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私に出来ること
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初出勤。
アルバイトとはいえ、仕事は仕事。何だかんだで緊張する。
覚えなきゃならないことも多いし、体力も消耗するし、意外と大変なんだな、なんて実感してる。
別に、軽んじてたわけじゃないんだけど。適当に済ませようだなんて、そんなこと、これっぽっちも ――
「よっ。お疲れさん」
「あっ」
バックヤードで休憩していたところ、カイトが声を掛けてきた。
いつもどおり、屈託のない笑顔。見た感じ、どこにでもいる普通の元気な男の子なんだけど。
これでも、この店のオーナーなんだよね。 …… って "これでも" だなんて言ったら怒るだろうけど。
「どーだ? 調子は」
よっこらせ、と言いながら隣に腰を下ろしたカイト。
大きな紙袋を持っている。中身は、食材とか雑貨とか。お店で使うものばかりかな?
なんてことを考えつつ、質問に答える。率直な気持ちを伝える。
大変ですね、想像以上に覚えることが多くて …… とか何とか、思ったことをそのまま。
すると、カイトはケラケラ笑って、
「そっかそっか。ま、最初はみんなそーだよ。そのうち慣れっから、大丈夫」
そう言いながら、私(俺)の頭をポンポンと撫でた。
うーん …… まぁ、そうなんだけど。
従業員になったからには、なるべく早く皆と同じくらい仕事ができるようになりたい気持ちもあるわけで。
新人だから仕方ないとか、そういうの嫌っていうか。負けず嫌いなだけかもしれないんだけど。
そんなことを考えつつ、俯きながら、休憩用に自分で淹れた紅茶を口に運ぶ。
しばしの沈黙の後、カイトは、ゆっくり立ち上がって。
「やる気があるのは、スバラシーことだ」
そう言いながら、買ってきた食材やら雑貨を棚を収納しつつ、続ける。
「そんじゃあ、お前の役職、決めよっか」
「え?」
「実は、皆それぞれ、ちゃんと役職っつーか、役割があるんだ。基本的な仕事は共通だけどな」
「あ、それは何となく。リノちゃんとか …… デザートのオーダーがきたら、必ずキッチンに入りますよね」
「そーそー。よく気付いたなー」
「あの …… 入ったばかりで、役職なんかもらって良いんですか?」
「早く皆に追いつきたいんだろ?」
「えっ!? ま、まぁ …… 」
「従業員のやる気を無碍には扱えねーよ」
「なるほど …… 」
「ひひっ。んで? お前は、何ができる? 何がしたい?」
食材や雑貨を棚に収納する作業を続けつつ、嬉しそうに笑うカイト。
なんにも言ってないのに。早く皆に追いつきたいとか、仕事ができるようになりたいとか、
そんな風に考えてたことを、ズバリと言い当てられてしまった。正直、ちょっとビックリしてる。
この人 …… やっぱり、オーナーなんだなぁ。なんて、今さら実感するだなんて失礼かもしれないけど。
えーと、役職か。何ができるか …… うーん …… いざ、そう訊かれると、困るかも。どうしよう。うーん …… 。
「あ、そーだ」
「はい?」
「それ。敬語。使わなくていーから」
「あ、はい。わかりまし …… あっ」
「わかってねーじゃん。あっはっはっはっ!」
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敬語は不要。
カフェオーナーであるカイトにそう言われて、五分後。
既にレーナから、よそよそしい感じは消えうせていた。
「助かるよぉ。身内にまで猫被りは面倒だからね」
きしし、と悪戯な笑みを浮かべるレーナは、とても幼く可愛い。
ありのままの自分でいられることが、とても嬉しいようだ。
いったい、これまで何匹の猫をその頭に被ってきたのやら。
「うーん。出来ることかぁ。レーナに出来ることといったら、やっぱり …… 歌かな?」
顎に手をあて、天井を見つめながら言ったレーナ。
レーナの歌、その実力は既にカイトも知り得ているというか認めている。
どこでそれを知ったのかって、そこらじゅうで。
キッチンで洗い物をしているときだとか、バックヤードの掃除をしているときだとか、
レーナは、暇さえあらばメロディを口ずさんでいる。たかが、鼻歌? いやいや。
実力のある歌い手さんってぇのは、ちょっと軽く口ずさむ程度でも、ものすごいもんなんですよ。
ハッとさせられたり、今のもう一回歌って! ってアンコールしちゃうくらいにね。
「なるほど。歌な。いーかも。ステージもあるし、歌ってみるか?」
「うん。いいよ?」
「ランチタイムは忙しすぎるから、やるならディナータイムだな」
「そうだね。やっぱり歌うからには、落ち着いて聞いてもらいたいし」
「夜は客の年齢層がかなり上がるからなー。シックなのとかもいけんの?」
「いけるよー? ジャズとかもやるよー」
「お。いーね」
ディナータイムに、ちょっとしたステージ。
歌が得意なレーナに任せておけば、間違いないだろう。
レーナの歌を聞きたいがため、通いつめる客とかも出てくるかもしれない。
歌の実力を知っているからこそ、カイトは、そんな算段を頭に描きながら笑った。
レーナもやる気満々のようだし、これは決定だ。ディナータイムのステージ。
今日はもうすぐ閉店時間だから、明日からよろしく、ということで話はついた。
だがしかし、カイトは欲張りである。
ディナータイムのステージだけじゃなく、もっと何かを欲しがる。
他に何かできることはないか? お前にしか出来ないこと、ないか?
