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<東京怪談ノベル(シングル)>


炎の揺れる彼方


 人間と獣たちの進化の差は、言葉と炎を扱うか否かで分けられる。
 それを起点として、人間は果てしない可能性を追い続けた。夢を創造する力へと変え、何もかも具現化しようと貪欲に挑む。しかし夢を追うには、大なり小なり犠牲を伴う。それを学習しながらも、人は愚直に夢を追い求めた。たとえその結末が、凄惨なものになろうとも……

 ある時、ひとりの女性が聖女を夢見た。
 しかし彼女の家系は魔女の力を有し、彼女もまたその才能に目覚めてしまっている。夢を叶えるのは容易ではなかった。
 そこで彼女は負の感情を消し去る呪いを施し、さらに不必要となった魔法の素養を、あろうことか息子に押し付けた。ただでさえ呪いの影響で負の感情しか持たぬのに、さらに容赦なく追い討ちをかける。彼女はただ、魔女狩りから逃れたい一心だった。しかしさすがに幼子では、邪魔な才能をすべて受け継ぐには無理がある。その強大な力はうねりとなり、さらに彼の心を狂わせた。
 その心からあふれ出す負の感情とは、憎悪や殺意、そして執着である。彼もまた夢見る人間のひとりとして生を受けた。よって、母と同じく夢を実現する権利を持つ。いかに心がドス黒くても関係ない。
 少年は成長するとともにある秘術の研究に没頭し、それを実現させるべく行動に移す。結果だけを言えば、彼は見事に秘術を成功させた。
 その過程である材料が必要だったので、躊躇なく清らかな母の命を奪う。残りはすべて火あぶりという屈辱の手段で処分したが、混沌に満ちた彼の心がそれで満足を得るはずもない。

 その後、青年は人知れず故郷を離れ、未知なる世界へと旅立った。
 彼の名はカーチス・グロウランド。邪悪の権化と呼ぶにふさわしい、魔法使いの男。


 そして現在。
 東京某所の豪華ホテルの一室に、同じ名の男が長期滞在していた。もちろんカーチス本人である。地下室を秘密の研究室として使い、心行くまで知識を貪り食う。
 もちろん世間様には、そんな姿を見せはしない。表向きは『新進気鋭の若き考古学者』として名を馳せている。人前に出る時はいつも英国紳士を気取るが、誰もが『暗い魅力を醸し出す謎の人物』と口を揃えた。

 そんな暗い霧を晴らすべく、ひとりの記者が動き出した。
 彼はカーチスの生まれ故郷が魔法使いが住むと言い伝えられる村であることを調べ上げ、魔法やオカルトについて徹底的に研究する。そして知り合いの編集者に大金を払い、本人への取材時に同行する約束を取り付けた。
 都内某所で取材に応じるカーチスは非常に知性的だが、その表現に何ともいえない癖がある。編集者は記者に向かって「あの人は考古学にロマンを求めず、純粋に知識だけを追ってるから」と、非常に好意的なコメントでカーチスを評した。それを聞いた本人は、デカい口を開いて「いいですねぇ、その表現いいですねぇ!」と椅子の上に立って編集者を指差しながら大喜び。めったに見せない地を茶目っ気に変えて披露する。
 それでも記者の疑念は晴れない。だいたい考古学者なんてものは、盗掘する連中と差異はない。ロマンが目的でないなら、発掘品が目的と相場が決まっている。出身地から察するに、呪いや魔法に関係する遺物を隠し持ってるのではないか……疑い深い記者はそういう推論を立てた。スクープを得るには、多少の危険は付き物。彼はその場で、カーチスの住むホテルへと侵入する計画を立てた。

