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<東京怪談・PCゲームノベル>


【翡翠ノ連離】 第九章



(この一件もいよいよ決着ってところかしら)
 まさに。
(ターニング・ポイントってやつね)
 微苦笑を浮かべる。
 そういえばこの数ヶ月で、色んな人物との出会いがあった。宗像……アトロパ……ベラ、それにディアナ。
(良い終わりを迎えて、新年に突入できるといいけど……)
 世界にとっても、宗像にとっても。
 そう思って夜空を見上げる。
 雲はない――――。



 その深夜。
 ローザ・シュルツベルクは宗像の隣に立っていた。
 背後にあるのは東京タワーだ。
 腕組みして待つローザは、隣の宗像を横目で見遣る。
「……なんでここなのよ」
「『目立つ』し、『わかりやすい』。なにより、アトロパはこの場所に来るように最初から洗脳されている」
「洗脳?」
 物騒な言葉にローザは片眉をあげた。
 宗像はいつものよれよれの帽子の下から、ぼうっとした視線を前に向けたまま続ける。
「そうだ。アトロパはベラの代打で外の世界に出た。リハーサルのために」
「リハーサル?」
 また、なんだか不愉快な響きだ。
「もういい加減、最後なんでしょう? 全部教えなさいよ」
「これは仕事だ。内容を全部教えるバカがどこにいる?」
「…………アトロパは、全ての人間を幸せにするつもりなのよね?」
「ああ?」
「それができれば素晴らしいわ」
 ローザの言葉に宗像は視線だけこちらに向けた。
「でも彼女の遣り方は……どんなものにせよ、疑問だわ」
「……?」
「不幸をなくすことで幸せになれるわけじゃないんじゃないかしら?」
「…………」
「それじゃあプラスマイナスゼロに過ぎないわ。不幸をなくすんじゃなくて、より大きな幸せを与えるのが大切なんじゃないかしら」
「…………」
 じっと凝視され、ローザは多少顔を引きつらせて赤面した。
「……我ながら、恥ずかしい考えかもしれないけど」
「…………」
 しばらくしてから、宗像は帽子の裾を引っ張って、目元を隠した。
「傲慢だなぁ、おまえさんはいっつも」
「ご、傲慢って……その言い方はないんじゃない?」
「だいたい」
 宗像はくいっと帽子のふちを上げた。
「『より大きな幸せ』ってなんだ。『与える』ってのが、もう傲慢だろ」
「し、幸せは人それぞれじゃないのよ?」
 文句ある? とばかりに睨みつけるが、宗像には効果はないようだ。
「確かに。俺の幸福は、日々を平坦に過ごせることだ」
「平坦? どこがよ」
 胡散臭げに見遣るが、彼は平然と頷く。
「いつもの日々が続けば、まぁ面倒がなくていい」
「………………」
 呆れた。
 肩をすくめて嘆息するローザは、宗像の動きが変わったのに気づいて息をつめた。
「あー……あー、あー」
 まるで歌うように、囁きが聞こえる。相手はアー、しか発音していないというのに。
 それは静かな合唱だった。かつんかつんと足音と共に近づいてくる。
「聞くな! 『共振』だ!」
 宗像がどこから出したのか自分たちの周囲に紙切れをばらまく。それらがくるくると空中で舞って、びりびりと電気を帯びてそこに留まった。
 音が、遮断された。
「? アトロパが来たの?」
「ああ」
「今のはなに? 『共振』って?」
「色々あるんだが……アトロパの能力を総じて『共振』と、研究者たちは呼んでた」
「はあ?」
 つまり、宗像も全貌はわからないということだ。
「ど、どうするのよ!」
「目的はわかってる! 全員倒せば済む、いや……」
 こちらを見て、宗像はふいに呟く。
「中にたった一人だけ、『違う』のが混ざってる。ソレを見つけて俺に教えろ!」
 言うなり、彼は結界を突破して外に飛び出していった。ぞろぞろと集まってくるアトロパたちの群れに向けて、どこから出したのか不明な、漆黒のマシンガンを向けて乱射する。
(ど、どういうことなの? なんであんなにアトロパがたくさん?)
 複製?
 疑問に思うが、どんどん囲まれていく。
 片っ端から宗像が殺しているが、混乱するローザは周囲を見回すことしかできない。
(なんで教えてくれないのよ! ばかばか! 本当に大馬鹿者だわ、宗像って!)
 どうしろというのだ、この状況で!
 どんどん倒れていくアトロパたちだったが、宗像一人でも大丈夫なのではと思わせるくらいに、彼は優勢だった。元々が、素質が優れているのだろう。
(えっと、なんだったかしら? 違うのを見つけろとか……)
 ゆらゆらと歩いて、こちらとの間隔を狭めていく中に、一人だけこちらを凝視している……いや、睨んでいるアトロパがいる。
 憎悪に満ちた目で、こちらを。
(もしかして……あの子が……?)
 宗像のほうへと視線を遣った刹那、ぐにゃりと視界が歪んだ。
 耳に音が届く。結界が破られたのだ!
(な、なにこれ……。なんだか……おか……)



 ゆめだ。これはゆめだ。
 あくむだ。これはあくむだ。
 世界に独りしかいない。もう何十年もたったひとりでさまよっている。
 せかいはこわれた。
 せかいははめつした。
 だから――。

