきよ!」
 麻里奈が立ち上がり、周囲を見る。アマンダも頷いた。
 ユリアンもおずおずと頷いてはいるが、その様子をアリスとナタリーが心配そうに眺めていた。
「一緒に来てもいいが、命までは保証できぬ」
 アトロパは沈んだ声で言う。
「世界は間違いなく助かるだろう。救済されるだろう。
 姉さんもきっと、喜んでくれる」
「姉さん? アトロパって姉さんがいるの?」
 不思議そうなユリアンに、アトロパは頷くだけだ。
「姉が……いるのだ。二人ほど」
「ふたり?」
「そうだ。とても賢い姉たちだ。私はおちこぼれ」
 懐かしむようにアトロパは目を細めた。
「アマンダたちのように、こんな風に食卓をみなで囲んだことはない。
 固形状の栄養剤を食べていた記憶はある。調理したものも、少しは食べたことはある」
「なにそれ……」
 唖然とするアリスやナタリーだったが、アトロパは平然としている。異常な生活を送っていたのは、確かなようだ。
「だから、ここでは戸惑った。『家族』がよくわからなかった。
 だが……この間、襲撃者は言った。『家族ごっこ』は終わりだと」
 終わりだと。
「その時に、悟ったのだ。もう『終わる』のだと。
 終幕の時は近づいている」
 襲撃者はそのことを知っている。あそこまで強いのに、アトロパを『見逃した』のはなぜだ?
「避けられない。もう『終わり』はそこまできている」
「一緒に行くわよ、絶対に!」
 麻里奈がアトロパの腕を掴んだ。強く、強く……!
 この行為がどれほどアトロパによって喜ばしいことか、きっと彼らはわからない。
「ねえ」
 ナタリーが、しぼんだ声で呟く。
「終わったら……戻ってくるんでしょう?」
「確約はできぬな。どうなるのか、アトロパは知らされていない」
 重い空気に誰もが口を噤んだ。
 この楽しい生活が、ここで終わるかもしれない。誰もが、そう……感じていたのだった。
 楽しいものには終わりがくる。それもまた……わかっていたことなのだから。



 夜の星を見上げる。
 明るい空だ。夜だというのに。
 その中を、アトロパは歩いていた。
 目指す先には、東京タワーがある。
 『個』は『集』でもある。
 靴音を慣らし、前へ前へとすすむ。
「東京タワー……」
 見上げた先には真っ赤な建造物がある。
「よく来たな」
 襲撃者の姿にアトロパは動じない。
 彼はここに来るであろうことはわかっていた。ここに来て、アトロパを殺すつもりなのだろう。
「どうしても、世界を救済するのを止めるつもりか」
「いいや?」
 男は小さくわらった。
「おまえのやろうとしていることは、世界を破滅させることさ」
「…………どこまで知っているのだ」
「『浄化計画』のことは、少しは」
 悪びれもせずに言う男は、漆黒の銃を構えている。銃口はぴたりとアトロパの眉間に定められている。
「どうせ効かないんだろ、毒花の女」
「……そのことに関してはアトロパは知らぬ」
「おまえを殺しても次が出てくる。一斉に掃除するには、ここはもってこいだ」
 かつん、かつん、と、あちこちから足音が聞こえてくる。
 薄汚い格好をした、そっくりのアトロパ『たち』がそこに集結してきていた。
 ぞろぞろと…………ぞろぞろと――――。
 そっくり、ではない。何一つ違わない存在たちがそこに集まっている。
「おいでなすったか。ベラの模造品たち」
「アトロパは、世界を救う」
 全員が、一斉に喋った。寸分のたがいもなく。
「そして……そして、この世界を救うのだ。憂いのない、みなが幸福になる世界を!」
 銃口がまったく動かない。
 男は緩く首を左右に振った。
「ソレを誰かは幸福と呼ぶだろう。
 だがソレは、べつの誰かが不幸と呼ぶだろう――――」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【8094/鳳凰院・アマンダ(ほうおういん・あまんだ)/女/101/主婦・クルースニク(金狼騎士)】
【8091/鳳凰院・麻里奈(ほうおういん・まりな)/女/18/高校生・クルースニク(白狼騎士)】
【8301/鳳凰院・ユリアン(ほうおういん・ユリアン)/男/16/高校生】
【8078/明姫・アリス(あけひめ・ありす)/女/16/高校生】
【7950/ナタリー・パトリエール(なたりー・ぱとりえーる)/女/17/留学生】

NPC
【アトロパ・アイギス(あとろぱ・あいぎす)/女/16/?】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、鳳凰院ユリアン様。ライターのともやいずみです。
 とうとうあと1回で終了です。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。