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超越の夢 虚構の未来 ―玲奈、出陣―
【超越の夢】
工廠の研究室に、無遠慮に響くのは独裁者の声。
不滅の、そして最強の国家を築けと、ただひたすらに声を張り上げる。
それが無茶な願望であることは、工廠にその知識を提供し続けている学者にはわかっていた。だが、逆らうことなど誰ができるだろうか。
「そのためには、閣下の不老不死と最終兵器の保有に尽きる」
独裁者のやや後方に控える部下が、いやらしい笑みを浮かべて告げた。
「死を前提にする時点で敗北だ。閣下はそれを超越しろと仰せだ」
「超越……と、言われましても……」
学者は困惑し、額の脂汗を手で拭った。
「物質は朽ちる。霊は不滅だ。だが霊は顕現せずにこの世と関われぬ。霊と肉、虚構と現実を自在に往来する者こそが勝者だ」
独裁者はどこか恍惚とした表情で言葉を連ね、「現に神話の神々は自在に降臨する」と両手を広げて天井を――そしてその向こうにある空を――仰ぎ見る。
「それは……無理です」
半ば涙目で首を振る学者の部下。しかし独裁者は尚も続けた。そこに何者をも圧倒する力強さを込めて。
「コードスリープだよ諸君、良いかね? 例えば恐竜は化石から、焼失した歴史建築は文献から甦る。伝説の都は埋もれ出土する。いや文献すら要らぬ。時に人は古代の叡智を閃く。伝説……神話……虚構だよ!」
顔を紅潮させ、次第に大きくなっていく演説の声。独裁者のテンションはピークに達する。
「鳥が南に逃れるが如く、我らも虚構へ渡るのだ……!」
【啓示】
――どうすればいい、一体どうすれば……。
独裁者の演説を聞いてからというもの、学者は床につくたびに暗闇の中で悩み続けた。眠れない夜も少なくはない。だが、時には巡る思考を夢の中にまで持ち越してしまうこともあった。
その夜もまた、思考の渦が夢の回廊へと沈み込んでいく。
――どうすればいい、一体どうすれば……。
死を超越する、霊と肉、虚構と現実を自在に往来する者こそが勝者、コールドスリープ、不老不死と最終兵器の保有――。
死の超越、霊と肉、虚構と現実を自在に。
何度も反芻し、あらゆる方法を模索する。
――遺伝子と人格と記録媒体に印し、凍土に埋めるか衛星軌道に乗せるというのはどうだろうか。
それによって、「個」というものを残し……。
「なにそれ?」
学者の思考を一蹴する声。それを発しているのは、ひとりの少女だった。
――三島・玲奈……。
学者はその名を口にする。初めて会う少女だというのに、なぜ名を知っているのだろうと意識のどこかで考えながら。
玲奈はただ、嗤っていた。
「媒体は朽ちるの。わからない? でも公式は永久不変だわ」
その言葉が脳髄に響く。
媒体は朽ちる。公式は――。
「……これだ!」
学者は叫び、自らの声で目を覚ます。
夢にしては生々しく、未だ玲奈の声は脳の奥深くで鳴り響いている。
「夢では……ない。そうだ、夢ではない!」
そして学者はサイドテーブルからメモ用紙と筆記具を出すと、狂ったように検算を始めた。手計算は手間がかかるし、複雑な公式になればなるほど間違えやすいが、研究室に行く時間が惜しい。コンピューターを起動する時間も惜しい。
この余韻が、熱が、覚めてしまわないように。少しでも思いついた公式と、玲奈の言葉を書き留めていく。
ひたすらに書き続け、学者は夜が明けたことにすら気が付かなかった。
【虚構の未来】
――遥か、遥か……時を超えて。
誰も知り得ぬ未来、「龍族」という存在が圧倒的な力でもたらす災禍に悩む研究所があった。
女魔導師は、そこで全身を歓喜に打ち振るわせている。その歓喜の意味が、所長によって全所員にと告げられた。
「いま、女魔導師が必殺の兵器を完成した。敵を虚構に帰す兵器を」
敵を虚構に――まさかの言葉に所員達はざわつき、ある者は「信じられない」と首を振り、ある者は「おお!」と歓喜にむせび泣く。両極端な反応が帰ってくる中で、所長は頬を紅潮させて言葉を続ける。
