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<東京怪談ノベル(シングル)>


郷愁ラプソディ

 目を閉じれば、はいくつも背の高い煙突から細く長い煙がたなびいている黄昏時の空が浮かぶ。
 時間はすでに深夜を回っているため、数年ぶりに訪れた故郷の空の様子は判らない。
 ただ、時代の流れから取り残されたような風景を思い浮かべて藤田あやこは郷愁の念に僅かに目を細めて漆黒の闇に染まる空をしばしの間眺めた。

 小さな町工場が多い雑然とした下町はここ数年の不況の煽りをまともにくらい、次々と廃業する工場が増えていた。
 働く場所を無くした人たちは当然職を求めて都会に出て行ってしまったために、この都会の中でそこだけがぽっかりと人の影が見当たらない。

「ゴーストタウンとはこのことね…
…」


*****


 開店している店の方が少ないシャッター商店街の入り口であやこは大きくため息をついた。

「こんな様子じゃ、あの話も当然ね」
 
 あやこが久しぶりに故郷を訪れたのは、他でもないこの町のあたり一帯を更地にして巨大なマンション群の建築をある会社がもくろんでいるという話を小耳にはさんだからだった。
 もう随分と長い間この地を訪れていた居なかったあやこは当初、半信半疑で聞いていた。
 だがこの状況を目の当たりにすれば、あやことて企業経営者のはしくれだ、納得するしかない。
 これだけの土地を遊ばせておく位ならばいっそ更地にした方がいいというのは当然のことだろう。
 いろいろと考え込むうち更に夜は更けていった。

 マンション建設の噂と共に届いたのは、この商店街に夜な夜な妖怪や霊らしきあやかしたちの行列――いわゆる百鬼夜行が現れるという噂だ。
 廃屋や空き家が並び、明りの少ない町の様子が噂に信憑性を持たせるのか、廃墟マニアだの肝試しだので面白半分に訪れる連中が後を絶たないらしい。
 町の温存を望んでいるあやこは、それこそ四方八方コネクションを利用して探りを入れたところ、町の衰退は不況による工場の閉鎖もあるが、それ以外にもその怪異の噂によるところが大きいと判った。
 だとすれば、ただ故郷を守るためには直接交渉しかないと久しぶりに帰省したのだ。

「百鬼夜行に出会ってどうなさるおつもりですか?」
 ふいに聞こえた声にあやこが振りかえると、眼鏡をかけた優男風の男性が寒そうにコートの前を両手で重ねるように合わせてそこに立っている。
 見覚えのないその男にあやこは訝しげな視線を向けた。
「あぁ、失礼。自己紹介が送れましたね。僕はこういうものでして」
 差し出された名刺には、「第3保健室保険医 高生一成(たかお・かずなり)」と書かれていた。
「第3保健室?」
 露骨に胡乱な眼差しを向けられたというのにもかかわらず、一成はただ穏やかそうな笑みを浮かべている。
「藤田あやこさんですよね?」
 更に名前を問われて、ますますあやこの眉間に剣呑な縦皺がよった。
 とりあえず、一成はこれ以上警戒されない為にも第3保健室の主旨を説明する。
「まぁ、要は学校関係者のためのよろずごと相談みたいなものですね」
「サービスいいのね、最近の学校だか行政ってやつは。それで、その何でもやな保険医が何かご用?」
「こちらも仕事でして。随分と子供たちの間でも噂が広がっていたものですから」
「……そう。それじゃぁ、私の名前を知っていたのは?」
「それは、企業秘密です」
 笑みを浮かべる一成は、どうやら見かけだけではない何かを秘めていることを察知する。
「なんでも、町を温存するために百鬼夜行を利用したショーアップで観光地への転換を考えていらっしゃるとか?」
 どこでどこまで調べて来たのか、一成はあやこが密かに進めていた計画まで知っていた。
「そうよ。マンションの代わりに一部の土地を利用してテーマパークを建設。その目玉として昼はナマの妖怪のお化け屋敷、夜は妖怪の夜間パレードとかね」
 バカバカしい計画のように思えるが自分の血肉である故郷が丸々ビル群で変わってしまうことを考えれば、一部以外を残すことが出来るなら有効な話だと思ったのだ。
「しかし、そんな計画にあちらが乗ってくれるでしょうかね?」
「乗って『もらう』んじゃなくてのせるのよ」
「そうですか。おや、おしゃべりしている間に、待ち人が現れたようですね」
 一成が指さした向こうに、一つまた一つと人魂と呼ばれる青白い炎が浮かび、闇が蠢きそこから妖しが姿を現した。


