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<東京怪談ノベル(シングル)>


月下に舞う華―前編


深い藍色に染め上げられた夜空に柔らかく輝く月から避けるように駆け抜けていく一つの影。
ナビに示された場所はかなり前に建設会社と取引業者が破綻し、建設途中で放棄された廃ビル。
だが、廃ビルの中を我が物顔で闊歩する怪しげな男達の姿をしっかりと捕えた。
「情報どおり……ですね」
影―水嶋琴美は口元に小さく弧を描く。


―大規模なテロ組織の拠点が判明した。事は急を要する。
司令から告げられた言葉を琴美は一つ頷くと、すばやく身をひるがえして執務室を辞した。
全てを聞かずともなすべきことは理解し、行動に移すのみ。
自衛隊・特務統合機動課―非公式に設立された暗殺、情報収集等の特別任務を目的にした特殊部隊の一翼を担う琴美には当然だ。
何より今回の標的はしばらく前からマークし、ようやく突き止めた大物中の大物。
お決まり通りの連携・連絡を計っていたら逃げられるのが関の山と上層部は判断し、非公式だが実行力に長けた特務統合機動課に一任したのだ。
―特務統合機動課の一員ならば期待に応えなければならない。
手に嵌めたグローブをきつく嵌めなおすと琴美はゆるやかに夜の闇へと溶けた。


むき出しのコンクリートの床に座り込みながら、小さくあくびをこぼす年若い構成員に入り口付近で銃を構えた構成員の2人組は不機嫌を隠さず、舌を打つ。
異常がないとはいえ、いつ何時戦闘になってもおかしくないというのに緩みすぎである。
2人組うち無精ひげを生やした男は目に凶暴な炎を宿らせ、その構成員の元へ歩み寄ると無言で蹴り飛ばす。
苦痛の声をあげ、床に這い蹲る構成員を男は容赦なく殴る蹴ると暴行の手を緩めない。
「気ぃ抜いてんじゃねーよ!ガキが。有難い先輩の教育を受けやがれ」
「ひぃぃぃぃっ!!すんません、すんませんっ」
静寂の中に響く構成員の悲鳴と狂気に彩られた男の笑い声は別のフロアにまで届き、乱暴に扉が開け放たれた音と共に複数の足音が飛び込む。
それまで傍観を決め込んでいたもう一人もこれには慌てて静止をかけた。
「やめろっ!それ以上やったらやば……」
「おいっ、何してやがる!!」
勝手な制裁は連帯責任でそれ以上の制裁を受けるのだ。発覚する前に止めようとした声は別の―地を這うような低い威圧感のこもった男の声に打ち消される。
ぎくりと身を震わせ、無精ひげの男はその場で凍りつき―ゆっくりと振り返った瞬間。
頬に強烈な一撃を喰らい、反対側の壁まで吹っ飛ばされる。
同時にもう一人の男も腹に拳をえぐりこまれ、激しくむせながら床に転がった。
「遊んでんじゃねーよっ、テメーら。これからデカイ花火が上がるってのに、ふざけた真似してんなっ!!」
モスグリーンの軍服らしき服を纏い、左頬から鼻にかけて切り傷を持つ男―幹部の一喝に殴られた2人組は呻きながらも許しをこう。
普段から古株であることを傘に威張り散らしている彼らの無様な姿に幹部に従って踏み込んできた男達の間から失笑が上がる。
「今、ボスがお見えになってんだ。下っ端のテメーらがふざけた真似してるとお怒りを買って、沈められんぞ?分かってんだろ!」
幹部の言葉に散々見せ付けられた過去の事実をまざまざと思い出し、凍りつく。
「あら、随分と乱暴なお話ね?」
場違いなまでに穏やかで涼やかな女の声が幹部の耳に囁かれた。
むさ苦しい男達しかいないはずのフロアに何故?と思いつつ、反射的に振り向いた幹部の網膜に焼きついたのは編み上げられた漆黒のブーツ。
顔面をまともに捕えた凄まじい蹴りを喰らい、大の字になって床に倒れ伏す幹部の姿に誰もがざわめき立ち、侵入者に警戒を露にする。
と、割れたガラスの天窓から淡い月明かりが降り注ぎ、薄暗いフロアをゆっくりと照らし出す。
ざらりと汚れたリノリウムの床にほっそりとした影が落ちた。
居合わせた誰もがごくりと息を飲み、その影の先を追い―声をなくす。
なびく黒髪。しなやかに鍛え上げられた両足を覆う編み上げのロングブーツ。
足のラインを強調するようにフィットした黒のスパッツとその上を覆う短いプリーツスカート。
さらに動きやすいように半そでにまでしかない両袖に腰の辺りで帯を巻いた丈の短い着物が豊満な胸とほっそりとした色白な腕を否応なく意識させる。
ゆるくした襟から覗く黒のインナーがなんともいえない色香を生み出す。
滅多にお目にかかれない美人というだけで、敵と対峙しているという状況も忘れてだらしなく鼻の下をのばす構成員の男達を琴美は冷ややかに見下さした。
ブーツのかかとを高らかにならし、リノリウムの床を蹴る。
一瞬にして掻き消えた侵入者の姿に慌てかけた構成員の眼前に闇色に染まったグローブが猛烈な速さで繰り出され、無防備な左頬に叩きこまれた。
嫣然と微笑んで両手を払う琴美と無様に遥か後方の壁に全身を埋め込ませ、失神する構成員を見て、他の構成員たちはようやく美貌の侵入者が危険人物であると認識し、鉄パイプや木刀を手に襲い掛かる。
呆れたと言わんばかりに肩を落としながら、背後から打ち下ろされた合金製の警棒を上半身だけ振り返りながら右腕で受け止め、勢いそのままに男の顔面に肘鉄を食らわせ、床に打ち倒す。
体勢を崩したように後方へ倒れた琴美の眼前で両側から繰り出された木刀二振りが激しく切り結んだ。
そこに勢い良く蹴り上げた左足で木刀を思い切り反対の壁際まで弾き飛ばし、身体を半回転させて琴美は体勢を整える。
木刀を弾き飛ばされ、たたらを踏んで前のめりになる構成員2人に全身をばねのようにしならせ、両の拳を無防備な2人の腹部へとえぐりこむ。
崩れ落ちる2人を両側に投げ飛ばし、群れを成して襲ってきた構成員たちの動きを封じ込める。
気絶した仲間を踏みつけて襲ってくる屈強な構成員の拳を易々と捕え、琴美は手加減無用にねじり上げ、骨の折れる鈍い音と共に男の身体は床に沈んだ。
無駄が一切ない流れるような琴美の攻撃がことごとく決まり、白目をむいて床に沈む仲間の姿に恐怖を覚え、数名の構成員たちは手にした凶器を捨てて逃走を計る。
琴美は嘆息しながら投げ捨てられ鉄パイプを一つ掴み、2階へと続く階段入り口手前に向けて投げつけた。
上質な腐葉土に穿つように硬いリノリウムの床に突き刺さるパイプに一瞬、構成員たちの足が止まる。
そこを見逃さず、琴美は軽やかな足取りで駆けながら彼らの後頭部に鋭い手刀を打ち落とした。