 ハッとして我に返ると、宗像に頬を叩かれていた。
「痛い!」
 キッと睨むと彼は安堵したように目を細める。
「アトロパの『夢』に絡みとられるなってぇのは、無理な話か。見つけたか」
 いつの間にか結界は復活し、宗像が戻ってきている。
 慌ててローザは自分が見つけた妙な少女のほうを向いた。
 目が、合う。
 一瞬で宗像の姿がそこから消えた。次の瞬間には、その少女の真上に跳躍し、小型銃で狙っている。
 見上げたアトロパが甲高い音を口から発した。
 バランスを崩す宗像だったが、ローザは咄嗟に結界から飛び出して、足元に転がっている石を拾って「ごめん!」と言いながら少女に向けて投げた。当たりませんように!
 少女には当たらなかったが、周囲にいたアトロパたちの誰かの肩に命中した石のせいで、少女が姿勢を崩す。
 パン。
 と、乾いた音がした時には、すべてが終わっていた。



 アトロパたちは一斉に倒れ、ぼんやりとした瞳のままで停止している。
 何事が起こったのかと宗像を見遣れば、彼は埋まってしまった中から、一人の少女を引っ張り出していた。
 ローザを睨んでいた、あの『アトロパ』だろう。
「もしかして……司令塔?」
「というか、『本物に近い』アトロパだな」
「どういう意味よ? もう、あなたってなんだかいっつも意味深なことばかり言って、わかりにくいったらないわ!」
「本物はもう死んでる。ベラを見たろ? あれと同じ実験で死んでるんだ」
「え……で、でもベラは知ってるの?」
「知ってるだろうよ。偽者の妹たちが自分を取り返しにくるのもな」
「殺せって言ってたけど……」
「アトロパは、ある実験で使われる予定だったんだ」
「…………」
 それは仕事内容じゃないのかと睨むと、宗像は「ひとりごと」と付け加えた。
「『共振』と呼ばれる、他者の脳へと介入する能力だ。ローザが悪夢に閉じ込められそうになったのも、その一つだ」
「じゃあべつにも能力があるの?」
「大勢で『共振』を起こし、人間全員を眠らせるのが……たぶん、今日のアトロパのやろうとしていた方法だろう」
 東京タワーという、ある種の『シンボル』を利用して、さらに大きくその能力を増幅しようとしていた。彼女たちは。
 『だから』不幸がないと言ったのか。争いのない平和な世界だと。
 それはそうだ。
 全員が眠ってしまえば、そもそも争いなど起こらない。
 だがそれは、同時に『死』も意味する。眠ったまま死ぬなど、冗談ではなかった。
 背筋を悪寒が走り抜ける。
「音は、防げないの?」
「防げないように、改造されてるんだ。あの研究所でな」
「ディアナがやったの!」
 非情なことだと怨みがましく叫ぶと、宗像は肩にアトロパを荷物のように担いだ。他のアトロパはどうでもいいらしい。
「そうだ。あいつらの本物の姉貴がやったことだ。事情は知らねーし、知る必要もないだろ」
 だが。
(アトロパはベラを助けようとしていた……。それって……)
 ベラはあの研究所で死を望んでいる? それとも……。
 どちらにせよ、死んだアトロパの願いは姉を救うことだったのだ。その片鱗を、ここで倒れている者たちは共有していたのだろう。
 かなしい……。なんて悲しいのだろう……。
(こんな結末だなんて……)
 世界は救われた。だが、アトロパは救われない。



 ベラとの対面はすんなりいった。
 ディアナにアトロパが引き渡されて、待たされている間に彼女と話すことがローザにはできたのだ。
「あなたは……もしかして、アトロパと同じ事を考えているの?」
 小声で尋ねると、笑われた。
<わたしの目的は、昔も今も変わっていないわ。皆が幸福になる世界を作ること>
 その笑みがあまりにも残虐で、ローザは彼女を睨んだ。
「……その時がきたら、阻むわ」
 全力で。
 ベラは小さな笑みを浮かべて囁く。
<わたしはアトロパほど『やさしく』ないわよ>

***

「で、あの後、あの転がっていたアトロパたちは全員回収されちゃったわけね」
 一ヶ月の後、ローザややっと宗像を捕まえることができて『その後』を知ることができた。
「結局アトロパはどうなっちゃったの?」
「処分されたんじゃないのか?」
 感心がない宗像がいい加減なことを言った。
 ジト目で見遣るローザが、ファーストフード店のテーブルに頬杖をつく。
「あなたがやってたことって、アトロパの中継点みたいな存在を潰すことだったの?」
 電波と同じく、アトロパの能力を使えなくするために宗像は地味な作業に徹していたのだろう。
 だが彼は無言でコーヒーをすすっている。肯定ということだろう。
「はぁ〜、もう12月も終わりなのね。あっという間だったわ」
「そうだな」
「ねえ!」
 笑顔を作ってローザは宗像のほうに身を乗り出した。彼は驚いたようで軽く身を引いている。
「ヒマ?」
「……一応今は手があいてるから、ローザの相手をしていると思うんだがなぁ」
「じゃあ、良ければ一度、私の国に来ない?」
「はあっ!?」
 素っ頓狂な声をあげて驚愕する宗像が珍しくて、ローザは小さく笑ってしまう。
 小さいけれど、あそこは私の一番好きな国。二番目は。
(……この日本だけど)



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【8174/ローザ・シュルツベルク(ろーざ・しゅるつべるく)/女/27/シュルツベルク公国公女・発明家】

NPC
【宗像(むなかた)/男/29/?】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、ローザ様。ライターのともやいずみです。
 最後までおつきあいいただき、感謝です。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。