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<東京怪談ノベル(シングル)>


総力戦富嶽第二幕 〜娘の戦い

「お帰りなさい、待ってたわ!」

 満身創痍で凱旋した三島・玲奈(みしま・れいな)を嬉しそうに、両手を広げて出迎えたのは鍵屋・智子(かぎや・さとこ)だった。顔に浮かべている表情も、まさに『喜色満面』と表現するのが相応しいもの。
 嫌な予感がしてすすす、と身を引きかけた玲奈の腕をガッシと掴み、智子はにこっと、こんな時は抜群に愛らしくなる笑顔を浮かべた。

「さッ。腕を振るって治してあげるわよ」
「また魔改造か〜」

 うぐぐ、と玲奈が呻き声を上げたのも無理からぬ事だ。『治す』と言う言葉の前に『腕を振るって』という言葉がつく時点でまずおかしい。となると、明らかに何か治療以外の目的があるとしか解釈の仕様がないわけで。
 だが智子はと言えば、玲奈の言葉を否定するでもなく、涼しい顔でちょこん、と可愛らしく小首を傾げる――玲奈には生憎、ちっとも可愛らしくは見えなかったが。

「同意は得られたみたいだし。天才智子が科学の粋で貴女を超ヒロインに仕立てるわよ?」
「同意なんかしてないし! 良いよ、そういうのは他の誰かに」
「いいから黙っておめかししなさい!」
「あ〜れ〜!」

 あくまで『治療』を固辞しようとする玲奈を、思いも寄らない怪力で智子がずるずる引きずり始めた。ちょっと、智子の方が何か魔改造、してないか。
 IO2の一角に響いた玲奈の悲鳴が届いた訳もなく、別の一角では新たな作戦について話し合われていた。すでに壊滅状態の龍族だが、まだ全てを討ち取った訳ではない。龍族の残党を一刻も早く発見し、掃討しなければ決して安心など出来ないのだ。

「この煩悩寺が怪しいのではないでしょうか」

 パッ、とパネルに映し出されたのは、樹海の一角に建立中の新興宗教の寺だった。名前からして怪し過ぎるが、他にも色々と怪しい点があると言う。
 折りしも今は年末、年の瀬ともなれば除夜の鐘があちこちで突かれる季節。この煩悩寺でも当然ながら除夜の鐘は突かれ、その様子を中継するTVカメラまで設置されると言う。
 それはもちろん、この煩悩寺だけではないだろう。だが先日発見された樹海−湘南間の煩悩回路の件もある。まして除夜の鐘と言えば百八の煩悩を払うと言われる儀式で――それが龍族とまったく関係ない、と想像するのはむしろ、難しい。

「万人が発散した今年の煩悩をTV中継して、その煩悩のリンクを横取りして龍族再興の力にする‥‥という腹か?」
「大変です! たった今知らせが入りまして、件の煩悩寺で、三島の母親が捕縛されたと‥‥!」

 突然入ってきた意外な知らせに、司令室が一瞬、ざわめいた。
 その知らせはもちろん、智子によって絶賛魔改造中の玲奈にも伝えられる。瞬間、ざぁっ、と全身の血が引いたような錯覚を覚え、玲奈はふらりと立ち眩んだ。
 よーし、と智子が腕まくりをした。この状況をどう考えているものか、あるいは何も考えていないのか。多分後者だ、マッドサイエンティストである智子が考える事など、己の趣味に忠実に行動する事しかない。

「智子ちゃん張り切っちゃう♪」
「何でもいいから早くしてよ!」

 玲奈は吼えるように聡子を急かした。智子の改造なんてどうでも良いから、とにかく、一刻も早く母を助けに行きたかった。





 その山門の前には、ずらりと参拝客が並んでいた。新興宗教と聞いたが、寺を建立しようとするくらいなのだから、やはりそれなりに信者が居るのだろう。
 スナイパーライフルのスコープ越しにそれを確認し、ついでにその辺りに色々と蠢いている目障りな連中までも目に入ってしまって、玲奈はスコープから瞳を外すと小さく毒づいた。

「あいつら‥‥ッ、お母さんに何かしてたらただじゃ置かないから」

 もちろん何もしてなくてもただじゃ置かないのは決定しているのだが、まぁ気持ちの問題と言うか。憎々しげに睨み付けた相手は、山門に張り付いて保護色で紛れている蜘蛛妖怪どもだ。
 参拝客達は、そこに居る妖怪には気付いて居ない。お陰で騒ぎにはなって居ないのが救いだ――下手に騒ぎになると、それこそ捕まっている母がどんな目に合わされるかわからないではないか。
 玲奈はそう考えると、スナイパーライフルを片手に携え、スカートの裾を揺らして山門へと近付いた。スカート、だ――しかもふりふり、ふわふわのメイド服。

「をぉーッ、メイドさんだー!」
「メイドさん萌〜!!」

 玲奈の姿を見た参拝客の中から歓声が上がった。携えたスナイパーライフルは見なかった事にされたのか‥‥いや、どうかしたら拳銃図鑑から数式までも萌え化する昨今の文化に、スナイパーライフルメイドさん、というのが加わったと思われたのかもしれない。
 とまれ、メイド服姿に興味を惹かれた若者たちが、粛々と並んでいた列を崩して群がり始めた。もはや玲奈自信がどこにいるかも解らない人ごみの中で、素早く玲奈はメイド服を脱ぎ捨て、スーツ姿になる。