カイトは、子供のように目をキラキラさせながらレーナに詰め寄った。
近付きすぎだと苦笑しながらカイトを押しやりつつ、レーナは考える。
「うーん。他に出来ること …… あっ、そうだ!」
「んっ! なんだなんだ?」
「紅茶とかコーヒーとか仕入れてあげよっか」
「ほー? そっち系の知り合いがいるのか?」
「ふっふっふー。独自のルートがあるんだーよねっ」
先ほどよりもアクの強い悪戯な笑みを浮かべて言うレーナ。
企業秘密ゆえ、そのルートについてカイトに詳しく説明することはなかったが、
レーナは、こう見えて実はかなりの "悪女" だったりする。
もともと、口が達者・おしゃべり好きなこともあって、彼女は交渉の類が上手い。
値引きの交渉やら何やら、持ち前の話術で見事なまでにこなしてしまう。
まぁ、話術だけでなく、そこへ更に悪女らしい笑顔や媚びなども付加されているのだが。
そうして入手する茶葉やコーヒーは、全て自宅用だったりする。
だから、レーナの家には、いつも大量の茶葉やコーヒーがストックされている。
それこそ、お店を開けるんじゃないかってくらいに。
収集趣味も相まっているから、種類も豊富だ。
例によって、欲しい種があれば、媚びて甘えて持ってこさせることも可能なですし、ね?
せっかく、こうしてカフェで働くことができるようになったんだし、
おすそわけするような感じで、余分に仕入れてあげるのも良いんじゃないだろうか。
レーナは、そんな思いから、茶葉などの仕入れに関して挙手をした。
カフェ側からしてみれば、実にありがたい話だ。
仕入れるなら、安いほうが良いに決まってる。
「よっしゃ! んじゃ、それも頼むっ」
満面の笑みで言うカイトの頭の中。このときばかりは、利益や儲けのことでいっぱいだった。
茶葉などの仕入れに加え、レーナは、自身が生粋の紅茶好きであることも明白にした。
まぁ、様々な種類の茶葉を収集している時点で、そうだと言っているようなものではあるが。
紅茶好きゆえ、紅茶の淹れ方にも、かなりこだわるようだ。
そういえば、今日、紅茶がいつもより美味しかったと言い残して帰って行く客が多い。
今日は、レーナの初出勤日。
つまり、初めてレーナの淹れた紅茶を飲んだ客が、こぞってそういった感想を残しているということだ。
実際、こうして客から良い感想が出ているわけだし、任せても問題ないだろう。
というか、任せてみたほうが、客が増えそうな気がする。
あの店の紅茶、すごく美味しいんだよ〜とか何とか。口コミってのは、すごい威力があるものだ。いや、ほんとに。
「よし。んじゃ、それもよろしく」
笑いながら、手元の書類に何かを書き留めたカイト。
レーナは、休憩用に自分でいれたアールグレイを飲み干し、ゆっくり立ち上がった。
「はーい」
自分に出来ること、役職に関する話が纏まった形で終わる休憩時間。
次の休憩時間まで、またホールで接客。とっておきの笑顔で接客をせねばならない。
まぁ、レーナ自身は、カフェ店員として仕事を楽しんでいるようだから、苦痛はなさそうだ。
むしろ、色んな人と色んな話ができることを嬉しく思っているのではないかと思われる。
初日だからってわけでもなく、純粋に向いているのかもしれない。気さくな彼女には、接客業というものが。
「それじゃあ、戻るね」
「あ。レーナ」
「ん?」
「出勤シフト、どーする? 週に何回入れる?」
「えーとね …… お昼は忙しいから、ちょっと無理かな」
「そっか。んじゃ、夕方からならオーケー? 閉店まで入れる?」
「だいじょぶだよ」
「うい。んじゃ、それで。よろしく」
「はーい」
ニコリと笑い、空になったティカップを持ってホールへと戻って行くレーナ。
カイトは、そんなレーナの背中を見やりつつ、手元でクルクルと羽根のついたペンを回した。
大変だと思うけど、笑顔で。ホールにいる間は、笑顔を絶やさないこと。
ホールへ戻って行くレーナに、かけようとして飲み込んだ言葉。
カフェのオーナーとして、店員に強いる唯一のルールのようなもの。
その言葉を、カイトが言いかけて止めた理由は、必要性を感じなかったから。
言われなくても、強いらなくても、大丈夫。
ホールへ戻って行くレーナは、既に満面の笑みを浮かべていたから。
いやはや、良い店員を確保できたもんだ。さすが、オレ。
満足気に笑みを浮かべるカイトの胸中は、きっとそんな感じ。
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The cast of this story
8403 / 音無・レーナ / 16歳 / ボーカリスト・声優
NPC / カイト / 19歳 / クライマーズカフェ・オーナー
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Thank you for playing.
オーダー、ありがとうございました。
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