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<東京怪談ノベル(シングル)>


   寒い夜、あたたかな。


 町はイルミネーションに彩られ、どことなく浮足立つような季節。
 十二月二十四日。今日は、クリスマス・イブだ。
「雪、クリスマスは覚えている?」
「もちろんであります!」
 母に問いかけられた雪は、元気よく頷いてみせる。両手を胸の前で組むと、うっとりした顔つきになった。
「イエス・キリストの誕生日。多くは、家族や恋人と過ごすとされますね。わらわが艦に憑いていた頃は、クリスマスを陸で過ごして帰ってきた水兵さんたちが聖夜の熱愛を多弁に語ってくれたものです――いたっ!」
 頭を叩かれ、雪は言葉を中断した。小さな手で長い金髪の頭を押さえながら、叩いた母を涙目で見上げる。
「おかーさん、痛いです……」
「この子ったら、また変な電波を受信してるんだもの」
 電波じゃないのです、これはわらわの大切な思い出。喉元まで出かけたその言葉を飲み込んだ。
 雪の正体は、戦艦の付喪神。だがこの家では、『記憶喪失の娘』ということになっている。勘違いされてとはいえお世話になっている身、騙すようだが彼らを傷つける訳にはいかない。雪は軽く頭を振り、ぽやんとした表情で母を見つめた。
「あれ、おかーさん……雪、どうかしたですか? 何だか頭がぼんやりするのであります」
「ああ、雪! 元に戻ったのね」
 涙を浮かべてすらいた母が、ほっと胸を撫で下ろす。雪が不思議そうにしていると、母は雪の頭を優しく撫でた。
「雪、今日はクリスマスなのよ」
「おかーさん、クリスマスってなあに?」
「良い子にはサンタさんがプレゼントを持って来てくれる日よ。それから皆で美味しいものを食べて、お祝いするの。これから買い出しに行きましょう」
「わあ、一緒にお出かけですか? わーい、嬉しいです!」
 両手を上げてばんざいする雪に、母も嬉しそうに笑う。
「雪ったら、はしゃいじゃって」
「雪、おかーさんもクリスマスも大好きです!」
「ふふ。支度してくるわね」
 そう言うと、母は一旦部屋を出て行った。後ろ姿は上機嫌で、足取りも軽い。雪は、人知れず安堵の息を吐いた。
「ふう。いやはや、人間は複雑なのであります」
 額の汗を拭うような仕草をするその姿には、どことなく本来の年相応の落ち着きがにじみ出ていた。





 そして買い出しを終え、夜を迎えた。昼間は遊んでいた妹も、仕事から帰ってきた父も一緒に、家族で過ごすクリスマスパーティの準備をしている。
「よーし、パパ張り切って煙突作っちゃうぞ!」
 煙突ってそんなに簡単に作れるものだったでしょうか。そう思いつつも、やる気満々の父に雪も拍手で応援する。
「雪、七面鳥ってわかる? お母さん、今夜はチキン丸ごと煮ちゃうから」
 おお、大きな七面鳥なのです! そう目を丸くしながら、雪はかつて戦艦で皆で迎えたクリスマスを思い出した。
「おねーちゃん、知ってる? クリスマスイブはね、おっきな靴下吊るすんだよ」
 靴下……プレゼントを入れるものでしたね。そう思い起こしながら、雪は残念そうに眉を寄せる。
「えと、雪は持ってないのです……」
「そうなの? じゃあおねーちゃんに私のルーズあげるっ」
 そう言って差し出されたルーズを受け取りながら、雪は内心肩を落とした。ルーズのような普段使っている靴下で問題なかったのか。
「あ、ありがとうなのです」
「めりくり〜!」
 無邪気に笑う妹が可愛くて、雪も嬉しそうに笑う。そこへ、煙突を作っていた父が戻ってきた。
「よーし、煙突が出来たぞ!」
 満足そうな声に、雪も目を輝かせて振り返る。が、そこにあったものを見て、ぱちくりと瞬きを繰り返した。
「ご苦労さま、お父さん。お茶でも飲む?」
「おう」
 母も父も、特に何も触れない。妹も楽しそうに部屋の中からそれを見ている。雪は、おずおずと父に切り出した。
「あの、煙突って段ボール製……なんですか?」
 しかも、窓枠にはまっている。斜めに空を向いているが、仮にサンタが入ってくるところを想定すると――滑り台のように煙突を滑り下り、窓を割って室内に侵入。それは何だか、アクション映画のようにワイルドな光景だった。
「こまけぇことは……早く寝なさい」
 言い訳が見つからなかったのか、父は雪の両肩に手を乗せ、言い聞かせるようにそう言った。リアクションに困り、雪もとりあえず頷く。
「お父さん、まだご飯も食べてないじゃないの」
 後ろで母が軽く笑い、そうだったな、と父も声を上げて笑う。雪も、ほっとして一緒に笑った。





 それから夕食に美味しいご馳走を食べて、早めに寝た。おなかいっぱいで、皆楽しそうに笑っていて。素敵なクリスマスだったな、なんて幸せを噛みしめながら。
 とはいえ早く寝すぎてしまったのだろうか。夜も更けた頃、物音がして雪は目を覚ましてしまった。目を擦りながら視線を動かすと、赤い服を着た人物と目が合った。サンタ服を着たその人が、気まずそうに動きを止める。
「め……メリー、クリスマス」
「メリークリスマスなのです。……サンタさん?」
「そう、サンタさんだ! 良い子にプレゼントを持ってきたぞ」
 雪の言葉に、彼はぱっと顔を輝かせた。そして、手に持っていた袋からプレゼントを差し出す。
 雪が隣を見てみると、妹はまだ寝ていた。雪は、起こさないように布団から出る。サンタ――の格好をした父からプレゼントを受け取り、包みを開けてみた。
「あう。可愛いセーラー服なのです」
 日本の海軍の制服はセーラー服でしたね、なんて思い、少し嬉しくなる。雪は、パジャマの上からセーラー服を着てみた。
「……スカートが超短いですが」
 今はパジャマのズボンを履いたままだが、それを脱いだらパンツ丸見えなのではないだろうか。少し、外に着ていくには恥ずかしいかもしれない。
「安かったから、ついサンタ服買ったところで……」
「あーた!」
 扉の陰から見守っていた母が姿を現す。迫る母に焦りながら、父は冷や汗を流す。
「いや、ルーズに似合うだろ。クリスマス専用は勿体ないし、その……これも、今流行りのエコということで」
「あっ、このルーズを合わせればいいのですね」
 壁に吊るしておいた、妹からもらったルーズソックスを手に取った。こちらもやはりパジャマの上から履いてみると――パンツ丸見えだろうことは変わりないが、まあ似合っているかもしれない。
「そう、そうだ! うん、似合うじゃないか」
 取ってつけたように言い、父が笑う。怒る気も失せたのか、母は呆れて頭を押さえた。雪は苦笑する。
「あ……ありがとうなのです」
 そう言って、微かに頬を染めた。そんな雪を見て、父と母も顔を見合わせて微笑む。妹は、すやすやと気持ちよさそうに眠っていた。
 クリスマスパーティも、プレゼントも、雪の記憶と違ってなんだかちぐはぐなものばかりだけれど。
―――不思議です。人間は複雑だけれど、とってもあたたかくて。
 とても優しい気持ちが伝わってくる。エアコンやストーブより、何よりもそれが心をあたたかくさせて。雪は、目にじわりと涙が浮かぶのを感じた。
―――とっても、幸せなのであります。





《了》