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<東京怪談ノベル(シングル)>


キミノ カエル バショ
 三島玲奈は眼前に広がる光景を見つめていた。
 水兵服に身を包んだ彼女の手には、古ぼけた笛が握られている。
 後ろは戦場。
 月と地球の引力の間にある大気圏藻海。そこは空に存在する「現在とは同時刻の別世界」
 そこでは二艘の船は戦闘を繰り返していた。
 甲板の上で産まれ、甲板の上で死んでいく。そんな事を繰り返す世界。
「…それも、今日でおしまい」
 玲奈はぽつり呟き、手の中の笛に視線を落とした。

『人生を自由に往来する事が出来る笛』
 
 それを手に入れた。
 手に入れたその日から、幾度も船から脱出を測ったが、船−海王丸の骸骨に阻まれる。
 しかし今日は違っていた。
 引力異常の発生か、地上の校舎がすぐ目の前、藻海に出現したのだ。

「いかせるものか!」
 骸骨がいつものように叫ぶ。
 玲奈は笛を握りしめて思い切り跳躍すると、校庭へと降り立った。
「まて!」
 すぐに骸骨が追ってくる。
 すかさず逃げようとしたところに、盛大な笛の音が響き終わった。
 思わず自分の持っている笛に目を向けた玲奈の上に影がおちる。
「そんな格好で何をしているの! しかも教材の骨格標本まで持ち出して!!」
 いきなりの事に玲奈は固まる。
 予期していた言葉とは違っていたからだ、
 しかし骨格標本とは…? と思ってみると、腕に風紀委員、とかかれた腕章をつけた玲奈とあまりかわらないくらいの年齢の女の子が、びしっと玲奈の後ろの骸骨を指さしていた。
 骸骨もあまりの展開に動きが止まっていた。
「そのズボンも校則違反ですよ!!」
 腕を捕まれそうになり、咄嗟にさける。
 後ろでは同じように骸骨が捕まれそうになり、逃げていた。
 戦闘の始まりか。玲奈は体に刻まれた戦闘知識で掴みかかってくる風紀委員達と戦う。
 しかし戦闘慣れした船の住人と違い、動きが読みにくい。
 骸骨も苦戦しながら、いつしか共同戦線をはっていた。
「後ろ危ない!」
 玲奈が庇えば、
「横!」
 と骸骨がフォローに入る。
 息のあったコンビネーションの前に、風紀委員はすべて校庭に倒れてしまっていた。
「……ありがとうございます。それから…あなたの事が好きになりました!」
「えっ…」
 突然の骸骨の告白に、玲奈はキョトンとなりつつ目をこする。
「あ…」
 そこにあったのは指輪。
 その指輪の力で、玲奈は骸骨の肉体を蘇生した。
「……びっくりね」
 肉体が戻った骸骨は、目映いばかりの美少女だった。
 玲奈と少女は互いに契りの呪縛を施す。
「……なんだかよくわからないが、服を着ないか」
 あきれた男性の声が聞こえて、骸骨美少女が裸だと言うことに気がついた。
 男性は教師と名乗った。

「私が嫁を貰うなんて…」
 玲奈を男性とでも思っていたのだろうか、少女が保健室でスクール水着を着ながらぼやく。
「それはこっちのセリフよ」
 玲奈のつっこみ。夫婦?喧嘩の相性も抜群らしい。

「ここでは運動で勝負を決めるのね!」
 体操服にブルマ、という格好になった二人は、体育の授業を受ける。
「遅い遅い!」
 軽やかに校庭を走る玲奈に、少女がむきになって追いかける。
 二人の息は上がり、汗だくになりながら校庭で競い合う。
 その後は制服と呼ばれるものを着させられた。
 ここでは個性を規律で制限するものだ、と教師が語る。
 初めてはくスカート。今までは戦闘の為のズボンばかりだった。
「綺麗ね」
 少女に言われて、玲奈は顔を赤らめる。
 次は勉強、と呼ばれる物で互いが競い合うのだと教えられた。
「これが可能なら…」
 少女のつぶやきに、玲奈がうなずいた。
「いつまでも戦闘を繰り返さなくても大丈夫よね♪」
 嬉しそうな玲奈に、少女が微笑む。
「帰って二人で、みんなを説得して戦闘をやめさせようよ! 戦闘で血を流すより、走って汗流して競い合う方がずっといいと思うの」
 玲奈の言葉に少女は頷く。
 玲奈は今でも戦闘が続いている船の方を見つめ、拳を振り上げる。
「大丈夫、あたし達二人がいれば絶対に出来る! 手伝ってね♪ あ、そうだ、その前に名前つけなきゃね。…前の名前って覚えてる…!?」
 振り返った玲奈は、呆然と固まった。
「え、なんで…あれ?」
 少女の姿はなく、足下に軽く山になった砂が落ちていた。
 その砂が、風とともに舞い上がった。

「あなたなら出来る、応援してるから…ありがとう、私の愛しい人。一時でも楽しかった。嬉しかった…また、どこかで出会えるのを楽しみにしているわね…」

 空耳かと間違えそうなくらい小さな音。
 しかし玲奈の耳にははっきりと、しっかりと聞こえていた。
「ば、ばかぁ……一緒じゃなくちゃ意味ないじゃないの…」
 一筋の涙が玲奈の頬を伝ったのを皮切りに、次々と涙があふれ出す。
「嫁のくせになんで先に逝っちゃうのよぉ…ふ、夫婦は支え合うものでしょぉ……」
 次々とあふれ出す涙を、玲奈は止める術を知らなかった。
 かつては敵同士だった。
 そして仲間になり、夫婦になった。
 数奇な運命の悪戯に翻弄され、玲奈はパートナーを失った。
「……」
 座り込んだ手のひらに、残された砂が触れる。
 それを握りしめ、意を決したように立ち上がった。
「ちゃんと、ちゃんと見ててね。あたしやるから。…で、また出会ったら文句言ってやるんだから、嫁のくせに勝手なことするな、ってね!」
 風が涙で濡れた頬を撫でていく。
 玲奈は笛と砂を握りしめ、2艘の船を見つめた。