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<東京怪談ノベル(シングル)>


総力戦富嶽第二幕 〜そは母の愛?

 さて、アトラス編集部には不思議な事があった。年末年始の神社といえば、一年で最も参拝客が多くなる季節。決して広いとは言えない境内に、場所によっては溢れんばかりの人が詰め込まれるのだから、そりゃあ不快指数はうなぎ登り、軽い口論から、はては刃傷沙汰まで起きない方がおかしい訳で。
 なのに今年の年末はちょっと毛色が違う。小さな口論など元よりマスメディアの耳には届いてこないものだが、刃傷沙汰の類が起きたというスクープまでも飛び込んでこないとなると、これはもう「今年は平和で良いね」なんてレベルを通り越してはっきりと異常事態だ。
 毎年の騒ぎに警戒して厳重警備を敷いているから? 誰がそんな事を信じると?
 そんなこんなでアトラス編集部は悩んだ挙句、藤田・あやこ(ふじた・あやこ)に真相を探るべく、取材協力を依頼した。その理由の幾許かにはもしかしたら、先頃富士で起きた騒ぎの中心に居たと思しき人物の中に、彼女の愛娘らしき人物も居たらしい、という噂を誰かがキャッチしたのかもしれない。
 とまれ協力依頼を受けて、あやこは富士山麓の寺社に何か気配はないかと探りを入れることにした。お供は仲良し(?)の蝙蝠たち。森林エルフであるあやこにとって、富士山麓は一種、ホームグラウンドと言っても過言ではない。
 辺りをきょろきょろ見回して、何か変わった事がないかと慎重に気配を探りながら歩いていたあやこの頭上を、偵察から戻ってきた蝙蝠がぱたぱたぱたと羽を動かしくるくる回った。

「姐さん、異変は無ぇようですぜ」
「社長とお呼びったら! じゃあもう一周行って来て」
「ちょ‥‥ッ、さすがにそれは残業手当とかもらわねぇと」
「残業手当? 幾らでも払うわよ。現金払い、それとも虫で?」

 蝙蝠と森林エルフと言う、ミスマッチなんだか相性抜群なんだか解らない2人組(?)は、そんな会話を交わしながらあちら、こちらと歩き回る。
 だが、ふいに何かの気配を感じたような気がして、あやこはピタリと足を止め、耳を澄ませた。慎重に視線を巡らせるとうっそうと生い茂る樹木の中に、こちらを伺っている様な気配がある。

「そこッ!」
「ギャッ!」

 それと気付くや振り返りざま、放ったあやこの攻撃魔法は樹海の中、その気配の隠れている樹木に当たって弾けた。同時に樹木の陰から耳障りな叫び声が上がり、バサバサバサッ! と羽音がして小柄な影が飛び出してくる。
 翼竜。そうとしか表現出来ない、小型の生き物が空高く舞い上がり、あっという間にあやこの視界から消えていく。

「姐さんとあっしの会話を盗み聞きしてやがッたんですかねぇ‥‥」
「みたいね‥‥って言うか、社長とお呼びって。でも、盗み聞きしてたって事は、知られたくない何かがあるって事よね?」

 あやこはピンと蝙蝠の鼻面を指先で弾いてから、きょろきょろと丹念に辺りを探り始めた。冬だというのにうっそうと茂る草と、降り積もる落ち葉。幾重にも重なった枯れ草を掻き分けながら、蝙蝠にも手伝わせて目を皿のように探し回る。
 そうして。

「欲望キャスト‥‥何これ」
「ケーブルみたいでやすねぇ」
「そんなの見れば解るわよ」

 相槌を打った蝙蝠の言葉を容赦なく切り捨てながら、あやこの指先が摘み上げたのは確かに、何らかのケーブルと思しきもの。しかもしっかり『欲望キャスト』と書いてあるのだから、親切と言うか、間抜けと言うか。
 くい、と引っ張るとコードは森の奥へと続いている。これは何かありそうだ、とあやこと蝙蝠は頷きあって、延々と森の奥へ続いているコードを手繰って、樹海のさらに深みへと足を踏み入れた。
 それを高みで見つめていた翼竜が、あやこ達の姿が完全に消えたのを確認して、誰へとも知れず報告する。

「母親の方が釣れた。罠の発動宜しく」
「樹海本部了解。煩悩寺陽動作戦、順調に推移」

 誰からとも知れぬ返答があった。それを確認し、翼竜は自分の役目は終えたとばかりに、力強く双翼を羽ばたかせてその場を去った。





 コードは延々と途切れる事無く続いていた。ひたすら辿り続けると、やがて前方にいかにもお寺らしい屋根が樹木の間から見え隠れし始める。
 気になったが、ひとまずコードの先を確かめる事を優先しようと、進み続けると鐘楼が目の前に現れた。あちこちにカメラが置かれているのは、どうやら除夜の鐘を中継する為のようだ。そのコードの中に紛れ込んで、あやこ達が辿ってきたコードはどこに行ったのだか解らなくなる。
 さすがにカメラを蹴散らす訳にも行かないし、と嘆息したあやこはふと、境内を見回した。

「ここも随分、静かね。‥‥ッ?」
 ――ゴーン‥‥

 年末の賑やかさとは程遠い境内にそう呟いたのと、和尚がリハーサルの鐘を突いたのは同時だ。瞬間、違和感――否、霊力を感じてあやこは足元のコードを見下ろした。
 除夜の鐘と言えば1年の煩悩を払う儀式。その鐘が、リハーサルとはいえ鳴らされた瞬間に生じる霊力‥‥しかも、まるでどこかにその霊力は運び去られるように、気配が遠くなっていく。

(これは‥‥吸精魔とかが居る、のかしらね?)

