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<東京怪談ノベル(シングル)>


尻拭いと天狗の余禄

 ああ、ッたく人間ッてバカだよなァッ。

 殆ど反射的にそう悪態。
 …けれど放っておける訳も無く。

 進む速さに応じた風圧が顔を打つ。靡く髪とか服の裾みたいな余った布地が時々邪魔。風を切る音だけが派手に耳に入って来る――今日はいつぞやのように呑気に森の木々の狭間を駆けている訳でも無く、天波慎霰は背の黒い翼を羽ばたかせて風に乗り空を飛んでいる。目立つとか目立たないとかその辺の事はこの際どうでも良い。今必要なのはスピード。一刻も早く現場に急行する事がまず第一。
 近付くにつれ腕に絡めた数珠の光が強くなってくる――反応している。この数珠は怪異に反応して発光する特性がある。…方向は間違ってねェ。眼下を見下ろす。この先はそろそろ人里離れた山になってくる。そこの山間にあるのが、IO2のオカルト研究所。妖魔や超常能力者の封印を研究する為にそれらしい物品を多々収集している施設、になるらしい。
 式神――要するに色々偵察させたり情報収集に使ったりする使い魔――が慎霰に知らせて来たのは、そこで起きた間抜けな出来事――間抜けッつッても結果が洒落にならない面白くも何ともねェ話。面白がれるような話なら放っても置けるが――ただ呑気に見物にも行けるが、今日の場合は連中の尻拭いが慎霰にとっては最重要の仕事になる。…元々人妖間のトラブル調停が仕事。今回の件はトラブルはトラブルでも相当厄介な方のトラブルになる。

 曰く、封印されていた妖魔の内一体が逃げ出して人間や妖怪を見境無く襲っている、のだとか。
 …ここで言う『妖魔』ッてのは俺たち天狗みてェな妖怪のこッちャねェ。完全に堕ちちまッた奴らとか、そもそも穢れ自体の塊だったりとか、そんな『魔物』ッつッちまッて良いような輩の事になる。
 そんな『妖魔』が封印されてる物品なんて来りャア、本来なら寺に預けて懇ろに供養して貰う必要のあるモンになる。下手なところに置いとくだけで危ねェッてのに、俄か研究者が実際弄ってどうこうしようなんて考える方がおこがましい。
 なのに連中はそれをやらかした。

 ――――――寺にちゃんと預けねえで利用しようとすっからこういう事になるンだッ!