*****


「何用だ、お前たち」
 ひどくしゃがれた声の大きな火車の姿をとった妖怪があやこと一成をぎょろりとした大きな目で睨め付ける。
「単刀直入に言うわ。私の事業に協力して欲しいの」
 ひるむことなく、まっすぐにその目を見返してあやこは妖怪に自分の計画している事業の内容を告げた。
「ふっ……見たところお前もただの人ではないようだが。そう言われてやすやすと言うことを聞くとでも思ったのか?」
 気分を害したように妖怪の頭目は眉根を寄せた。
「さぁ、それは会ってみないと判らないでしょう。あいにくと私、諦めが悪い性質なのよ」
「判らん……判らんな! この地は我々には心地良い不浄の地。仮に我々たちがその話を飲んだとしてもまた別の奴らが現れるだけ。無駄な足掻きというものだ」
「それでも、足掻いてしまうのは人の性と言うものですよ」
 それまで黙って話を聞いていた一成がここにきて、口を挟んだ。
「しかし、貴方達にとっても良いお話しだと思いますよ。なにせ、現在マンションの計画をしている会社は町ごと調伏してこのあたり一帯の浄化を考えている。そうなれば、貴方達だとてここを追い出されるばかりかその存在すら危うくなるわけなのですから」
 その話は多少なりとも妖怪たちに危機感を感じさせたようだ。
「ふん、食えん連中だな」
「じゃあ、私の計画に協力してもらえるのかしら?」
「お前の計画に乗って我々に見世物になれと言うのか!」
「この一件、僕に任せてくれますか?」
 一成はの微笑に毒気が抜かれた様に、あやこと頭目は一成を見つめた――


*****


 それから数日後、第3保健室でくつろぐ一成の向いにはあやこの姿があった。

 町の取り壊し期限を前に、マンションの建設を計画していた会社が計画の延期を発表した。
 そこを、あやこの会社が土地の買収を持ちかけてあの町丸ごとをあやこが買い取ることになった。

「そろそろ種明かししてくれてもいいんじゃない?」
 あやことて買収を持ちかけなかったわけではなかった。
 にもかかわらず、件の会社は頑なに拒絶したためにあやこが乗り出して言っていたわけなのだが……
「いえ、まぁ、直接現在の住人であるあの方たちと会社のお偉い方たちと交渉してもらっただけですよ」
 あの方たちとは当然、百鬼夜行の妖怪たちとと言うことだろう。
「……ねぇ、それって脅迫とか言わない?」
「嫌だなぁ、人聞きの悪い。穏便かつ至極平和な和議と言って下さい」
「どおりで……」
 あやこは相手の会社社長が手のひらを返したように買収を持ちかけて来たときの相手のようすに納得した。

――食えないヤツ。

 百鬼夜行達はまだ町に残っているが、自分たちの安住と引き換えに他の外的攻撃から町を守って行くと言うことになったらしい。

 まぁ、そのおかげで一旦故郷が取り壊しから守られたことには違いない。
「あとは、あやこさんの本領発揮と言うところですね」
 そう、あとはあやこがいかに百鬼夜行と住人たちとのバランスを調整し、町と町の思い出を残しつつ再建させるかにかかっている。
 むしろ、それならあやこの十八番である。
「乾杯しませんか?」
 おもむろに置くからシャンパンで満たしたフルートグラスを持ってきた一成がその一つをあやこの前に差し出した。

「町の守護の誕生に――」
「故郷の和平に――」

カチン――と、グラスのなる音がした。