 その日の夜、ホテルが暗闇に包まれるのを待ち、記者は裏口から侵入する。
 相手は得体の知れない人間ということで、非合法ではあるが拳銃を用意した。実際に撃たないにせよ、脅しにはなるだろう。彼は利き手をポケットに突っ込みながら、カーチスの居場所を探した。しかし外から見てもわかるように、上階には明かりがない。ということは、地下か……記者は爪先で道を探りながら、ゆっくりと歩いた。
 薄暗い廊下を進むと、この世のものとは思えない奇妙な匂いがする。思わず嗚咽が漏れそうになるが、ここはぐっと我慢。記者はそれを辿って歩く。すると偶然にも、壁を模した隠し扉を発見した。意を決した記者はこれを開き、吸い込まれるように中へ入る。
「こ、これは……!」
 実験台と思しきテーブルの上には、さまざまなものが置かれていた。
 目の前のフラスコには生きたイモリが茶色い液体の中で泳ぎ、その脇には紫色の薬が煮立っている。廊下に漏れ出た匂いの元は、おそらくこれだ。さらに正体不明の魚類の鱗や爬虫類らしき牙、そして雑草と呼ぶのも難しい珍妙な形をした植物が並ぶ。
 これだけのものを見れば、もはや疑う余地はない。カーチスは魔法使い以上の存在だ。記者はカメラを手に取り、それらを次々と撮影していく。
「考古学を隠れ蓑にして、こんなことをしてるのか……」
「おや、あなたは昼間の……私の研究室に、何か御用ですか?」
 気配を一切感じさせずに、カーチスが記者の背後に迫った。昼間と同じ気品ある態度だが、もはや別人としか思えない。記者はすぐさま距離を置く。それは本能的な動作だった。
「御用もクソもあるか! あんた、これを何に使ってるんだ!」
 悠然と構えるカーチスの態度に動揺したのか、記者はよくわからないセリフを言い放つ。
「見てわからないのなら、聞いてもわからないでしょう?」
「じゃ、じゃあ、この写真を公表して、世界中の人間に聞くぜ! お前とは無関係なところで勝手に評価される恐ろしさを、その肌で感じるがいいさ!」
 相手がアクションを起こさないのを見て強気に出た記者だったが、これを境にカーチスはブチ切れたかのように動き出す。その姿はまるで糸の切れたマリオネットのよう……裂けるほど大きな口を開いて満面の笑みを浮かべつつ、だらりと両腕を揺らしながら記者に迫った。
「てめぇの味方かどうかもわかんねぇ人間を盾にしねーと吠えることもできねぇクソがぁ! 俺のアイデンティティーの爪の垢でもしゃぶってろ、キャハハハ!」
 今度は地下室を飛び回りながら、あのイモリ入りの液体を一気に飲み干し、豪快にゲップする。
 あまりの変わりっぷりに呆然とする記者を指差していろんな表情で嘲笑しながら、すごい剣幕で追い詰めていく。
「他人の住居に侵入したくせに、怪しい写真撮ったら正義マン気取りかぁ? てめぇの脳みそ、お花畑だな! ここにぶちまけたらフローラルってか!」
「なっ! お、お前、そんなことやる気なのか……?!」
 記者の動揺を加速させるのが目的なのか、それとも無意識の行動なのか。カーチスは極限まで顔を近づけ、急に真顔で喋る。
「……ここまで言っててやらねぇ奴、この世にいんのか? きゃはははは! うほへはは! ひゃっはっへぇーーー!」
 髪を振り乱しながら動き回る考古学者の姿を見て、記者はようやく『暗い魅力』の正体を知った。正確には論理的に得たのではなく、ただなんとなく感じただけ。いったいどれだけの人間が、生きている間に「純粋な邪悪」と触れ合うことができるだろうか。これをマトモな感性で受け止められるはずがない。
 記者は負けじと奇声を放ち、大切なカメラを捨て、無我夢中で拳銃からありったけの弾丸を放った!

「うわああぁぁぁーーーーーーーっ!」
 バンバンバンバンッ! バン!

 カーチスはその身に弾丸を受け、無残な姿で地面に倒れた。
 研究室に焦げた匂いが充満する。記者は人間の命を奪った武器を持ったまま、ピクリとも動かない。いや、動けないのだ。徐々に彼は、さっきまで感じていた怪しげな薬が煮える音を取り戻す。それとともに、自分の行為に正当性を求めた。
「俺は殺すと脅されたんだ。そ、そう、これは正当防衛だ、そ、そうだ。その通りだ。俺は何も悪くない。こんなおぞましい実験してる奴は人間じゃないんだから……」
 記者は呪文のように独り言を呟く中、なんと音もなくカーチスが起き上がる。普通の人間なら致命傷だが、カーチスにはそんなもの関係ない。
「怯えるなよぉ! 殺しただろぉ、人間を! 今、確かに! に・ん・げ・ん・をぉぉぉーーー! きゃーーーはっはっは!!」
 深淵から響く声を封じんと、記者は再び拳銃を構える。しかし、すでに弾丸は撃ち尽くした。もはや反撃する術はない。
「やめろ、近づくな……俺に近づくなぁぁぁ!」
「近づかねぇよ、バーーーカ! 熱いからな! 熱いからな!」
 カーチスの言葉が耳元で木霊すると同時に、記者の体は勢いよく燃え上がった。カメラも拳銃も、その身までも容赦なく焦がしていく。これが記者の探っていたカーチスの本当の力。死して真実を得るとは、なんと皮肉なことだろうか。それを嘲笑うかのように、カーチスは相手が燃え尽きるまで爆笑で見守った。


 翌日、都内の片隅で記者の変死体が発見された。
 その報は犯人の耳にも届いたが、彼は他人事のように「そうですか」と呟いただけで済ませる。今日も暗き感情に背中を押され、好きなことをしなければならない。過ぎたことは過ぎたことだ。

 若き考古学者、カーチス・グロウランドはひとり静かにホテルを出た。今日は何を求め、どこを彷徨うのだろうか。