「列を乱さないで! こっちですよ!」

 そうして装ったのは係員。さも人ごみを誘導するふりをして、整然と並んでいた参拝客を少しずつ分散させていく。
 どこかで、焦燥の気配が生まれたのを感じた。どこか――なんて考えるまでもない。山門に張り付いて擬態していた蜘蛛妖怪や、その向こうに居るであろう龍族の物に違いない。
 ここで並んでいた人々にも、何らかの法則があったと言う事だろうか。この煩悩寺は文字どおり、人々の煩悩を集める中枢機関のはず。その煩悩の分布に乱れが生じ、それが敵の焦りにつながったと言う事か。
 ならば。

「大変! テロ予告が!」
「えぇッ!?」

 一瞬の後、高らかに叫んだ玲奈の言葉に集まっていた人々が一斉に悲鳴をあげ、慌てて下山を始めた。どうやらそれでも、と思うほど強い信仰心を持っている人々はいなかったようだ。
 蜘蛛妖怪が、怒りを閃かせて玲奈に襲いかかった。口から吐いた糸で玲奈を捕縛し、ギリギリと締め上げる。
 くわッ、と大きく開けた口から、ギラリと光る毒牙が飛び出してきた。それは一瞬の躊躇もなく締め上げられた玲奈へと振り下ろされ、ガチンッ! と大きな音が辺りに響く。
 だが。次の瞬間、苦悶の悲鳴を上げたのは蜘蛛妖怪の方だった。

「ぎゃあぁぁぁッ!?」
「ほらほら、どこ狙ってんの?」

 いつの間にか枝へと移動した玲奈が、高笑いをあげて先端から煙を吐くスナイパーライフルを抱えていた。身に纏っているのはいつの間にやら、スーツからセーラー服へと変わっている。どうやらスーツを脱ぎ捨て、さらにセーラ服へと着替えたらしい。
 再び、蜘蛛妖怪は毒牙で襲いかかった。だが惜しくもセーラー服のスカートを噛み破っただけで、玲奈自身は背中の翼を広げてあっさりと逃れている。
 こうなっては何としても玲奈を捕らえなければと、蜘蛛妖怪が必死に糸を吐いた。だが空を飛ぶ玲奈には糸は届かず、それならばと蜘蛛の網を放って絡め取ろうとすればスナイパーライフルから打ち出された銃弾が網目を潜って蜘蛛妖怪を攻撃する。
 ええい、といつの間にか現れた翼竜が、かろうじて残っていた参拝客を急かし始めた。

「早く百八回鐘を鳴らして煩悩を吐き出してしまえ!」
「は、はい‥‥ッ」

 何だか良く解らないながら、恐怖に引きつった顔で急かされるままに参拝客が鐘楼へと足を向ける。こうなったら残った煩悩だけでも残らず手に入れよう、というのだろう。
 させるもんか、と玲奈はセーラー服を破り捨て、かろうじてブルマの周りにひらひらとスカートを纏わせながら、スナイパーライフルを片手に参道を駆け抜けた。素早く狙撃ポイントを確認し、そこから狙いをつけてスコープを除く。
 グッ、と引鉄を引いた先にあるのは、今まさに参拝客たちが連れて行かれようとしている場所――鐘楼。あの鐘を百八鳴らせば、人間の中の百八の煩悩が消されるのだと言う。
 ならば、と玲奈は思い切り良く引鉄を引いた。

「お母ーさーんッ!」
「やめろぉ! 勝手に百八回打つな。調子が狂うだろうがッ!」
 ――ゴーン、ゴーン‥‥

 そう言う問題かと突っ込む人など居るはずもなく、狙撃と跳弾で激しく乱れ打たれる鐘の音は、何度も何度も数え切れないほど続く。もはや煩悩なんて関係ない、ただの騒音状態だ。
 怒り狂った龍族が、玲奈を殺そうと襲い掛かってきた。だが玲奈とてむざむざ殺されてやる訳にはいかない。まして母を捕らえたこいつらを、絶対に許したりはしない。
 ――やがて。戦いの末、ついに龍族にとどめの銃弾を撃ち込んだ玲奈は、その死体を見下ろし大きく肩で息をした。こちらとて満身創痍だ。戦いの中で服はすっかりぼろぼろになり、ついに水着姿になってしまった。
 けれども。煩悩寺の制圧が完了し、まっしぐらに嬉しそうに駆け寄った玲奈を、母が強く抱きしめてくれたから。

「お母さん、無事でよかった!」
「ありがとうね」
「お前ら‥‥」

 強く抱擁する母と娘に、IO2のエージェントがやれやれと嘆息して、どうしたものかと視線をさ迷わせた。何となれば彼女達の姿は、びりびりに破れてセクシーな事になっている服と、奮闘の末に色々脱ぎ去った後の水着姿だったりしたので。
 だが気まずそうなエージェントの事など、感動の再会を果たした2人には何の関係もないお話だった。