暗視機能を搭載したカメラからの映像が唐突に途切れたことで呆然と監視モニターを見つめていた下っ端の監視員たちは色を失い、一人が慌てて上層部に報告すべく転がり出た。
一階で始まった見張りの構成員らの私闘を良い余興とばかりに面白がって眺めていた彼らだったが、いきなり闇の中から月明かりを浴びて現れた黒髪美女の姿に一瞬ざわめきたちー淡々と映し出された光景に息をすることも忘れて固まった。
時間にしてわずか数秒。だか、それは永遠のように長い時間だった。
同じ下っ端の構成員とはいえ、監視役の自分たちでは足元にも及ばぬそれなりに腕に覚えがある凶暴な連中のみで構成されていたはず。
だというのに、たった一人の―しかも女に沈黙させられるなど悪夢としかいえない。
自らの役割を忘れ、食い入るように魅入っていた監視員たちを現実へと引き戻したのはフェードアウトした画面。
途切れる寸前に映ったのは見張りの構成員を全て倒し、さりげない仕草で女が髪を跳ね上げた瞬間、艶やかな黒鉄の鋭い切っ先が画面全面に飛び込んでくる様。
それを合図にようやく己が役割を果たすべく動き出したのだ。
頬に流れる一筋の汗を腕で乱暴にぬぐいながら、監視員のリーダー格を任された男はふと監視モニターの上に取り付けられた時計盤を目にし―眉をしかめる。
最初の報告に飛び出した奴が出て行ってから5分以上が過ぎているというのに、上層部からの命令が降りてこない。
いや、それ以前に外が異常に静まり返っている。
脳裏によぎった状況を振り払うように男がドアを乱暴に開け、わずか数メートル先の通路で倒れている監視員を見て足が止まる。
次の瞬間、脳天から強い衝撃を喰らい―そのまま昏倒した。
「な……っ」
「お静かに願いますわ」
リーダーが倒れ伏す姿を目の当たりにして、残っていた監視員たちが駆け寄るよりも先に黒髪の女―琴美が嫣然と微笑みながら袖から小さな筒を部屋に投げ込み、素早くドアを閉ざす。
軽い音を立てて床を転がりながら、投げ込まれた筒の両端からぶわりと沸き起こった白い煙が狭い室内に充満する。
複数の物音が起こった後、完全に静まり返ったのを確認して琴美は閉ざしたドアを開けて悠然とした足取りで監視室へ踏み込む。
壁一面に嵌めこまれた無数のモニターをちらりと眺め―琴美はその手前にあるコントロールパネルの電源を落とした。
「ファーストミッション終了。セカンドミッションへ移行しますわね」
琴美は全てのモニターがブラックアウトするのを満足そうに眺めながら小さく呟いた。