コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


+ 肉の宴・魂の敗北 上 +



 時は深夜、満月の刻。
 麗しき戦闘シスター「白鳥 瑞科(しらとり みずか)」は人気のない廃墟にて一人の人間と対峙していた。否、正しくは連続殺人犯の悪魔に取り付かれた人間と、だ。
 グルル、と喉から鳴らす音はもはや声ではなく、獣。
 連続殺人を犯していた元人間の男は無様に地に伏せ、唾液をだらだらと零し地を汚す。


「無様ですわね。ですが貴方が犯した罪はこんな事では償いきれませんわよ」


 瑞科は唇を緩やかに持ち上げ、その顎のラインに指先を添えながら豊満な胸を抱くように腕を組む。
 ふくよかな肢体は触れれば柔らかそうで、その下に潜む肉はとても甘美的に見えた。だが彼女は見た目ほど「甘く」はない。
 シスターである彼女の戦闘服はもちろんシスター服。だが戦闘用にと腰下までスリットの入った布地は彼女が歩く度に美しい脚を露わにする。太腿に食い込むニーソックスを履き、膝まである編み上げのロングブーツはカツカツと音を立て、彼女の存在を男に知らせた。
 その音が鳴り響く度に既に力尽きようとしている男の身体は恐怖に震えるかの様に小刻みに痙攣している。


 男は目を見開く。
 女の姿を今一度目に焼き付ける為に。


 女は――瑞科は美しい女性だった。
 シスター服は最先端の素材を使用しており防御能力が非常に高い。そしてデザインも全体的に色っぽいボディラインを浮き立たせており、特にコルセットなどは女を強調するかのように胸を締め付け弾むような柔らかさを見せ付ける。
 だがそれだけならばただの『女』だ。
 彼女をより清楚に見せているのは頭に飾られた純白ケープとヴェール。
 革製の装飾グローブの下に二の腕までの白い布製の装飾の在るロンググローブが指先まで彼女を美しく魅せる。


 剣を手に戦う姿はまるで舞のよう。
 隙が無く、油断すればあっという間に視界を覆うように彼女は接近し男を攻撃した。ひらりと布地を舞い踊らせながら戦うシスターは第三者から見てとても魅惑的だっただろう。


「貴方が犯した罪はこの世では償いきれませんことよ。わたくしとしては神の御許で懺悔することをおすすめいたしますわ」


 彼女の愛剣が月の光を吸って煌く。
 その太刀筋に迷いなど一切無かった。一直線に悪魔の心臓へと刃を食い込ませ、更に打撃を加えるように捻ると彼女は這い蹲った悪魔の背をブーツで踏み一気に抜き取る。その瞬間、曲線を描いて散る血の色はとても濁った赤。
 彼女の唇の色の方がよっぽど美しい。


 そして彼女は舌をちろっと見せ、麗しく笑う。
 悪魔が息絶える様を確認し、心から喜び愉悦の表情を宿して。


「任務完了ですわね」


 動かなくなった死体を見下げながら戦闘の最中に乱れてしまった茶のロングヘアーを指先で梳いた。それだけで充分。たったそれだけ彼女の髪の毛は元の艶やかさを取り戻す。
 剣に付いた血が汚らしく思え、彼女はもう一度柄を握り直し振る。細かい飛沫が廃墟へと散ったがそれは後の処理班がどうにかしてくれるだろう。


 空を見上げれば欠けた天井から満月の光が美しく彼女の肢体を浮き立たせる。
 勝利した恍惚感は彼女にとって快感の一種。ほぅ……と息を吐き出しながら頬に手を添える。戦闘によって赤く染まった肌は内側に灯る高揚感を如実に示していた。


 だが、終わったと思っていた時は油断という名で覆される。


「――ッ! ひぁ、っ!?」


 急に足元の死体が揺らめき、その影が瑞科へと伸びた。
 それに気付いた時にはもう遅い。剣を構えようとするが悪魔はそれよりも早く瑞科の鳩尾へと拳を叩き込む。悪魔付きの男の拳に容赦という言葉は無く、瑞科の身体はまるでボールのように跳ね飛び、廃墟の壁へとその身をぶつけた。
 受身をとる暇など無く地を擦り、叩きつけられた身体は呼吸困難を起こし始める。
 ゆらり、と悪魔が両腕を垂れさせ唾液の糸を醜く地に伸ばしながら近付く。
 捲れ上がったスカートは地を擦った際に付いた太腿の傷を露わにし、その傷から溢れ出てきた血を吸って変色していった。


「ぅそ、う、……そ、でしょう!? っ、くぅ、は、はぁ……、ま、さか……ぁ、あ!」


 殺したはずだ。
 そう彼女は心の中で自身に問う。
 だが目の前に立つ悪魔は未だ『浄化』されていない。擦った肌が痛むがそんな小さな傷ごときで蹲ってはいられない。
 早く止めを。
 この哀れな子羊を神の許へと――。


「殺ス、……殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すぅぅぅぅぁぁぁああ!!!」
「グッ――、ふぁ、……ぐ、ぐぇ、はぁ……!」
「ふ、ふぁ、はは!! 殺す、殺すぞ、女ぁあああ!!」


 悪魔は一瞬にして距離を詰めると立ち上がろうとしていた瑞科の身体を蹴り上げる。
 壁との距離が近かったお陰で先ほどの様に跳ねる事は無かったが、逆にショックを吸収する空間が無く、彼女へのダメージはダイレクトに伝わった。
 かはっ、と空気を吐き出すと同時に零れ出てくる赤は――唾液と混じり、泡だって醜い。
 先ほど目の前の男の体から流れ出ていたものと同種ではないかと錯覚するほどに。


「く、ふぅ……まさか、……再生、能力……?!」
「ふは、ははははは!! 殺す、女……嬲り殺してやる、絶対にぃぃぃ!!」


 両腕を地面に置き、上半身を何とか起こそうとするも一気に削られてしまった体力では叶わない。
 男は嗤う。
 廃墟全体に響く不協和音は瑞科への死の宣告。
 抉ったはずの肉がメキメキと盛り上がり、折った筈の骨がボキボキと再生を始め元の姿を取り戻していく。先ほどまで瑞科に伏せられていた姿など微塵も見せない。
 にぃっと持ち上がった唇はこれから始まる陵辱を愉しみにし、眼球はぐるりと月夜を見上げる。


 美しい女を殺せる。
 自分を辱めた女を嬲り殺せる。
 許さない。
 赦さない。


 逆転した優勢は瑞科の心に一つの恐怖を埋め込んだ。
 ゆらり、ゆらゆら。
 影が揺れる。
 やがて振り上げられたのは悪魔の右足。


「――きッ、ぁ、ぁぁぁぁぁあああああああ!!!」


 ごき、と何かが折れる。
 悪魔は女の悲鳴とその感触を餌に嗤っていた。