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<東京怪談ノベル(シングル)>


月下に舞う華―中編

打ち捨てられた外装とは裏腹に最上階内部は毛先の長い豪奢な絨毯と大理石の壁。
その中に溶け込むように置かれたのは上質な牛革で作られたソファーに堅牢なオーク材の執務机。
だが、周囲にあるのは無数のPC機器とモニター。
どっしりとソファーに身を沈めた軍人上がりとおぼしき男はその前に居並ぶ幹部たちを射すくめる。
「状況を説明しろ……これはどういうことだ?」
隠然たる声で男に問い詰められ、身を震わせる幹部の一人がごくりと喉を鳴らして口を開く。
「侵入者です、ボス。第一階層部及び監視システムが沈黙、現在第二階層第三層まで突破されたとの」
乱暴に打ち鳴らされる机の音に顔を青ざめて直立不動の人形と化した幹部たちを忌々しそうに舌打ちし、苛立ちを露にする。
打ち捨てられたとはいえ、50階からなる高層ビルは第五階層に区分けされた上に各階層を三層に分けて、20数名からなる構成員のチームに完璧な警備を配したと胸を張っていたのはどこの誰だ、と怒鳴りつけてやりたかった。
第一階層最下層に侵入者ありとの報を受けたのは、数分前。
それがあっという間に完璧なはずの警備をことごとく突破された挙句、各階のメイン警備システムを破壊してくれると言う荒業をやってのけてくれた。
部屋を包み込んでいた重苦しい空気を引き裂くように鳴り響くコール音。
うっとうしそうに通信機を取るボスを横目で見ながら、幹部たちはこの失態をどうすべきかと惰眠をむさぼっていた頭脳をフル回転させる。
明日、この国の首都を初めとする大都市部に革命の火をあげる計画が整い、明日の決行が宣言された直後だけに機嫌は急降下だ。
これ以上の悪化は避けたいと誰もが思い、さらなる増員をしてでも阻止しなくては、と思った。
そこへ静かな音を立てて通信が途切れ―顔を上げたボスの全てを切り裂かんばかりに殺気だった瞳に生きた石像へと化す。
「たった今、侵入者は第三階層に侵入を果たしてくれたそうだ……」
突きつけられた事実に声もなく醜態を晒す幹部らをボスは一瞥すると、通信機のスイッチをオンにした。
「俺の直属部隊を第三階層から第四階層に投入しろ。どんな手段を使っても構わん……革命のために侵入者を贄にささげろ」
冷然とした声は変わらぬのにボスの口元に浮かぶ笑みは狂気を孕んだ兇悪そのもの。
幹部たちはわが身大事に思いつつも、ここまで突破した侵入者の哀れな末路を脳裏に描き出していた。


ノイズ混じりの会話を耳にしながら琴美は狭いダクト内で上半身を壁にもたれさせ、嘆息を漏らす。
足元ではわらわらと末端構成員たちが右往左往しながら侵入者である琴美の姿を探しているが丸見えだった。
通常ならここにまで組み込まれた熱源センサーで容易に居場所を突き止めていただろうが、早々に配線ケーブルを切った上に階層のメイン監視システムを沈黙させて置いたので行動しやすい。
事前に入手した地図から琴美はすでにビルの半分―彼らのいうところの第三階層の中盤を突破したのは分かったが、ここから先をどうするかを考える。
第二階層までは外から察知されぬよう光源が落とされていたので、闇に乗じて殺到した構成員たちを軽々と倒してきたが、琴美がここに侵入した時点で最低限の灯りが各ブロックごとにつけられていた。
監視システムを止めたところで琴美は相手の出方を窺うべく、システム室の真上にある排気ダクトへ潜り込み、慣れた手つきで最上階にいるテロ組織の指導者及び幹部らの会話を盗聴していたのだが―喜劇としか言いようのない彼らに呆れるしかなかった。
「まぁ、こちらには好都合ですわね……けれど、ここで直属の護衛を投入するとは人材が著しく不足していらっしゃるのかしら」
どちらでも構わないか、と琴美は一つ息をつくと袖の袂から灰色に染まった―手のひら大の筒を排気ダクトから構成員たちが走り回る床へ落とし、軽く息を止めた。
数秒もたたぬうちに起こる煙。何かが大きな物音を立てて倒れていく音がいくつも響く。
やがて完全に静まり返ったのを見計らって、琴美は排気ダクトの網を足で壊して下へ降り立つ。
正体をなくして眠りこける構成員たちの姿があちこちに見られるが、それらを一瞥もせず琴美は涼しい顔で一つ上の階へと足を向けた。