 思う側からまた、数珠の反応が強くなる。その反応を――光を視界に入れ、慎霰はもどかしさに思い切り舌打ち。
 現地に向かい、更に加速する。



 研究所の建物にまで至らない内に、状況が見て取れた。幾つもの光線――異能の力と個体の身動きそのものを同時に封じるキャプチャービームが、不規則に触手らしきものを伸ばし蠢く黒い『何か』――封印されていた妖魔に絡み付いている。そのキャプチャービームを自慢のガンで撃ち出しているのは毎度お馴染みバスターズの面々。IO2の特殊部隊である時点でここに居るのはまぁ想定内だが、ちらほら何処かで見た面子も居る。…例えばこないだお茶目に成敗してみた面々とか。どうやらあの時と同じ部隊が来ているらしい。…そして今日もまたクソ真面目にお仕事に精を出している。
 ただ、キャプチャービームが命中はしているが――どうも肝心の標的の動きが完全に止められてはいない。既にビームに捕縛されている筈の妖魔の方はじりじりと動いている様子がある。…紙一重。プラズマケージの容量が足りていない。そんな意味合いの怒号だか悲鳴だかわからないような叫び声が隊員たちから聞こえてくる。抑え込めないとか何とか。ぎりぎり、今にも振り切られる――そんなバスターズ連中の一触即発の緊張もヒリヒリと肌感覚でこちらにまで来る。おいおい、と思いつつ慎霰は着地もしないまま空中で『風砲』を取り出し肩に担ぐ。…『風砲』、長老から預かって来た『天狗の妖具』の一つ。…つまりはこんなものまで持たされるくらい今回の仕事は面倒な仕事だと言う事で。
 念の為、と妖魔に狙いを定めたところで、取り敢えず一声。
「おまえら相変わらず間抜けな事やッてんなァ!」
 挨拶代わりに大音声で言った時点で、地上のバスターズの連中は一気に反応。声の主が何処に居るか捜そうと慌てたようにきょろきょろし始める。が、たった一人だけぐわっと当然のように速攻空中を見上げて来た奴が居た。見上げられて慎霰の方でも、おっ、と気付く。…多分あれ、リーダー。
「っ――お前は!」
「よう。…ご苦労なこッたがそりャあんまり保たねェぞ」
 どーすんだ?
「くっ…そんな事はわかっている!」
 既にバスターズの増援を頼んではあるが到着まで保つかどうか…!
 と、そこまで言った時点で、リーダーと思しきそいつは、はっと改めて慎霰を見る。
「それを撃ってくれ!」
 風砲。
「あァ?」
「手伝ってくれ! 最早形振り構っていられん。ここは人的被害を出さない事が第一なんだ!」
 頼む。
 この通りだ、と隊長は続ける。続けている間にもキャプチャービームに捕縛されている筈の妖魔の動きの幅は大きくなっている。ひたり、と闇そのものが凝ったような触手がバスターズたちがガンを構えている方に向かって一歩踏み出すように進んでいる――進めている。動いている。そして妖魔個体の他の部位から滲み出た触手もまた、同様。殆ど同時に、張り詰めた感覚が膨らみ、限界まで至る――瞬間、どうっ、と凄まじい爆音に近い音がした。
 直後、キャプチャービームの効果を破って動き出した妖魔の身体に大穴が開いている。まるでバズーカ砲か何かで弾でも撃ち込まれたような――そしてついでに衝撃で妖魔の身体が地表にひしゃげるようにして潰れていた。
 が、その潰れた身体は程無く揺らめき、再び起き上がろうとでもしている…ような仕草で蠢き出す。…どうも、大したダメージにはなっていない。
 それらを確認した時にはもう慎霰も地表に下り立っていた。今の爆音。標的の妖魔がキャプチャービームを振り解くその瞬間を見切り、慎霰が風砲を撃った音。
 慎霰はバスターズの連中をちらと見る。
「…ッたくざまァねぇよな。『人間に悪さをする天狗』に助けを請うかよ」
「お前…」
「まァここは頼るべきッてその判断はおまえらにしちャ上出来かもな。…しょうがねェから手伝ってやるよ!」
 つゥか元々仕事なんだけどな、と内心でだけ続け、慎霰は風砲をもう一発妖魔を狙ってぶっ放す。放ったところで風砲を妖術で仕舞い――手許から掻き消し、今度は代わりに一振りの刀を手許に取り出した。半端じゃない妖力が籠っている強力な業物。…これもまた長老から預かって来た『天狗の妖具』の一つ。風砲からそちらに持ち替え、慎霰は翼も使って加速しつつ妖魔を追撃。風砲ダメージの駄目押しで狙う事を考える。…確かこの刀の方が威力が高い、と聞いていた気がする。

 ………………弱ったところでおまえらのビームを使え。そンくらいならおまえらでも出来るよな?

