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<東京怪談ノベル(シングル)>


〜戦乙女、安息の後の戦場へ〜


 肩にかかるつややかな黒髪を、はらりと細い指先で払いのけて、白鳥瑞科(しらとり・みずか)は、硬い金属でできた廊下を闊歩する。
 体のラインを強調した、特殊な加工を施されているシスター服型の戦闘服は、まだ脱げない。
 彼女には、毎回の任務の最後を飾る大事な仕事が残っている。
 そこまで終わって初めてゆっくり心身を休めることができるのだ。
 銀色と白と若干の黒で彩られた、無機質な廊下の一番奥に、その場所はあった。
 瑞科がいつものように、軽くノックをすると、中からいつもどおりの入室の許可が与えられる。
「白鳥瑞科、入ります」
 ひかえめに言って、彼女は扉を開けた。
 扉の向こうには、廊下の続きであるかのような、生命の息吹を少しも感じない空間が広がっている。
 机と、天井まで届く高い本棚と、こちらに背を向けた古めかしい書物、そして、その中心には、彼女の上司である武装審問官がどっしりとかまえて座っていた。
「今回の任務の終了報告です」
「滞りなく済んだようだな」
「はい、何ひとつ問題なく」
 こくりとうなずいて、瑞科は言葉少なに回答した。
 彼女はこの武装審問官である司令の個人的な情報については、ほとんど知らなかった。
 ただ昔は、自分と同じように現場で戦っていて、かなりの戦果を挙げた人物であるという噂だけを耳にしている。
 その貫録と威厳は、全身からにじみ出る静謐な自信と、言葉から感じられる沈着冷静な重厚さからも十分に受け取れた。
「今回は相当数の敵を倒したと聞いている。よくやった」
 司令は、とても短い言葉で、彼にはめずらしく瑞科を褒めた。
 瑞科もその目元をやわらかく細め、唇に微笑の形を刻む。
「いいえ、楽な任務でしたから」
 それは彼女の正直な感想だった。
 確かに司令の言うとおり、敵の数は思った以上に多かった。
 だが、さして知能があるわけでもない相手が、十重二十重に襲って来たとしても、彼女にとっては烏合の衆に他ならない。
 思うがままに蹴散らし、地にたたきのめして、それで終わりである。
 通常ならこの後司令は、机の上に置いてある書類の山の中から、そのうちの一枚を取り出して彼女に差し出すはずなのだが、今日はただ机の上で指を組んだだけだった。
 少々怪訝そうな顔でそのごつごつとした骨ばった指を見下ろした瑞科に、司令は感情をほとんど乗せない低い声で、こう告げた。
「次の任務は、おそらく現在情報部が調査中の、連続殺人事件の解決になるだろう」
「承知いたしました」
 瑞科は小さくうなずいた。
 現時点では詳細は尋ねないのが暗黙の了解だ。
 情報部が調査しているということは、極秘任務の可能性がある。
 実際にその事件の担当として指名されるまで、内容は伏せられるのが常だ。
「調査は少々長引いている。それまでは一般の待機任務に就いて少し待つように。以上だ」
「はい」
 瑞科はていねいに一礼をし、その場を立ち去った。
 待機任務ということは、休めと言われたのと同じである。
 廊下を、自分の部屋に向かって歩きながら、瑞科はようやく一息つくことができたのだった。
 
 
 
 それから数日後、瑞科は唐突に司令の部屋に呼び出された。
 教会から支給されたタイトなミニスカートのスーツに身を包み、彼女は司令の机の前に、まっすぐに立った。
「白鳥瑞科、参りました」
「ご苦労。今回の任務は、連続殺人事件の犯人の暗殺だ。速やかに、隠密に消してくるように」
 司令の手から瑞科の手へ、今回の事件の資料が渡される。
 情報部が集めた最新の情報が、そこには詳細に記されている。
「すぐに出撃したまえ」
「はい」
 瑞科はうなずき、即座にその部屋を辞した。
 自分の部屋に戻り、クローゼットにかかっている戦闘服を取り出す。
 そして無造作にスーツを脱ぎ捨て、何の感慨もその美麗な顔に映し出さないまま、抜けるように白い肢体を空気にさらす。
 瑞科は、まるで体に吸い付くような、それでいて体の線をことさらに強調するようなシスター服を身にまとった。
 豊かな、今にもこぼれ落ちそうなほどきれいなラインを描く胸をコルセットに押し込めると、両の指の輪の中に納まりそうな細いウエストがきゅっと際立った。
 すらりと伸びた真っ白な細い脚はニーハイソックスに包まれ、太ももまで大胆に扇情的に入れられたスリットの狭間から、黒白のコントラストを見せつけながら誘うように覗いている。
 その上に履く編上げのブーツと、黒髪と肩を覆う純白のヴェールとケープは、彼女を守る騎士のごとくぴったりと彼女に寄り添っていた。
 カツン、とひときわ高い音が彼女の靴の下で鳴った。
 さあ、戦いの場に向かおう。
 これから自分が魅せる宴が、どれほど凄惨で鮮やかで、そして誰よりも慈悲深いものなのか、愚かな敵の目にも明白にしてやらなければ。
 天上の音楽を奏でる彼女のブーツが、部屋と廊下と、戦場への道程をつなぐ。
 自信に満ちた戦乙女は、神々しいまでにかすかな微笑を唇にたゆたわせ、剣を携えながら、たったひとりで出撃の命の下に旅立って行った。

〜END〜