月明かりの差し込む階段を登りきり、琴美が闇に覆われたフロアに足を踏み込んだ瞬間、猛烈な音を立てて巨大な棍棒が頭上から振り落とされる。
円錐状に凹み、砕け散るリノリウムの床。
とっさに後ろへは下がらず、真横へと攻撃をかわすとそのまま身体をスライディングさせ、襲撃者の背後へと回り込む。
「ほぉう、まさか本当に女とはなっ!!」
暗闇の中からねっとりとした男の声が響く。
その瞬間、体勢を建て直して反撃へ転じようとした琴美に鋭いナイフが数十本投げつけられる。
琴美は両袖から滑るように出したクナイで全て跳ね返す。
「危ないですわね、まったく」
やれやれと乱れた髪を跳ね上げながら、事も無げに言う琴美に2人の襲撃者はやや驚愕し―全てを切り裂かんばかりの殺気を暗闇の中で爆発させる。
必殺の自信を持った攻撃を易々とかわされただけでなく、何の焦りも感じない琴美の態度がプライドを手ひどく傷つけられたことが忌々しかった。
「他の連中には悪いがここで消えてもらうぜっ!小娘っ!!」
「さぁ、踊ってもらいましょう。死への舞踏をねっ」
差し込んだ月明かりに照らされた棍棒を振りかざした筋骨隆々の大男と紫紺に染まった腰まで伸びた髪を振り乱し、サバイバルナイフを握り締めた細身の男。
手に取るような激怒ぶりに呆れつつも、琴美はクナイを男達に向かって投げつける。
「ムダムダぁぁぁぁっぁ!!」
大男が奇声を上げてクナイを振り払ったが、その先にいたはずの琴美の姿は消えていて、たたらを踏んで踏みとどまったところに腹部に強烈な膝蹴りがめり込んだ。
「がっ!?」
「無駄な動きが多すぎですわ。次があればお相手してあげますよ」
口から泡を飛ばして後ろへと吹っ飛ぶ大男に琴美はにっこりと笑いかけ、背後から迫っていた細身の男の顔面に肘鉄を食らわせて真横に倒す。
大きく身体を跳ねさせ、リノリウムの床を転がりまわる細身の男を見下すと琴美は高らかにブーツを鳴らして歩き出す。
と、そこへ乾いた音を立てて拳大の球体が琴美の足元に転がり、眩い閃光をあげて炸裂する。
「かかったな!!」
「シネェェェェェッ!」
「ギャハハッハハハハハッ!!!」
思わず両腕で顔を覆う琴美に狂ったような笑い声を上げて、数人の男が凶器を片手に殺到する。
典型的な目潰しで暗闇に慣れた普通の相手ならば有効な手段だっただろうが、特殊任務に長けた琴美には意味をなさなかった。
光で視界を一瞬奪われても慌てることなく身をかがめると、左手を床につき、気配だけで男達の鳩尾へと蹴りをキレイにお見舞いさせる。
放射状に飛ばされ、思い切り頭を打って昏倒する男達を尻目に琴美は軽い仕草で両手を払い―ゆっくりと前方に見えた監視カメラに嫣然と微笑んだ。
「もう少し強いお相手でも構いませんよ?そういう方がいらっしゃれば……のお話ですがね」
余裕たっぷりの―挑発とも取れる琴美の声にカメラを通して見つめていたボスである指導者は怒りの臨界点を突破させ、壊さんばかりの勢いで通信を最大限にいれ、マイクに向かって怒鳴り散らした。
「誰でも構わんっ!!あのふざけた侵入者を血祭りに上げて来いっっ!これ以上の失態は許さん!!」
慌てふためいたように相手が応えるよりも先に閉ざされていた扉が緩やかに開かれ―そこに立っていた人影に指導者は色をなくし、通信機を床へと転がり落とす。
「ご自慢の直属部隊は全て倒させていただきましたわ」
ぴったりと密着した黒のインナーが豊満な胸を強調させ、纏った半分しかない袖に丈の短い着物の襟元から見え隠れする。
ミニのプリーツスカートから覗く同じ黒のスパッツが足の細さや色の白さを妖艶に浮かび上がらせ、男ならば思わず目のやり場に困るところだろう。
だが、その背後に山のように倒れ伏す腕利きの護衛たちの姿が目の前の女―琴美の桁外れな強さをまざまざと見せ付けていた。
「くっ!!」
「さぁ、覚悟をお決めなさい。これ以上の暴挙は許しません」
ギリッと歯軋りを立てる指導者に対し、琴美は決然とした表情で言い放つ。
柔らかな銀の月が中天から遠ざかり淡い光がほんの少し影を落とす中、濡れ羽色の黒髪をなびかせ、琴美は指導者に向かって走り出した。