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<東京怪談ノベル(シングル)>


羽ばたける白い翼2

ま白いヴェールはまるでそれ自体が風を生んでいるかのようにさわさわと揺れた。
高貴な光沢がわずかな光も受け止めてキラキラと輝く。

その輝きを面にまとい、さらにそれに負けないほどの艶を自身が発して瑞科は立っていた。
任務遂行のための場所は敵地。
周囲を複数の敵に囲まれて、それなのにあえて剣を鞘に戻した瑞科はその赤い唇におそろしく品の良い笑みを湛えていた。

「さぁ、懺悔の時間ですわ。己の生すら悔い改めなさい」
自分の体を抱くように、瑞科は両手を組み合わせる。
防御用のコルセットの下で豊満な乳房がたわんで揺れた。
 恍惚にも似た任務達成への自信と確信が青い瞳をうるませる。
腰下まで際どく切れあがったスリットからあらわになる太腿は修道服とは思えぬ魅惑を放っていた。

ごくりと周囲の敵の中から喉を鳴らすのが聞こえてくる。
『教会』の手下であるこの『女』を、跪かせて懇願させるのはどれだけの優越と快感を生むことであるのか。
その身の内までを人外のものに浸食された呆けた判断力では、瑞科と自分達の力量の差も見えてはこない。

じりじり、と瑞科への包囲網を狭めて、十人以上もいる敵が動きを止めた。
瑞科は、その間も嫣然とした笑みのままその様子を見ているばかりだ。
「弱い者ほど群れて虚勢をはるものですわ。お相手いたしましょう」
その代わり……と心の中で呟く。
「骨の数本は覚悟なさいましね」
 言い終わるより早く、瑞科のつま先は古びた大理石の床を蹴っていた。
「が…はっ」
正面にいた敵がその床に転がるのを見届けず、瑞科は次のターゲットへと意識を向ける。
膝までを覆う白いブーツの踵がカツンと鳴ったその瞬間には、ヴェールが翻るより早く瑞科のこぶしが背後にいた男の喉元を突き上げていた。
ぐっ、と息を詰めて膝から崩れ落ちる。
大股に一歩進んだその動きで、スリットから脚が露わになるがそれに魅惑を感じる余裕もなく瑞科を取り囲んでいた敵は次々にその場に倒れた。
 場の不審を見咎めて集まってくる敵の戦闘レベルが徐々に上がっていく。
だが、瑞科はそのすべてを汗一つかかず、息の一つもみださず沈めていった。
ほんのりと色づいた頬も、彼女の白く柔らかな肌と相まって色気すら醸す程度のものだ。

 広場のそこここに、うめき声と僅かな血の匂いが立ち上る。
「そろそろおでましかしら」
建物の奥から滲み出るように気配を濃くしていく魑魅魍魎の存在に、瑞科は気づいていた。
「あばれすぎじゃよ。お客人」
 闇のように深い影から体格の良い老人の形をしたものが出てきて、人の言葉で瑞科に話しかけた。
「人真似がお上手ですわ。次は貴方がお相手してくださいますの?」
シャリン、抜き放った剣が瑞科の雷を蓄えて青白く光っていた。
「こ……ぉむすぅめぇぇええええ。我が野望に憚るものよ。死をもって償え。その柔らかい肌を噛み裂いて食ろうてやる」
 老人の形をしたものは、瑞科の前でぐんぐんと膨れていく。
風船が膨らむようにその体は巨大になっていくが、人としての形状はもはやどこにも見当たらない。
ただ膨れ上がったそれは闇色にそまり、その中にいくつもの目のような光を宿していた。
「……醜いですわ」
 キシャアアアア。
瑞科の呟きに答えるのも、人の言葉ではない。
剣を無造作に構えたまま、瑞科は敵の形状の変化を見ていた。
「死を以って……さて。貴方がわたくしに指の一本でも触れることができますかしら?」
瑞科は小さい舌でぺろりと唇を湿らせる。紅い唇がなお妖しくとろりと光った。
 砂と泥とを固めて作ったような不格好な闇色の塊は、頭らしい部分と手足らしいものを持っていた。
手のような部分をその巨体からは信じられないような素早さで瑞科に向かって伸ばす。
シャリン、と瑞科の剣が鳴る。
瑞科はその白く細い腕で、優雅に剣を振り上げた。
他に見る者があれば、その動きの滑らかさにきっとため息をついたことだろう。
そして、そのため息の間にも剣は優雅さに俊敏さをくわえて瑞科の牙となる。
敵から瑞科にむかって伸びた手は、その中ほどからをすっぱりと切断された。
永い間、神殿の屋根を支え続けている大きな柱と比べても劣らない太いその腕が、ぐしゃり、と床に落ちて何かをまきちらしながら地面でのたうつ。
切られた当の敵でさえも、一瞬何が起こったのかわからなかったのだろう。
自分の腕が切り離された先でもがいている様をまばたきの間ほど目のような光が追いかけていた。
グアアァァァアア!!!
 まさに怒り、そして狂ったように敵は己を見失って暴れ始めた。
足元に転がっていた、組織の面々を踏みつけても蹴り飛ばしても気にかける様子もない。もちろん、それにとって人間などは自分の目的を達成するための道具の一つにすぎなかったのだろうが。そして、その狂気のままに瑞科を求めて猛る。
 辺り一帯がそれまで以上に血と、そして敵の体液との匂いで思わず瑞科が眉根を寄せるような状況になった。
 細い腰に空いている手を当てて、一つ剣を振る。
カツン、と踵を鳴らして瑞科は大きく脚を開いた。衝撃に耐えられるようしっかりと歩幅をとって剣を構えるとスリットからは太腿から上の柔らかな曲線までが晒される。
 さりとて気にした様子もなく、瑞科は暴れる敵の足元を狙って雷を込めた剣をふるった。
剣圧と雷が違うことなく瑞科の狙い通りに敵の足を打つ。魑魅魍魎の長は痛みを感じる体の仕組みをしているらしい。
空気を震わすような絶叫を響かせた。同時に感電して炭化した足が黒く脆く崩れる。
「貴方、わたくしをどうするとおっしゃっていたかしら」
 瑞科が数歩、敵に近寄る。この状況における柔らかな笑みはそれだけで敵の恐怖心をあおる。歩く姿は優雅な曲線の体がしゃなりと揺れて、この上なく扇情的だがそれを喜べる心情のものはここには存在しなかった。
 あっけなく片腕と足を失った敵は、瑞科から逃れようと残された体を引きずるように後退する。
だが、瑞科がそれを逃すことはない。
「滅しなさい。神のもとへも戻れぬ穢れた存在よ」
 すっぱりと胴体と頭部を切断されて、こと切れた敵はその姿を晒すこともなくただの黒い塵となってその場に落ちた。
「任務完了、ですわね」
 この地に訪れた時とまったく変わらぬ涼しげな風情で瑞科は一人呟いた。