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<東京怪談ノベル(シングル)>


+ 肉の宴・魂の敗北 下 +


 何度蹴られただろう。
 何度殴られただろう。
 何度辱められただろう。


 数えていないから分からないのか、分からないほど数を重ねてしまったのか。
 分からない。
 分からない。
 分からない。
 もう。
 何も。
 分から、な、――。


 地面が近い。
 血が近い。
 自分の中から溢れ出ていくものは体温か、それとも血液か、精神的な何かか。
 濁った瞳が女を見る。悪魔の瞳が女を見下す。
 涙が滲んだ視界で女は男を見た。悪魔を見た。


 男は今も尚、歪んだ表情で嗤っていた。


「い、や……」


 嗤う男。
 その笑顔が気味悪く、次第に瑞科は恐怖を覚え始める。唇から零れだした音は本心だっただろう。だが、その声が耳に入ると彼女は首を振る。其れを認めてはいけないかのように。
 事実認めたくは無かった。自分が敗北し、悪魔に殺されることなどあってはならないことだ。
 少しだけ残っていた任務への責任感が彼女を動かす。満足に立ち上がれずにいる身体に鞭を打つかのように剣の柄を杖にし、地に足を踏ん張る。
 この任務に関しては自分に一任されているため、応援は期待出来ない。たった一人の、否、一匹の悪魔討伐だと彼女は自信満々に引き受けた事を思い出す。
 意識を手放してはいけない。
 そう考えた彼女は自分の傷をわざと抉り痛みによって意識を取り戻そうとする。指先を太腿の傷に這わせ、爪を埋め込んで少しだけ傷を広げる様は自傷のよう。


「弱ぇ」
「っ――ぐふ、ぅ!」
「さっきまでの勢いは消えて駄目駄目。もう大人しく死ねよ」


 だがそうした努力は全て無に帰される。
 いくら彼女が正気を取り戻し剣を振るっても、精彩を欠いた攻撃は敵には全く効かずあっさりとかわされてしまった。悪魔の方も飽きてきたのか、欠伸を漏らす。半ば瑞科の攻撃を遊びのように避け、代わりとばかりに強烈な攻撃を贈った。
 悪魔からの痛みあるプレゼントは瑞科の中にあるプライドを削り取っていくには充分。


「……ひっ」
「死ねって」


―― ガツッ!!
 悪魔は顔を蹴る。


「ひぃっ、ぐ!」
「しぶといなぁ」


―― ゴリッ……!
 悪魔は腕を踏む。


「ぎぃ、ぁ、ぁあああああ!」
「お、まだ骨すら折れないのかよ。案外丈夫だな」


―― ガンッ、ガン、ガンガンガンガンガンッ!!!
 悪魔は胸を、腹部を、脚を……。


「も、やぁ、や……やめ、やめ、……やめ、てぇ!」
「何で?」


―― ゴッ!!
 悪魔は頭に足を乗せ、その膝の上に腕を乗せて彼女を見下ろしてけろりと嗤った。


「も、ゆるし……おね、が……、し、……ぃ、ぃ……」


 泣いた。
 はらりはらりと零れる涙は止まらない。
 呂律が回らなくなった舌はだらりと重力に引かれ、閉まらなくなった唇からは唾液がたらたらと流れていく。粘着性のあるそれは先に流れていた血には混ざらず、むしろ赤を押すように広がっていった。
 女が命乞いをしても男は疑問を頭に浮かべて嗤う。
 何度も嗤う。
 そして嗤われる度に女は惨めな自分を思い知る。


 今自分は一体どんな格好を晒しているのだろう。
 冷たい空気が肌を撫でていく。
 首元、胸元、脚。
 鈍っていく感覚の中、それでも羞恥を感じせめて肌を隠そうと身体を丸めた。だがそれは無駄に終わる。すでに布としての役割をあまり果たしていないシスター服ではどのような格好をとったとしても瑞科の肌は何処かしら外気に晒されてしまう。


 伏せたなら背中が。
 仰向けならば胸が。
 脚を曲げれば破けた布地から傷だらけの肌は露出し、防御力の無さを悪魔に見せ付けていた。自分を護る術はなく、自らを隠すことの出来ない哀れな生き物となってしまったかのよう。


 『無様』。
 誰がどのように見てもその言葉ほど今の彼女にぴったりなものはない。
 戦闘シスターとしての誇りを叩き潰され、敵対している悪魔に対して醜く命乞いをし、それでも尚生きようとする。
 伏した身体――そこから全身の力を込めて両腕を地に付け、ぐっと上半身を持ち上げる。豊満な身体は傷負い人である今も女性らしい色気を醸し出し、涙に濡れた瞳は悪魔を見て無言で懇願し続けた。唇を震わせ、音を出そうとするも喉から出てくる音は掠れた息のみ。


「ッ、……!」


 ゆるりと、手を伸ばす。
 「助けて」と言いたいのに、もはやその力すら無くなってしまった彼女にとって唯一出来る行為だった。
 しかし、懇願している相手は神ではない。『悪魔』なのだ。


 どれだけ女が扇情的でも。
 どれだけ女が哀れでも。
 ―― 誘惑するのは悪魔の方。


「ヒャハハハ! 残念でしたぁ」


 やがて力尽きた手は悪魔に【すくわれる】。
 意識を失った瑞科を未だ怒りの解けない悪魔はまるでゴミの様に引き摺っていく。
 ずり、ずりずり……。
 血によって作られた道は女の身体から溢れ出るまで続き、中々途切れない。途中細かな引っ掛かりによって服がまた捲れ剥れ落ち、裸体が露わになれば再び鮮明に描く。
 女の身体で描く敗北のロード。


 何度蹴られただろう。
 何度殴られただろう。
 何度辱められただろう。


 数えていないから分からないのか、分からないほど数を重ねてしまったのか。


 そして彼女の行方を知るものは――居なくなった。









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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8402 / 白鳥・瑞科 (しらとり・みずか) / 女性 / 21歳 / 武装審問官(戦闘シスター)】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、初めまして。
 今回は発注有難う御座いました。
 上中下と一気に書き上げさせて頂きましたが如何でしょうか?
 プレイングに書かれていた事を出来るだけ再現してみた結果こうなりました。少しでも気に入って頂けましたら幸いです。では!