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<東京怪談ノベル(シングル)>


虚しさの跡

 辺りは大勢の人で賑わい、ドーム中央で行われている野球選手への熱い応援のラッパや歓声が沸きあがる。
「ビールは如何ですか〜?」
 純白のミニスカート姿で、ビールのサーバーを背負い球場の売り子に扮しているのは玲奈だった。大勢の人間達が歓声を上げて自分達の贔屓チームへの熱く応援するその間を上りながらそう声をかけて回った。
 そんな玲奈の立つ傍のベンチに、玲奈の売っているビールの紙コップを手に試合を見ている男が一人。特別白熱して試合に没頭している訳でもなく、深く腰掛けて見つめていた。
 二人はこの日、この野球場にテロの予告が入った事を知り、いかにも観客と売り子だと言う風に見せかけてテロへの警戒を強めていた。
 ふと何気なく玲奈が顔を上げると、観客席の後方、立見席のところでうろついている巡回中の警察犬に目を向けた。
「……?」
 玲奈はその警察犬に違和感を覚えた。一見、普通のようにも見えるが、目をギラつかせキバを剥き出しに涎を垂らしながら歩くその犬の様子が、あまりにも不自然に見えたのだ。
 普通、あんなに獰猛な様子で巡回などするだろうか? そう思った矢先、玲奈はハッとなった。そして足を止め、傍にいた鬼鮫に声をかける。
「鬼鮫さん…。あそこを巡回している警察犬、あれ、地獄の番犬ですよね」
「ん?」
 そう声をかけられて、ベンチに座っていた鬼鮫もそちらに顔を向ける。そして警察犬の様子を見てすぐに顔つきがきつくなる。
「なるほどな…。しかし俺達は丸腰で今あいつとやり合う術はない。玲奈、お前翼を開け」
「駄目です。それじゃすぐに感付かれちゃいますよ。だから船の精密レーザー。あれを使います」
 玲奈はニッコリ笑いながら空を指差した。鬼鮫はその指先を追いかけるようにチラリと天を仰ぐ。
 鬼鮫の顔はどこか渋っているような表情だった。
 そんな二人の背後で、この歓声とは違う、大声で叫んでいる女の声が飛び込んできた。
「殺人なんて、やっぱりそんなのごめんだわ!
 周りの人間は試合に夢中でその言葉など気付いては居ない。それをいい事に女は明らかにテロの刺客と分かる態度で、携帯の向こう側にいる人間に怒鳴り散らしていた。
「こんなやり方、愛犬も不憫よ! まさかこんな風に扱われるだなんて…」
『お前のいるその娯楽の影で飢えている児童がいる。搾取の頂点を一人殺せば、それで何万人もの人間が救えるんだぞ』
「そうだとしても、人は人よ! 殺すなんて、そんなの出来ない!」
『…仕方の無い奴だな。なら、これを聞いてみろ。それでもそんな事が言えるのか?』
 電話口の相手が溜息混じりにそう呟くと、女に何かしら聞かせた。それを聞いた女の顔がみるみる驚きのものに変わり、その眼は大きく見開かれていく。
 その様子を注意深く、そして怪訝そうに見ていた玲奈と鬼鮫は女の様子の異変に気が付く。
「…ふざけるんじゃないわよ…!」
 わなわなと拳を震わせて、憎憎しげにそう吐いた女はギロリと、まるで玲奈たちがそこにいた事を既に知っていたかのようにこちらを睨みつけて来た。
「あいつらを殺りなさいっ!」
 悲鳴にも似た声でそう叫ぶや、目の前で周りを巡回していた地獄の番犬はキバを剥きながら凄まじい勢いで玲奈達に駆け寄ってきた。
 突然の事にその場にいた観客達は試合を忘れ蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑い始める。
「気付いてた…!」
 玲奈達が迫り来る番犬に俄かに驚きの表情を浮かべる。が、飛び掛ってきた番犬を目前に玲奈は精密レーザーを発動させた。
「馬鹿!」
 後ろでそう叫ぶ鬼鮫の言葉も虚しく、天を切り裂き閃光が番犬を打ち抜いた。番犬はギャン! と声をあげ地面に落ちるとやがて動かなくなった。
「いや…、いやああぁぁーっ!!」
 番犬が死んだ事を目の当たりにした女はその場で絶叫し、泣き崩れた。
「馬鹿やろう! お前何してやがるっ! あの番犬を殺せばどうなるか、分かってやったのかっ!?」
 後ろから肩を強く掴まれ、玲奈は鬼鮫に怒鳴りつけられた玲奈の顔は青ざめていた。
 地獄の番犬が死ねば地獄の門への出入りは自由。それを証拠付けるように突如上空にあいた真っ暗な穴からは多数の亡者達が群がりながら周りの観客達を取り殺していく。
 迂闊だった…。
 玲奈は青ざめた顔のまま自分のしでかした事の大きさに、その場に膝を着いてしまった…。
 言葉も無く、傷心している玲奈の腕を掴んで無理やり引上げると、携帯を手掛かりにすでにこの場から退いている組織の後を追った。

