コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


〜愛する人よ、ここに在り〜


 凄腕の投資家、藤田あやこ(ふじた・あやこ)は、今日も今日とて多忙に多忙を極めていた。
 彼女の行くところすべてに取材陣がついて回り、さながら大名行列のようである。
 肩で風を切り、その黒髪を嫣然と翻して、何者も寄せ付けない雰囲気を漂わせながら、彼女はつんと顎を上げて都会を闊歩する。
 誰にも媚びない自信の色が、彼女の全身を覆っていた。
 生活臭をまったく伴わず、孤高の生き方を選んだひとり身の彼女には、誹謗中傷の嵐が日々つきまとっていた。
 妬み、嫉み、そしてバリエーション豊かな陰口の数々――そんなものに惑わされるほど、あやこは暇ではない。
 またしても、「子供がいないから男性遍歴がすごい」という噂が、まことしやかに流れ始めたが、彼女は一笑に付した。
 今日の戦果は既に億単位だ。
 ふふ、と紅い唇で笑ってみせ、囲む取材陣の追及にさらりとこう答えてやる。
「事実無根ですわ。これ以上は法的手段も…」
 だが、そんな彼女も、傷ついていないわけではなかった。
「子供なんか要らないわ。世の中お金よ」
 自宅に帰ると、手酌で酒をあおる毎日だった。
 心労はかさむばかりで、一向に減りはしない。
 わかっていて選んだ道ではあるが、だからといって心が抉られないわけではないのだ。
 しかし外に一歩出ると、大人の女の仮面を身に着け、少々のことでは動じる気配を見せない彼女だったが、ある日ふと見かけたスポーツ新聞の見出しに、ぎょっとなって立ち尽くした。
『あの女社長はエルフ?』――そんな不審げで大げさな見出しだったが、あやこにとってそれはひとつの真実でもあったのだ。
 あやこはその新聞をがっとつかんで、記事をなめるように読み始めた。
 詳細に書かれた記事には、浴室で水着姿で翼を洗うあやこの盗撮写真が載せられている。
「今回の記事は衝撃的でしたねえ…」
 そんな声が背後から追いかけてきて、あやこは思わず後ろを振り返った。
 ラーメン屋の奥に据えられたテレビからは、さげすむような目をした司会者の顔がアップで映っている。
「人外なので子孫が遺せないんですね。お金が生甲斐ですね。解ります」
 わなわなと全身が震え始めたあやこは、そのまま踵を返して家に突進した。
「違うぅ!私だってねぇ私だって…わーん」
 家に着くや否や、あやこはソファのクッションに突っ伏した。
 テーブルの上に放置された焼酎の瓶をつかみ、どばどばとグラスに中身をあける。
 誰にも理解してもらえないのだ、この寂しさは。
 傷口に塩を塗るような真似ばかり、世間はあやこにするのである。
 泣きながら酒をあおっていた彼女の前に、突然電磁波が発生した。
 驚いて目を大きく見開いたあやこに、ある女性の声がかけられた。
「どうやら図星ね?」
「誰?」
 電磁波がやがて人型になり、女性の形を成していく。
 それはマッドサイエンティスト、鍵屋智子の姿だった。
「私は鍵屋智子。貴方に朗報をもたらしてやろうと思って」
 高飛車に智子は言った。
「まずは用意してほしいものがあるわ。エルフのボディのクローンをね」
「ど、どうしてそれを…」
「私の研究に必要な情報は、どんな手段を使ってでも手に入れるわ。IO2に管理されているようね、今すぐ提供してちょうだい」
 あやこは一瞬考え、強く首を振った。
「無理よ、そんなの!」
 すると智子はふっとさみしそうな目をして、「そう…」とつぶやいた。
「それじゃ、この子は死んでしまうのね…」
 智子は小脇に抱えたカプセルを、何度も何度もいとおしげに撫でた。
「除者にされ孤軍奮闘する貴方なら私やこの子の境遇が判ると…」
「それ、どういうこと?」
 聞き返すあやこに、智子は静かにこう言った。
「このカプセルの中身は、誘拐されて肉体を奪われた16歳の少女の脳よ。今ならまだ生きているわ。だから、新しい肉体に移植すれば助かるの」
 新しい肉体――それはIO2が管理している、エルフのボディのクローンのことである。
 予備として管理しているものを他人に使ってしまうのは、危険なことだ。
 あやこはためらった。
 視線をさまよわせ、何度も口を開いては、何も言葉を発さずに閉じた。
 智子の意見に同意すれば、少女は必然的にあやこの娘となる。
「え〜私が娘〜?」
 そんなことは考えたこともなかった。
 だが、じっくり考える時間は与えられなかった。
 カプセルの灯がチカチカと弱々しく点滅を始める。
「彼女…死ぬわ」
 智子は簡潔に事実を述べた。
 はっとして、あやこの視線がカプセルに注がれる。
 カプセルの中の脳に目を合わせた瞬間、あやこの中の何かががらりと音を立てて変わった。
「この子お迎えするわ」
 それは母になる喜びと同じ、温かい何かであった。



 後日、孤児の養子縁組記者会見の席であやこは、セーラー服姿の娘を撫でたり抱いたり愛情を注ぎまくっていた。
 突然増えた家族、そして自分に最も近しき者。
 その日、報道陣に見せたあやこの笑顔は、過去のどんな場面のものより人間らしく、そして幸せそうだった。

〜END〜