 不敵ににやりと笑ってそう言い残し、ンじゃ行くぜッとばかりに慎霰は刀を打ち込む。刃では無く籠められた妖力での衝撃波がそのまま攻撃力に転換される。その衝撃波で闇が凝ったようなその身体を何度も斬り裂く――が、斬った筈のそれが再び繋がるのも早い。幾らかはダメージになっているのかもしれないが、あまり本格的にダメージになっている気がしない。…余程だなこりゃ、と慎霰は思う。
 勿論妖魔からの反撃もある。斬り込んだ途端に尖った刺突と化した黒い触手が反撃に出てくる――それらは翼と風を最大限に活用しつつ躱し続ける。掠りそうで結構ひやっとする時もあるが、怯んでもいられねェ。そんな中で慎霰は妖魔の力を削る事を続け――少し息も上がってきた頃。
 漸く妖魔の動きが鈍ってきた――弱って来た気がした。思ったところで――ざっと見計ったように数多の光線が妖魔に降り注ぐ。バスターズのキャプチャービーム。そのタイミングに慎霰は、おっ、と軽く感心するが、バスターズの面子はそちらには気付いていない。
 ただ、役目の通りに妖魔を封印する事に集中している。

 ………………ここらでお役御免かね。

 思いつつ、慎霰は肩を竦めた。



 …妖魔、再封印成功。
 妖具の刀を仕舞い、ふぁ〜ぁ、と生欠伸をしつつ――慎霰はそこに至るまでのバスターズの様子をのんびり観察。…キャプチャービームに捕縛されてからプラズマケージに封印される様まで確りと見させて貰った。封印完了、となったところで見るからにほっとしている空気がバスターズ連中から伝わってくる。…ここに『人間に悪さをする天狗』がまだ居るってのにな? 皮肉に思い苦笑するが、バスターズの連中は気付く気配が無い。今の危機を救った成り行きからして、少なくとも今は慎霰は味方だと思っているのだろう。…それはもう素直に。

 ………………まぁ、こンな事もあるッて事か。

 思ったところで、バスターズのリーダーから声を掛けられた。
「助かった」
「…おう。こっちもおまえら人間にゃ迷惑掛け倒して来たしな。その借り分だと思えよ」
「――お前」
「んッだよ。そんな顔で見るなって。照れるだろゥが」
 本気で驚いたバスターズのリーダーに瞠目して見詰められ、がしがしと髪を掻き回しつつそっぽを向く慎霰。けれどその様からは、本気の謝意が見て取れて。
 バスターズのリーダーは、そうか改心したのだな、と感極まったようにうんうんと頷いている。
 だからそういうの止せってよ。とすぐ返す慎霰。
 が、リーダーの方も宥めるようにしてすぐに切り返す。…いや、素晴らしい事なんだ。自らの非を認め正しい道を進む。勇気が無ければ出来ない事だ。我々は君を誤解していたようだ――…。



 と。

 バスターズの面々と慎霰がそんな風に話し込んでる様子を『上空』で見。
 ………………『黒い翼を扇いで滞空していた慎霰』は、さてどうすッか、と少々思案。滞空している慎霰の更に上方、手の届くくらいの位置にぷかぷか浮かんでいるのは、彼らから妖術で盗んでみたプラズマケージとキャプチャービームガンの一式が幾つか。内、一つには先程の妖魔が封印されている。
 …このくらい、今の仕事の当然の余禄ッてモンだろ。

 ――――――『本物の慎霰』はそう思っている。

 そして当然、『地上でやけに和やかにバスターズと遣り取りを交わしている慎霰』は――幻になる。…仲間の天狗にならともかく、慎霰が彼らに対してこんな態度を取る筈が無い。

 幻を見せている間に彼らの装備を頂戴する事は既に成功している。となればこのまま帰ってしまっても良いのだが、どうも一味足りない気がしてならない。…そう、騙されたとわかった時の奴らの顔が見たい。
 だから、慎霰は来た時と同じように地上に大声で呼び掛けてみた。
 同時に、パチンと指を鳴らして地上に居る慎霰の幻を掻き消して――今の状況を、気付かせてみる。

 …そして、後に地上で起きた騒動は言わずもがな。
 リーダーをはじめ、バスターズたちの怒号と痛罵を背に負って――笑いながら慎霰は更に翼を扇いで飛翔し場を後にする。
 残されるのは相変わらずクソ真面目で素直なバスターズ連中の間抜け顔。

 こう来なくっちゃ、面白くねェ。

【了】