あたかも、遥か過去に自らの不老不死を願った独裁者のように――。
「この叡智を祖先に授け、敵を歴史から葬るのだ! 馭者は最強の娘をつける。女は不毛な戦の中ですら新しき命を産む勝者だ――!」
そこに全ての希望と不安を絡め、未来を紡ぐべく生み出された兵器。
馭者となる娘もまた、未来を作り上げる存在となるだろう。
命を繋ぐ象徴として、生命の未来を描く者として。
だが――その素晴らしき叡智を与える先を誤ってしまえば――。
【龍の復活】
玲奈の天啓を得た学者は、化石発掘現場にいた。
そこは太古の龍――恐竜の化石が多く発見されている地点だ。
「素晴らしきかな、恐竜!」
発掘作業を進める学者はひどく興奮していた。
「ファラオは肉を干し、心を粘土に刻んだが……存在感は恐竜に劣る」
悠然と泰然と、そして圧倒的な力を見せ付ける恐竜。骨となってもなお、永い年月の重みを押しのけるようにその存在感を放っていた。
「先ずは極意で生きた龍を復元するのだ」
全てはそこからだ――。
学者はひたすらに作業を続ける。自らの信念と天啓を信じて。
岩の中から現れる「龍」を、この手で蘇らせるために。
――そして彼は宇宙船玲奈号の建造に至ることになる。
未来の女魔導師が龍を虚構に帰する知恵を祖先に授けたのはいいが、その受け皿が拙かったのだ。
神を目論む独裁者と、科学者。彼等は天啓の元、化石の復活を目指す。
神とは即ち不変の法則そのものだ。そこに誤った力が加わってしまえば――。
歴史の皮肉と……いうべきか。
こうして、玲奈の戦いは始まったのだ。
【玲奈】
「さっぱりした♪」
玲奈は洗いたての髪の水分を、バスタオルで柔らかく吸い取っていく。まだ完全に乾ききる前に、下着代わりのビキニを手に取った。胸とヒップを隠すように素早く身につけて、スクール水着に手を伸ばした。
「……んしょ」
翼をスク水に優しく押し込めば、ちょっとだけ水着の生地が後ろに引っ張られる。肩の部分でそれを調整すると、玲奈はレオタードにその身体を滑り込ませた。右足、左足、ボディを包んで……右手、左手。心地よい生地が、肌を滑る。
ぴったりと自分のボディラインに合っているレオタード。レオタードだけではない、スク水も、下着も、自分しか着ることができないくらいに、身体の一部のように馴染む。
そして今度はブルマだ。白線が二本入った濃紺のブルマを、右足からゆっくりと通していく。少し小さめに見えるブルマだが、玲奈のヒップはそこにちょうど収まる。さらにはフリル付きのアンダースコートに足を入れ、するすると腰まで上げる。手でヒップの肉を持ち上げ、いつもの形に整えた。
「今日の形も完璧!」
玲奈は鏡でヒップの形を確認し、少し嬉しそうに笑う。引き締められたヒップ同様、今度は腰だ。
テニススコートと制服で腰を二重に締め付ければ、さらにヒップが上がる気がする。尾がぴょこんと飛び跳ねた。
位置を微調整すれば腰の安定感が増すと共に、自身を包む衣服の感触が安心感へと変わっていく。そして制服の――上衣。「セーラー服」と呼ばれる形だ。袖口のホックを留め、襟の歪みを直し、スカーフをふんわりと結ぶ。
「……んー?」
くるり。鏡の前で一回転。
スカートがふわりと広がり、余韻と共に降りてくる。
「よし、完璧!」
玲奈は嬉しそうに笑い、ちょっとポーズを取ってみた。
着用している制服は、この時代では既に廃れた服装であるが、玲奈の学校では現存する。
その学校は、決して歳を取らぬ娘のために母親が創立したのだ。
玲奈にとって、服は……そして着替えは、大切なもの。虚構の中に生きている喩えでもある。
だが、母親が玲奈に与え続ける、森羅万象の如し不朽の愛は現実だ。
「……さ、頑張らなきゃ!」
玲奈は鏡の中の自分に言い聞かせるように頷くと、ルーズソックスを履いて部屋から出て行った。
――玲奈、出陣。
了
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