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スープの危険な香り
どこにでもある沖縄の家にて。そこに住んでいる親父は顔を洗いに洗面所へ行った。
「なんじゃこりゃ」
親父はひるんだ。蛇口からスープのようなものが流れ出たのだ。
どれどれと母親はカップを持ってきてそれを拾い上げた。そして口にする。
「おいしいじゃないの」
母親は感心するが、
「でも井戸からこんなものが出るのかい?」
「まぁまぁ。水道の不安なら新たに通せばいいのよ。それよりね……」
母親は親父にある提案をした。そして――
『怪奇新聞 特別号』
沖縄の田舎より、蛇口からスープが流出した。衛生検査でも無害と判明したため、その一家はスープ屋を開業し、繁盛する。○日、突然一家蒸発すると同時に井戸も枯れてしまった。警察の調べにより井戸の底より骨や爪が発見された。DNA鑑定したところ、家族と一致。
更に別の村で再びスープ井戸が発生した。村民はこれを貴重な収入源とし、井戸を利用することに。前事件のように一家蒸発しないよう、防犯カメラで厳重に警戒し、夜は村はずれの警備厳重なホテルに全員避難する。すると再び井戸が枯れた。村民は無事。ただ、底に青い旗状の物が残された。鑑定の結果、セーラー服の四角い襟だと判った。制服は東京の学校らしい。東京で行方不明になってる少女のものだろうか?
これらの事件は売り上げ分配による家族間のトラブルか。そうならば全員死ぬわけはない。強盗殺人犯による死体遺棄か。これも違う。家に別の人間が上がり、荒らされた様子もなく証拠がない。そのうえ井戸に死体を放棄するのは浅はかな選択だ。
「ふー」
飛行機に椅子に座る金髪の女性はため息をつく。
「やっかいな仕事を頼まれたものだわ。適任とはいえね」
女性を乗せた飛行機は、鮮やかな空に吸い込まれるように飛び去った。
彼女はまず沖縄の警察へ向かった。
「エル・レイニーズ刑事ですね。ご苦労さまです」
『エル』と呼ばれた刑事はまず、どこまで捜査が進んでいるのかを確認しようとした。しかしふと見たら一人の女の子がいるではないか。一見普通の女子高生のように見えるが、顔の両方にある尖った耳。ただ者ではないとエルは判断した。
「その子は?」
「はい、今回の捜査にどうしても協力したいと言ってまして……」
不思議な女子高生はおじぎして、
「三島玲奈です。この事件について少しでも役に立ちたいなーと思って、ここに来ました」
と自己紹介をしてくれた。エルは人間ではない者と縁があることが多いので、敵意は感じないと思った相手ならば、すんなり信頼することができる。
「私の名前はエル・レイニーズ。よろしく、三島さん。」
二人が向かったのは、制服が残されていた井戸であった。
「あたし、制服の持ち主の調査をしていたんです。布の残留思念を読んで」
怜奈の紫と黒のオッドアイがエルに向けられている。
「そんなことできるの?」
「ええ。おかげでたくさんの情報を仕入れちゃいました」
そこから怜奈の話が続いた。インターネットの動画サイトで、沖縄の豚肉工場にて、次々と豚が殺されるシーンを映した動画が流れていた。畜産壊滅を願う少女はそれを見て沖縄までやってきた。そしてスープ井戸の近くにある豚肉工場に寄り、話をするが彼女の想いもむなしく去ってしまう。そこまでは読めるのだが、そこから先はわからないらしい。
「まずは豚肉工場に行きましょう」
そうして豚肉工場をみつけた。偶然なのか元スープ井戸のすぐ近くだ。入り口前にいた男に、
「私は刑事としていくつか質問がありますが、ご協力いただけませんでしょうか?」
と自己紹介すると、少し驚いたように男は休憩所まで案内してくれた。
工場内の休憩所なので、決して静かとは言えないが、机と椅子はあったので、そこに腰かけ、怜奈は質問をした。
「ここにこの制服の女子が来ませんでしたか?」
と、制服の切れはしを見せてやった。
「あぁ、覚えてるよ。確か『豚を殺すのやめてください』と言ってて、もちろんそんな願いを聞き入れられないから、すぐ帰したんですよ」
「じゃあもう一つ。ここの工場の様子を誰かが動画で流したのですが、心当たりはありませんか?」
「ないない。少なくともここの従業員はしない。カメラもみつかってない」
「そうですか……」
話の済んだ二人は工場を離れた。すると驚くべき事態が発生していたのだ。
「スープ井戸がまた発生したの!?」
「どうする、三島さん。わたしはとりあえず張りこもうと思うんだけど……」
「待って、エルさん。あたしにいい案があるの」
夜、怜奈は制服姿になり、スープ井戸を見下ろす。エルは気配を消して近くの民家を盾に隠れた。この作戦は怜奈によると、
「あたしが動物愛好家っぽく女生徒に扮装して、エルさんは張りこみ。そこで何かが起こるかもしれないから、そこで犯人逮捕よ!」
ということらしい。
三十分経ったところで、姿かたちからして「魔女」と思えるような人がやってきた。
「まぁ。生贄がわざわざ井戸の前にいるとはね……」
魔女は怜奈の制服――皮膚も同時に鎖骨付近を切り刻んだ。血が脈々と流れ出る。
「これよ。この血があれば召喚できるのよ」
そこで魔女は怜奈に催眠術をかけたのか、眠らせて血を天にかざした。すると魔法陣が現れ、
「おいでなさい、悪魔よ。人間の魂をいまこそ食いつぶす時です」
その言葉を発すると、しばらくしてから悪魔が魔法陣の下から姿を現した。
「そこまでよ!」
エルの叫びだった。魔女はすぐさま去ろうとしたが、彼女は許さない。魔女の霊魂に直接働きかけ、身体ごと動けないようにした。
「少女への傷害罪で逮捕よ」
エルは手錠をかけ、ハンカチで呪文を唱えられぬよう、口もふさいだ。ただ残念なことに悪魔の姿はもうない。すると怜奈がむくりと起き出した。
「ごめんなさい。寝ているふりをしてたの。あんな魔法が効くほどやわじゃないわ」
「じゃあ傷は……?」
「変身すれば治ります。いますぐ悪魔を追いかけなくては」
かわいらしい怜奈は一変、土竜に変身した。猛速度で土を掘り、悪魔を追跡。
「悪魔の気配はつかんでる。地獄に行くまでに逮捕しちゃえばこっちのもん」
悪魔は後ろから何者かが近づいているのを感じた。
「ふん、しかしもうすぐ地獄に着く。追いつけるわけには……」
悪魔はそう言い終わる前には、すでに怜奈は悪魔の前にいた。
「地獄になんて行かせないわよ。逮捕する!」
その後の供述。魔女は悪魔と契約を結ぶことによって魔術を得ていた。その契約とは悪魔に魂を捧げ続けることだ。美食家の魂でスープ井戸を作りだし、人間にあぶく銭を稼がせ、肥え太った魂を得たかったのが悪魔の目的であった。
「まったく同情一つできない事件ね」
沖縄のスープ井戸の前には、いまでは花が置かれている。その中には怜奈のものもあった。
そんな彼女はセーラー服の切れはしを持って、東京の住宅街にいた。この近くに住んでた行方不明の女子高生こそ、あの制服の持ち主なのだ。
「本当は遺骨も届けたいけど……これだけでも持っていって、事情を報告するのがせめてもの優しさかな」
怜奈は深い住宅の中へと消えていった。
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