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金色の翼の天使
1.
そこはどこだったのでしょう。
海原(うなばら)みなもは気が付くと、大きな木の扉の前に佇んでいました。
大きな森に囲まれた大きな扉。
みなもは吸い込まれるように、その扉を開けました。
「ようこそ。夢の図書館へ」
そこに待っていたのは、大きな本を抱えた女の人でした。
「えぇと、あの…」
戸惑うみなもに、女の人は言いました。
「申し遅れました。私、コダマと申します。この図書館の司書です」
みなもは思い出しました。
(そうだった。あたし、学校の調べ物をしようと思って…)
「どうぞ。今日はあなたの為に開かれた図書館です」
みなもの心の呟きが聞こえたかのように言うと、コダマは司書の席へと戻っていきました。
「大きな図書館…」
見上げると天井いっぱいにまで積み上げられた本が、今にも落ちてきそうでみなもは少し足がすくみました。
でも、勇気を持って足を踏み出します。
「生物…のカテゴリーは…」
一階から順に巡っていくことにします。
とても綺麗に整頓されていて、見つけることは容易そうです。
と、みなもの心に大きく語りかける一冊の本がいました。
2.
「…え?」
最初は空耳かと思い周りを見回し誰もいないことを確かめたみなもでしたが、2回目はさすがに目を疑いました。
キラキラと光る背表紙が、みなもの心に語りかけているのです。
『行こう…一緒に…』
よくみると、小さな羽根の形が背表紙に彫りこまれています。
みなもが思わず手に取ると、キラキラとした光はみなもの全身を包み込んでいきました。
背中の焼けるような熱さに、思わずみなもは「うっ」と呻きました。
そうして、みなもの背中から
バリバリバリッ
と、大きな音を立てて大きな翼が生えたのです。
それは、とても綺麗な金色の翼でした。
『さぁ、行こう!』
本から聞こえた声がそう言います。
「え!? どこへ!?」
『キミの大切な人のところへ…』
図書館の窓から飛び抜け、みなもは大空を舞います。
見慣れた街、見慣れたビル、見慣れた学校。
全てが小さな模型のようでした。
「どこへ行くの?」
みなもはもう一度訊きました。
何故か、怖くはありませんでした。
『キミの大切な人のところへ…』
声はもう一度そう答えました。
気が付くと、みなもは戦場にいました。
3.
火が燃え上がり、あちこちで弾薬と血の匂い。
足元はみな瓦礫と化し、人の住んでいた気配などどこにも残ってはいなかったのです。
みなもはゾッとしました。
これが戦争なのです。
これが戦場なのです。
これが、母の仕事場なのです。
「お母さん! お母さん!!」
声を張り上げましたが、母の姿は見えません。
さ迷いながら、みなもは思うのです。
(こんな所は嫌。こんな所でお母さんが死んじゃったら…)
ブンブンと頭を振って、怖い考えを散らせました。
考えたら本当に起こってしまいそうで怖かったのです。
『ここがキミの大好きな人のいる場所…』
声が言いました。
「一緒に帰ります! 連れて…帰るんです!」
みなもも思わず声を荒げます。
とても怖いけれど、母をなんとしても見つけなければなりません。
一歩一歩瓦礫の山を踏みしめて、みなもは必死に母を探します。
『…あっち…』
声が、弱々しく言いました。
「え? どこ…?」
みなもが声の方向を見ると、
そこには、うつ伏せに倒れた母の姿がありました。
4.
「お母さん!? お母さん!!」
悲痛な叫びが戦場を走ります。
みなもは、倒れた母に駆け寄りました。
抱き上げた母は虫の息で、みなもでは手の施しようがありません。
「どうしよう? どうしたらいいの!?」
『助けたい…?』
声は言います。
「当たり前です! お母さんなんですよ!? たった一人の!」
ボロボロと涙が溢れ出し、次から次へとみなもの頬を伝います。
『な、泣かないで…』
声がオドオドとそういうと、どこからともなく「探しましたよ」と声が降ってきました。
見上げると、そこにはあの図書館の司書が空から舞い降りてくるところでした。
「あまりに突然でしたので、探すのに苦労しました」
そういうと、司書は手に持っていた本を数ページめくりました。
すると、みなもの周りの景色がさぁっと図書館のあの部屋へと戻っていくのです。
抱き上げていたはずの母は赤い羽根へと変わり、どこかへ消えていきました。
「ごめんなさいね、あなたの中の子はちょっといたずら好きみたい」
司書はそういって、みなもの背中に生えていた羽を丸い繭状に包みました。
すると、繭状の羽は段々と小さくなって、やがて小さな羽根の生えた子猫になりました。
「あの…これは?」
みなもが質問すると、司書は丁寧に説明してくれました。
「この子はあなたの中にいた天使です。
本来はあなたを守ってくれるの。
でも、あなたの中には大切な人が他にいたみたいで嫉妬してしまったのでしょうね」
きゅぅん、と子猫がひと鳴きて、司書の後ろへ隠れてしまいました。
「…おいで」
みなもが手を差し出すと、子猫はすりすりと近づいて言いました。
『ごめんね』
「ううん。いいの。あたしこそ、気が付かなくてごめんね」
みなもは子猫を優しくなでました。
ふんわりとした手触りが、どことなく小さな妹の頭を思い出させます。
小さなクリンとした黒い瞳が、姉を思い出させます。
「あたし、そろそろ帰らなくっちゃ…」
みなもが立ち上がると、司書はみなもを呼び止めました。
「この子も連れて行ってあげてください。この子はあなたの役に立ちたいのですから」
5.
「にゃーお」
ペロンと指を舐められて飛び起きると、そこは図書館の前にあるベンチの上でした。
みなもはそのベンチで寝ていたようでした。
「夢…? 夢を見てたのかな?」
しかし、夢ではありませんでした。
『みなも、どうした?』
羽はありませんでしたが、それは紛れも無くあの子猫でした。
振り返ってみましたが、図書館の扉は閉ざされています。
司書が出てくる気配もありません。
「…帰ろうか」
「なーう」
みなもは歩き出しました。
夕暮れの道を1人と1匹で。
夕焼けが大きな金色の翼を広げ、二人の影を包み込んでいるようでした。
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