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独占スクープ! 女社長は語る!!
Prologue.
某日。某時。
某月刊誌の取材の為、某ホテルの一室が貸し切られていた。
「あーあー、ただいまマイクのテスト中」
ICレコーダーを調節している編集者。
そして、テーブルを挟んだその向かいに座るのは藤田(ふじた)あやこ。
彼女は今一世を風靡するモスカジの開発者であり、社長であった。
「では、インタビュー始めさせていただきます」
編集者がそう言ったので、あやこは語りだした。
そう、全てが始まったあの日からのことを…。
1.
忘れもしない。
あれはクリスマスイブ。
ホームレスだった私を、大学の彼氏いない友達たちが寮に呼んでくれて盛大な女子忘年会が行われたの。
当時、バブルなんていわれてたけど、私の財布は寂しいものだった。
「今夜はパーっといこー!」
男子のいない飲み会なんて…しかもイブよ?
空しい事この上なかったわけだけど、そんなこと構わずに皆飲んでたのよ。
で、飲み潰れちゃったのよね、私。
だって、みんな飲め飲めっていうから気持ちよくって。
そしたら、夢を見たのよ。
「アナタ、オカネ、ホシクナイデスカ?」
片言の日本人とは到底思えない喋りだったわ。
「オカネ? あ〜お金かぁ。まぁ、欲しくないって言ったら嘘かなぁ」
「コウショウ、セイリツネ」
ニヤリと笑った気がしたわ。
でも、それって私の夢だし、そのまんま寝てたのよ。
そうしたら…
「きゃーーー!? あんた誰!?!?」
同級生の悲鳴が聞こえた。
私、飛び起きたわ。
変質者が入ってきたのかと思ったのよ。
そうしたら、皆が私を見てるじゃない。
「あなたは誰です!? に、人間じゃないの!?」
いつの間にか来てた寮の管理人の手には箒まで握られてたわ。
私、尖った耳の白い翼をもった別人になっていた…。
2.
気が付いたら、あの場を追い出されてて冷たい冬の公園に佇んでた。
子供だって遊んでいないような寒空の下で私、凍えてたわ。
左目紫だし、水かきはあるし、耳尖ってるし…誰も声なんて掛けてくれなかった。
そうしたら、ヒラヒラッて1匹の蝶が飛んできたの。
花なんて何処にも咲いてないのにね。
なんだか自分と同じだなって思えて、ポケットを探ったわ。
そうしたら100円見つけたの。
これでコーラでも買って1匹と1人で分けたら、少しは寂しくなくなるかな。
私、迷わずコーラを買ったわ。
「さ、お飲み」
手の平にこぼしたコーラは冷たかったけど、心はちょっと暖かくなったわ。
そうしたら…
「貴女はなんて優しい人なんだ」
ボンって音と共に煙が舞い手の平の蝶は消えうせて、目の前には私好みの美男子が現れたわ。
うん。そりゃーもう超イケてた!
今思い出しても素敵だと思うもん。
私、ひと目で恋に落ちたわ。
彼も私に一目惚れ。
運命の出会いね。
「貴女には才能がある。貴女に僕の商才を掛け合わせれば素晴らしい未来が見えます!」
彼、そう言ったの。
私、この運命には従うしかないって思ったわ。
そうして、初めての商売。
携帯塗装業を路上で始めたのよ。彼と2人でね。
秋葉で携帯塗装って言ったら、まず私の名前が出るくらいだったのよ?
行きかう人の携帯、ぜーんぶ私が描いた携帯だったくらい。
…でも、真似する人間って出てくるのよ、必ずね。
すぐに目新しい事する他の所に客層は移動しちゃって、残ったのは秋葉の原住民。
私も彼も、資金がつきそうになって、正直仲も悪くなりかけてて。
そういう時ってホント、心も荒んじゃうっていうか…。
でもね、やっぱり救いの神様っているのよ。
3.
「こ、この『タイガーモス』にこのゲームのキャラクターを塗装して欲しいんだナ」
それは1人の秋葉系男子が持ってきたイギリス空軍の飛行機の模型であった。
「これは…!?」
彼は恐れ戦くかのように、その船体をまじまじと見たわ。
別段変わったところの無い普通の飛行機だと思ったけど、彼には違ったみたい。
「あやこ、これだよ! タイガーモスこそあやこの本当に描くべきものなのだよ!」
私正直よくわからなかったんだよね。
でも、彼続けたわ。
「ヒトリガは飛んで火に入る猛々しい蛾だ。男らしくないか? 蝶に比べ蛾は忌み嫌われるが、これを上手くブランドに活用できないか。事実、迷彩柄の服は男も好んで着る。蛾の装身具など無いが蝶の設備や材料を転用できる」
彼、とても興奮していた。
1人でずーっと喋って、1人で納得してる感じ?
「そうだ! まずは蛾の模様のジャケットから始めようじゃないか!」
でも、蛾をモチーフになんて…。
私がそう渋ると、彼、私の目を見つめて優しく言ったわ。
「何を言うんだ、あやこ。蝶は人間が鱗翅目を見た目の美しさだけで恣意的に分類した物だ。美しい蛾もいる。そもそも、蝶と蛾の区別というのは特に無いのだ。確かに、蛾といわれるものに毒蛾もいるが、人々を啓蒙すれば無分別に蛾に殺虫剤を撒く人も減る。エコにもなる。…僕の仲間を紹介すれば、あやこだってきっとわかってくれるさ」
彼はオオシマツムギやヘオジロルリツバメガなど美しい蛾を呼んで乱舞させた。
それはとても幻想的だったわ。
この世のものではない美しさって、きっとああいうことを言うのね。
二次元にしか興味の無い秋葉系男子ですら見とれるくらいだったんだもん。
「…そうね、私やってみる!」
「そうこなくては! あやこ」
Epilogue.
「…そんなことがあったんですね」
編集者はほぅっと息をついた。
あやこのマシンガントークに息をするのを忘れていたかのようだった。
「これが今の『蛾=肉食系=格好いい』という、モスカジの原点であり、現在の社長の地位を確立された理由なんですね。……あの、失礼ですが、その彼は今?」
「…繁殖の為に国に帰っちゃった。いい思い出よ」
あやこは笑った。
その顔に一粒の涙が光っていたことを編集者は知らない。
彼が残したものは、まだそこにあるから。
私はまだ頑張っていられるのよ。
あやこは、そっとその涙を拭ったのだった。
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