 組織を追って、二人は獅子座流星群観測会場へやってきた。
 真っ暗な闇が辺り一面。大きな広場の中央には煌々と照る大きな焚火が燃えていた。
「今年も収穫は期待薄だろうが、頑張ればきっと何とかなる。次の旬は2031年だ」
「………」
 その様子を見ていた鬼鮫は何かに気付いたように顔を上げる。
「…悪い。少し野暮用を思い出した。俺は一旦退くぞ」
「え?」
 突然の鬼鮫のその言葉に、玲奈は訳も分からずキョトンとした顔を向けた。
 鬼鮫はそんな玲奈には目もくれず、足早にここを立ち去っていく。残された玲奈は鬼鮫の立ち去った方向を見ていたが、深夜と言う事もあり一緒に来ていた母親が玲奈に声をかけてくる。
「玲奈。見て」
 玲奈が再び人々に目を向けると、流れ始めた流星に向かい祈るものが多数いることに気が付いた。
「これは…」
 願望砲…。玲奈がそう口にしようとしたが、まるでそれを引き継ぐかのように会長が口を開く。
「あぁそうだ。球場の件は礼を言うぞ。感謝の印にこうして祈りの儀式に招待したんだ。存分に楽しんでほしいね」
「………」
 ニィッとほくそえむ会長の姿に、玲奈は怪訝に眉を顰めた。

 その頃、鬼鮫はある部屋の中で多数の書物を開いていた。某独裁者の語録を調べているのだ。
「これは…」
 手にした本の中に、30年代に機会の治世が来ると言う予言を発見する。
 鬼鮫はその場に本を投げ捨てるようにして、急ぎその場から再び儀式へと乱入した。
「鬼鮫さん!」
「おい、今すぐこの儀式をやめろっ!」
 会長の胸倉を掴みこの儀式を取り止めるよう促す鬼鮫を、会長はただ疎ましそうに睨みつける。
「それは出来ない願いだ。それに、君には悪いがもう既に遅いのだよ…」
 鬼鮫を嘲るような目で見やり、そしてニッと不気味にほくそえんだ。
「贔屓チームの優勝、宝くじ当選…。見よ、この私欲にまみれた願望たちを。この邪な邪念の蓄積は十分すぎるほどだとは思わないかね? …玲奈くん、君のおかげで地獄の門も開いた…」
 そう言いながらくっくっと笑う会長の体が突如眩く光り始める。そして天に向かい真っ直ぐ光の柱が上がったかと思うと、先程まで人の形をしていたはずの会長の体は龍へと変貌していた。
「ちくしょうっ! 玲奈、手伝え!」
「え…。あ、はい!」
 鬼鮫は剣を引き抜き、玲奈もまたその手に剣を呼び寄せる。そして二人は龍と化した会長に切りかかった。
『ギャアァーッ!!』
 地鳴りのように響き渡る龍の声が夜闇に響き渡り、天に昇ろうとしていたその体は地面を揺るがすほどに激しく地面に叩きつけられ、元の人間の姿に戻っていた。
 腹部と首をやられ、ほぼ即死状態で死んでいる。
 玲奈はそんな会長をみやり、やるせない気持ちに包まれる。
 男が亡び女が龍に嫁ぐ未来を知っている。それだけに、虚しすぎる勝利だった…。