 瞬間、脳内でそれらの情報が整理し、組み立て、さらに直感力を働かせて、あやこはそう結論付けた。吸引されている霊力の正体は、恐らく除夜の鐘で払われるべき煩悩の類だろう。それを吸精魔が何らかの手段でコードを介して吸引しているから、ありとあらゆる煩悩を吸い取られ、さらに精気をも吸い取られて参拝客は苛立ったり暴れたりする気力も奪われ、大人しくなって、何の騒動も起こらないのではないか。
 となればやはり、目指すはこのコードの先。キュッ、と険しく瞳を光らせ、あやこは再びコードの先を追い始めた。すでにコードはどこに行ったかわからないが、霊力を辿っていけばその大元にたどり着くのは造作もないことだ。
 やがて鐘楼から程遠くない場所に、まさに欲望の巣とも呼ぶべき巨大な蜘蛛の巣を発見した。こうして見上げている間にも、吸い取られた煩悩が霊力となって集まってくるのを感じる。
 このようなものは早々に封印してしまわなければ。そう考え、封印しようとした瞬間、背後から近付いていた巨大な影が、あやこを捕縛し、巣へと絡め取った。どうやらこの巨大な蜘蛛の巣は、見た目だけではなく粘つく糸まで蜘蛛の巣と同じらしい。

「な‥‥ッ、巨大蜘蛛‥‥ッ!?」
「ふ‥‥ッ、見よ、これが欲望キャストだ!」

 巨大蜘蛛に拘束され、巣に絡め取られて身動きも出来ないあやこを見下ろし、いつの間にか姿を現した翼竜が高らかに笑い声を上げた。日本全国にTV中継される除夜の鐘、それにより払われた煩悩を搾取・蓄積し龍族反撃の糧とするのだ。
 あやこの間は、当たらず言えども遠からず。といった所だったらしい。だが巨大な蜘蛛の巣に絡めとられたこの状況では、嬉しかろうはずもなかった。「助け‥‥ッ」必死で叫ぶが、身じろぎするたびにあやこの体はおかしな風に絡め取られ、声が出ない。
 やがて身にまとう服までぴりぴりと裂け始め、どうしたものかと歯軋りしていたら、不意に富士の山麓に火の手が上がった。あれは、そう‥‥先ほどの煩悩寺の辺りか。
 それに驚いたのはあやこだけではない。翼竜の方がよほど驚いた様子で、赤く燃え上がる山麓を振り返る。

「何‥‥ッ!?」
「真打は遅れて登場。ってお前ら知ってるか、あぁン?」

 それに答えたのは鬼鮫(おにざめ)だった。凶悪な面構えのIO2のエージェント。彼が率いる部隊が、この欲望キャストの中枢となっている煩悩寺を急襲したのだ。
 ひょい、と肩に担いだ剣を軽く振ると、あやこを捕らえていた蜘蛛の巣の糸がパラリと切れた。ドサッ、と地上に投げ出されたあやこに手を貸してくれるほどには、この男は優しくない。
 衝撃でついに決定的に破れてしまった服をかき合わせながら、あやこは燃え上がる煩悩寺へと視線を向けた。今や境内は所狭しと特殊部隊の連中が駆け回り、制圧しようとしている。その中に、何故かスカートを翻し、下に穿いたブルマが丸見えになっているのも気にせず、スナイパーライフルで鐘を狙撃する愛娘の姿を見つけた。

「お母ーさーんッ!」
「やめろぉ! 勝手に百八回打つな。調子が狂うだろうがッ!」
 ――ゴーン、ゴーン‥‥

 そう言う問題かと突っ込む人など居るはずもなく、狙撃と跳弾で激しく乱れ打たれる鐘の音は、あやこの居る場所まで聞こえてくる。頑張ってるじゃない、と愛娘の姿を見てあやこは嬉しそうに目を細めた。
 だから。やがて煩悩寺の制圧が完了し、まっしぐらに嬉しそうに駆け寄ってきた娘を、あやこが強く抱きしめたのは、当然の事だ。

「お母さん、無事でよかった!」
「ありがとうね」
「お前ら‥‥」

 強く抱擁する母と娘に、鬼鮫がやれやれと嘆息して、どうしたものかと視線をさ迷わせた。何となれば彼女達の姿は、びりびりに破れてセクシーな事になっている服と、奮闘の末に色々脱ぎ去った後の水着姿だったりしたので。
 いくら鬼鮫といえども、こんなあられもない姿で抱擁されると、感動的とか何とかよりまず、目のやり場に困ってしまうのだった。