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<東京怪談ノベル(シングル)>


天使の子猫と悪魔の本

1.
「みなも、どうだった?」
 海原(うなばら)みなもの背中から金色の羽が消えると同時に、子猫がその姿を現しました。
 子猫はうきうきと得意げにみなもにもう一度尋ねます。
「どうだった? どうだった?」
「とっても上手だったよ」
 子猫の頭をなでなでと撫でて、みなもは一息つきました。
 回りはいつものみなものお部屋です。
 ですが、その机の上には図書館で貰った一冊の本がおいてありました。
 司書曰く『みなもと子猫の本』なのだそうです。
 そして今、みなもは子猫と共にこの本から戻ってきたところでした。
 何度か本に入るうちに、みなもと子猫が天使になる違和感は消えていきます。
 子猫も入るたびに知恵がつくのか、沢山おしゃべりする様になりました。

 そして、みなもはとても幸せな気持ちになれる気がしていました。


2.
「そう。慣れてきたのですね。素敵なことだと思います」
 少し日の傾きかけた図書館で、脚立の上で本を整理しながらみなもの話を聞いた図書館司書・コダマは微笑みました。
「でも、まだいまいち何をしてあげたらいいのかわからなくて…」
 みなもはそう言って一冊本を持つと脚立の上のコダマに渡し、ため息の後に言葉を続けました。
「この子の役に立ってあげたいのに」
 そう言うと「なぁーお」と子猫がひと鳴きしました。
 コダマは黙っていましたが、「焦らなくていいんですよ」と言いました。
「貴女方の可能性はまだまだ無限に広がっています。焦るのもわかりますが、すぐに答えが出るものでもないのですから」
 そう言って、また一冊本を本棚へと戻します。
 みなもは次の本を手に取り、コダマに渡そうとしました。
 ふとその表紙が真っ黒で、さらに鍵までついているのが目が止まりました。
「この本、真っ黒なんですね…」
「え? あ、その本は…!?」
 慌てたコダマが、みなもから急いでその本を取り上げようとしました。
 しかし手を伸ばした時既に遅く、コダマの前からみなもは消え去っていました。
 小さな子猫もコダマの近くで不安げにオロオロと歩き回っています。

「…ごめんなさい、私の不注意で。ご主人様を探さなくてはね」

 残された黒い本は、どのページも黒い本でした。


3.
 気が付くと、みなもは黒い部屋にいました。
 どこもかしこも真っ黒け。
 人の気配はありません。
「どこだろう…ここ」
 確かなのは、ここは図書館とは全く違う空気ということでした。
 禍々しいような、そして、物悲しいような空気がそこにはありました。
 そう、最後に図書館で手にしたあの本のような…。
『アナタハ、ココデ、消エテナクナルンダ』
 突然の大声に、みなもは思わず耳を塞ぎました。
 それは、突然目の前に現れた少女から発せられた悪意ある言葉でした。
 みなもが覗き込んだ少女はおかっぱで、まだ小さなその目は暗く深い闇のようです。
『ミンナ、死ンジャウンダ』
 口は動いていないのに、少女はまた大声で言いました。
 みなもは、考える間もなく少女を抱きしめました。
「そんな…そんな悲しいこと言っちゃダメ!」
 みなものまぶたを通して、少女の悲しみがとめどなくみなもに流れ込みました。

 少女の誕生日、父が運転した車で一家全員が事故にあったこと。
 少女を残して家族全員が息絶えたこと。
 そして、少女の目はもう見えないこと…。

『ミンナ、死ンジャエバイインダ』
 苦しくて、みなもの大きな瞳からぽろぽろと涙がとめどなく溢れてきました。
 少女の心が、こんなにも痛くて辛くて悲しいものなのに、みなもには何も出来ません。
(あたし、こんなにも無力なんだ…)
 目の前の少女を救えないことが、悲しくて悲しくてみなもは少女をただ強く抱きしめました。


4.
 金色の一筋の光が、みなもを照らしました。
 みなもの背中に大きな翼が生え、手には蛇の頭を模した杖が握られていました。
「これ、アスクレピオスの杖…」
 みなもから作られたケリュケイオンが形を変えたアスクレピオスの杖。
 アスクレピオスの杖には治癒の力があります。
 すると、いつもの聞きなれた声がみなもを励ましました。
『ボク、みなも、助けにきた。みなも、この子、助ける!』
 子猫はそう力強く言うと、みなもを促しました。
「あたしが…この子を助けるの?」
 みなもの心の中に、温かな光が満ち溢れます。
 子猫の言葉にみなもはとても力を貰った気がしました。
『イヤ、ミンナ死ンジャエバイイノ!』
 イヤイヤと少女は頭を振り乱します。
 そんな少女を、みなもはもう一度抱きしめました。

「大丈夫。怖がらないで。あなたは1人じゃないの。あたしが一緒にいるから…」

『…ウゥ…』
 小さく呻いて、少女はドンッっとみなもを突き飛ばしました。
 少女の影に揺らめく業火のような影がよぎりました。
『悪魔、いる!』
 子猫がそういうと、少女から揺らめく業火は離れみなもに襲い掛かりました。
 みなもは思わず飛びのきますが、さらにみなもの動きに合わせるかのように業火は動きを変化させます。
『みなも、大丈夫。ボク、助ける』
 子猫はそういい、みなもの手にしていた杖が金色に光りだしました。
 それは見るもの全てを包み込むような圧倒的な光でした。
「っ!」
 みなもは思わずそれを振り下ろしました。
 光の渦が、杖の先から業火を包み込み、そして双方共に消えていきました…。

 
5.
「貴女がこの子の運命を変えてくれたのね」
 パタンッと本を閉じたコダマはほっとした様な顔をしました。
「この本は、なんだったんですか?」
 先ほどまで真っ黒だった本は、今はもう黒くありませんでした。
 普通のどこにでもあるただの本に見えます。
「これはある少女の物語。ただ、悪魔といわれる存在にその物語を書き換えられてしまっていたの」
『悪魔、悪いヤツ! 悪いヤツ!』
 子猫はブーブーとふくれっつら。
 みなもが撫で撫でとすると、子猫は機嫌を直して丸まってしまいました。
「私ではどうすることも出来ないので、鍵をかけておいたのだけど…」
 コダマは言葉を切ると、みなもを真摯に見つめた。
「あなたのおかげで1人の少女が助かりました。ありがとう」
「あ、あたしはそんな…そんな…ただ助けたくて…」

「助けたいという思いが大切なんです。それが一番の力ですよ」



 − その夜 みなもは夢を見ました。
   小さな女の子が、沢山のプレゼントを持って
   お母さんとお父さんと弟と楽しげに笑いあっている夢を。
   「お母さん、私、天使様を見たよ。とっても綺麗だったよ」
   女の子の大きな瞳が大空を仰ぎました。
   きっとその大空にあの天使様がいるのだと、思ったのでした…。 −